第三話「冒険を求めし冒険」
穴の開通が終わったのはそれから半刻ほど後だった。周囲にはそれほど大きな岩や木の根などもなく、大掛かりな道具も必要とせずに済んだ。
「やっぱりパワー系がいると楽でいいね」
アルトが軽く伸びをしながら言う。仕事の半分以上はヴラムがしていたのだが、このパーティの頭脳担当であるため、文句は言えない。
「で、開通したわけだが、早速入っていくか?」
行くなら俺が先だな、とヴラムは穴を覗き込む。開いた竪穴は、アルトであれば余裕、ヴラムだと何とか、といった大きさであった。
「そうだね。君が突っかかって大人に見つかるなんてオチは間抜けが過ぎるだろうし」
「危険に即応できる可能性があるのが俺だからだろ」
互いに軽口を叩き合いながら、松明の準備をする。中はエーテルライトの光があるとはいえ、光源としては心許なく、獣を相手にするのにも火が有効であるため、必要となるのだ。
「はい、ちゃんと結んでおいたよ」
松明を片手に、アルトがロープを投げてよこす。繋がっている先を辿ると、根が深い木と岩に絡めてあった。ヴラムは受け取ったそれの先端に手ごろな重さの石を結び付け、穴に投げ入れた。
「さて、これで準備完了だな」
「いつもの入り口からの地図でおおよその位置はわかるけど、実際中がどうなっているか分からない。気を付けて」
「お、珍しく心配してくれるんだな、相棒?」
「――片腕くらいなら安いだろうから頑張ってくれ」
「途端に冷たくなるのやめね?」
いいから早く行け、とアルトに急かされ、ヴラムは口を尖らせながらも竪穴に入っていった。
左手でロープを掴み、内股でもロープをしっかりと挟む。皮膚は厚いが、擦りむかないように少しずつ降りていく。
松明の炎が空気の量と流れの変化を微細に伝える。一瞬揺れ動きながら縮まり、すぐに元の大きさに戻る。
穴から差し込む光と松明の光で、天井は簡単に見渡せた。天井には木の根が蔓延り水を滴らせ、濁ったエーテルライトが薄青い光を漏らしていた。
逆に足の先に視線をやれば、濁りの少ないエーテルライトが見て取れた。また、はっきりとした姿は分からないが、いくつかの動物の影が動いている。
「どうだい? 問題なく降りられそう?」
頭上からアルトの声が響く。同時、ロープが上から引っ張られる。
「足がつくまであと10メルくらいだな。特に危険なものの気配もない」
ヴラムもロープを引っ張りながら声をあげた。信頼などに関係なく、相手の無事を確認するために取り決めた合図である。仮に四肢が無事でなかった場合でも「君は多少の怪我でも強がりそうだから」と、アルトが考案したのだ。
「分かった。こっちも人の気配はないから焦らずに降りてくれ」
状況の確認を終え、ヴラムは改めて眼下を見る。闇に目が慣れてきたため、先よりも何があるか分かりやすい。
動いているのは小動物ばかりだった。兎や蛇など、場所は違えど以前の入り口周辺にいたものとさして変わらない。エーテルライトの影響を受けた生物はいわゆる"魔物"、"モンスター"と呼ばれる存在なのだが、そういったものは見当たらない。
ひとます安全だと確信したヴラムは、降りるペースを速めることにした。手足に込める力を緩め、ロープを素早く伝っていく。
ほどなくして足先が地面を捉えた。すぐさま膝を大げさに曲げ、勢いを殺す。身体を起こし、松明を掲げて周囲を見渡す。
植物はコケ類や茸がちらほらと見え、それら全てが薄青い光を持っていた。先ほど見かけた動物たちもヴラムの姿を認めるとすぐに逃げ出していく。
「アルト! 着いたぞ!」
安全を確認すると、先ほどよりさらに大きな声で頭上に呼びかける。当然、ロープを引くことも忘れない。
「了解! 僕もすぐに降りる!」
少し遅れて声が返ってきた。向こうも異常はないようだ。
ひとまず安心かと、息をついてヴラムは改めて周囲を見回し、地図を取り出す。アルトの描いたそれは、以前まで利用していた入り口を南端に設置し、スタートとしたもので、表層でおおよその位置関係を測ると、ここが真ん中になった。
「結果的には近道になったのか」
何をゴールにしているのかは全く分からないが、ヴラムは何となく得した気分になっていた。
ほどなくしてアルトが降りてきた。ヴラムと同じように片手に松明を持ち、危なげなくロープを伝ってくる。
手が届く距離になった瞬間、ヴラムが彼を抱きかかえる素振りを見せると、ツッコミの蹴りを肩に入れられた。
「――さて、問題なく到着したわけだけど、奥に行くかいつもの入り口を目指すか」
どうする? と視線で問うてくるアルト。危険が少ないのはどう考えても前者だが、この二人は”冒険”を目的にここに来ていた。ならば答えは明解。
「先に進むに決まってるだろ。入り口を繋げるのは向こうからでもできるしな」
「だよね。まぁ、正直僕はどちらでも良かったんだけど」
嘘つけ、と半目で睨むと肩を竦めるアルト。場所が変わろうと二人の軽口の調子は変わらない。
「じゃあ進めるところまで進もう。食料や水はそれほど持ってきていないから、夜にはここに戻ってこられるようにしよう」
今は夕刻までは少し遠く、しかし昼とは呼べない時間。当然だが周囲に日の光はないため、時間を把握することは難しい。
「そこでこの松明が半分近く燃えた時に折り返すことにしよう」
二人の持ち込んだ松明は二刻ほどで燃え尽きるように作ってある。今から一刻たてば半分燃え、そこから折り返せば夜になる直前には帰ることができるという計画だ。
「よっし、じゃあ行くか!」
そうして二人は洞窟の中を進み出した。
しかし、正直なことを言えば。
「変わり映えしねぇ……」
冒険開始からすぐ、ウラムは愚痴をこぼした。別に歩くことが苦なわけではないが、以前入った場所とそう景色は変わらないのだ。入り口が変わったことで何か変わるのではと勝手に期待しただけだが、本当に変わらないとなると文句の一つも出る。
「そうかい? 結構違うと思うけど」
一方アルトは視線を下に向けながらそう返した。
「水源が近いから生えている植物も違うし、その周りにいる虫も以前見たものより種類が多い。魔物はいないけど、見るものは多いよ」
「お前ってジェイドに似たところあるよなぁ。冒険者とかより学者になったらどうだよ?」
「それもいいけど、仮に学者になってもこういうフィールドワークは少ないだろうし、やっぱり冒険者や騎士がいいな。それに学者は剣術なんて学ばないだろ?」
確かにな、と笑い、ヴラムはアルトと同じように視線を落とした。アルトのように細かく観察していたわけではないので正確には分からないが、確かに今までに見なかった動植物がいる。
「似たような生き物でもよく観れば違ったりする。例えばほら、この二つの葉はほとんど同じ形をしているけど、片方は背が高く、片方は這うように伸びている」
それぞれを採取した場所をアルトは指し示す。片方は僅かながらもエーテルライトの光が降り注いでおり、片方はほとんど光のない場所だった。
「光に向かって伸びているってことか」
「うん、それもエーテルライトの光は太陽より高いエネルギーがあるんだろうね。これだけ少ない光でも植物が成長するんだから」
なるほどなぁ、とヴラムは相槌を打ちながら、アルトの示したエーテルライト周辺に近づいた。
そこは薄明るい光に照らされ、他の場所より植物が茂っていた。表層から流れてきた水が溜まり、小さな池も作られている。
「上から流れてきている水なら、飲んでも問題ないのか?」
「そうだね。ここまで毒を持った植物や動物は見なかったし、大丈夫だと思う」
応じながらアルトは小池に近づき、水を掬う。少し観察してから、しかし口元に運び、喉に通す。熱の伝わりにくい地下で冷やされた水は、疲れの滲んだ体に瞬く間に染み渡った。
「うん、冷えていておいしく飲める水だ。少し持っていこう」
アルトが水筒を取り出すのを横目に見ながら、ヴラムも水面に手を近づける。しかしふと、池の底が気になった。
視界に入った瞬間は木の枝だと思った。しかし、ここまで樹木は一度も見かけていない。その違和感から、ヴルムはその物体を注視してみた。
「骨?」
それは大小様々な骨の集合だった。呟いた単語は、答えとして正しいが、それでも違和感は消えなかった。肉食の動物など見かけなかったし、仮にいたとしてもこんな場所にまとめて捨てる理由が分からない。
「なあ、アルト。あの真ん中の骨塚になっているのって、どういうことだろうな」
自分だけでは答えが出ないとヴラムは傍らの相棒に声をかける。アルトも示された謎に興味が湧いたのか、深く頷く。
「確かに、ここまで肉食性の動物はいなかった。しかもこれ、小動物以外の骨もあるぞ……っと」
考え込み始めたタイミングで、アルトの頭に水滴が落ちた。驚き、アルトは思わず顔を上げ
ずるり、と。
天井から音もなく伸びてきたそれに、アルトは頭を飲み込まれた。
「……ッ!?」
叫び声を上げることもできず、息を詰まらせるアルト。ただ、それが自分に危害を加えるものだと反射的に判断し、振りほどこうともがく。しかし、まとわりつくそれは、どれだけ力を加えようと形を変え、剥がすことは叶わない。視線をヴラムに向けるが、視界は水の中のように濁っている。
一方のヴラムは、それを視界に入れることができていた。
天井から落ちてきたのはゲル状の物体だった。体積は大人の頭より二回りほどの大きさ。中は半透明だが濁っており、アルトの頭もシルエットが分かる程度である。
実物を見るのは初めてだが、その存在をヴラムは知っていた。
「スライム……!」
竜族と比べれば遥かに弱いが、れっきとした”魔物”として扱われる生物である。湿度の高い場所に棲み、天井や壁に張り付いて獲物を待つ。大型動物の全身を覆えるくらいにその体積は広がり、獲物を窒息死させた後に捕食する。村でも身近で恐れられている魔物である。
「松明持ってたのに襲ってくるのかよ!」
聞いていない、とヴラムは憤った。スライムは様々な種がいるが、そのほとんどが身体を液体で構成している。ゆえに熱や乾燥に弱く、火を恐れる傾向にあるのだ。
しかし現実に今スライムはアルトを襲っている。このままではそれほど時間を要さずにアルトは窒息させられる。ならば急げと、ヴラムは手にした松明でスライムを炙った。するとすぐさまスライムは熱に身をよじった。
効いている。そう分かるとヴラムは続けてスライムの全身に炎を当てていった。体液が蒸発する音が断続的に響いていく。スライムは熱から逃れようと変形していくが、アルトの頭から離れない以上、避けきることはできない。
しかし一方で、細かく焼いていくだけではスライムは殺しきれない。仮に殺せたとしても、その頃にはアルトの息も絶えているだろう。
「頼む。諦めてくれ……!」
スライムが逃げるのが先か、アルトが窒息するのが先か。前者であってくれと、ヴラムは必死に祈った。
そしてアルトの身体から力が抜け、倒れこんだ時。ようやくスライムはアルトの頭から剥がれた。
「おい! 大丈夫か!?」
水場へと逃げていくスライムを横目に、ヴラムはすぐさま相棒に呼びかけた。顔は青く、焦点も定まっていないが、何とか呼吸をしている。それを確認すると思わず安堵の息が漏れた。
アルトは不確かな意識と視界でヴラムに心配するな、と伝えようとしたが、口は呼吸を繰り返すばかりで、言葉を紡ぐことはできなかった。
「無理すんな。少し休んでから移動するぞ」
言いながらヴラムはスライムの逃げた方に視線をやった。こちらは今動けないが、向こうもあれだけダメージを負ったのであれば、すぐには襲ってこないだろ――
「は?」
ヴラムたちは知らないことだが、先のスライムは粘菌の集合体である。エーテルライトを摂取した粘菌たちは巨大化した。さらに、粘菌とは元々情報伝達能力が高い生物である。
今回彼らはヴラムによってダメージを負わされ、狙っていた獲物も取り逃がした。逃げることはできたが、命を脅かしかねない存在がまだそこにはいる。しかしそいつは今は逃げようとしていない。そのことをスライムは他の群れに伝えた。
そして周辺の他のスライムが集まり、合わさり。水に沈んだ骨を取り込み、ひとつの形を組み立てていく。胴を造り、手足を造り、頭と尾を造り、最後に翼を造る。そして出来上がったのは。
「……ドラゴン」
ヴラム自身も属する最強種。その見た目を模した怪物が、目の前に現れた。スライムが作り上げた竜は、声を発さずに顎を開き、威嚇する。その様に、松明を握る手が震える。勝てるはずがない。逃げなければ。
だが、逃げられるわけがない。今逃げれば、相棒は間違いなく殺されるだろう。ならば勝ち目がなくとも。そう思い、ヴラムは喉を震わせ、吠えた。
「る、ァああああああああああああああ!!」
しかし小さな竜の叫びなど歯牙にもかけず、スライムの竜はその巨体を動かした。全身で圧し潰し、捕食するつもりなのだろう。ヴラムはそれでも咆哮を止めず、松明を振り上げ、敵に向かって走り出した。敵わずとも、蛮勇と分かっていても、そうせざるをえなかった。
だが。走り出した瞬間。ヴラムの横に風が降り立った。
その風はヴラムを抱き上げ、倒れているアルトも抱き上げ、スライムから大きく距離をとった。
「ピーピーうるさいと思って来てみたら、まさかうちのガキとはなぁ。しかもスライムなんかが竜のハリボテなんかやってくれやがって。色々萎えるんだよ」
身の丈を超える大剣を背に担ぎ、面倒そうにぼやく男。その姿を、ヴラムは知っていた。
「親父……」
「どうしたバカ息子。小便ちびったなら後でレィに報告してやるから心配すんな」
ヴラムが否定の叫びを上げる前に彼の父――グランツ――は少年二人を降ろすと、視線を鋭くし、しかしため息を吐いて。
「さて。竜の名誉のためにも、こんな雑魚はさっさと狩っちまうか」
風となりて、獲物へと駆けだした。
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