第2話朝の時間

 朝学校に着くとクラスの男達はほとんどいない。これはもう毎日の事なので驚きもしない。

「おっす!暮林!」

「おう。」

 後ろの席の浦智はいつも俺より早く学校に来ては、自分の席に座っている。他の男達はトイレに行っているというのに変わった奴だ。

「どうした暮林、今日もつまらない顔して.........、じょ、冗談だよ...嫌だなぁ...」

 何度言わせれば分かる、人のコンプレックスをいじるんじゃねぇ。

 俺は人に比べて目が細い。そのせいか目付きが悪いとよく言われる。けれどそれはもう慣れた。中学を卒業するまで毎日の様に言われていると、案外慣れてくるものだ。それなのにこの浦智という男は、俺の顔を”つまらない”と形容してきたのだ。初めての言葉にはじめは唖然とした。今まで”厳つい”や”こわい”と言われ続けた俺を”つまらない”と言ってきたのだ、流石の俺も驚いた。今ではそう言われるのが鬱陶しくて仕方ないがな。

「そう言えばさ、あれから変わった?」

 常にヘラヘラしている男だが、こういう時は実に憎たらしい顔で聞いてくる。こいつ確信犯だろ。

「いや、全く。」

「ププッ、だよね〜!!...っ!!!すいません!本当すいません!だからこのアイアンクローを解除してください!!」

 こいつ一回黙らした方が良いかな。

「あのー...、暮林さん...?貴方の素敵なお顔が見えないん...いたたたっ!!痛い!痛いよ!暮林君!!」

 何度も言うが、人が気にしてることをわざわざ口にするじゃねえ。

「いってぇ...。本当、冗談が通用しねぇよな。すいません!」

 おかしいな、俺はまだ何もやってないぞ?

「それにさ、暮林がいつも言ってるんだぜ?こんな数値に一喜一憂してる様じゃダメだって。」

 確かにそれは常日頃から思うし、そう言っている。自分のモテ度なんてそんな都合の良い話を鵜呑みにするなんて馬鹿のする事だ。

「おっ、そろそろ更新の時間じゃない?また何人かトイレ行ってるし。ってあれ?どこ行くの?暮林?」

「ん?ちょ、ちょっとトイレに。」

「...はいはい、行ってらっしゃい。」

 俺はただトイレに行くだけだからな。何か勘違いしてるかもしれないが、トイレに行くだけだからな。




「うおお!!上がった!!」

 トイレに入った瞬間、一人の男の歓喜の声が聞こえた。その直後そいつの周りに何人もの男が群がりだした。

「マジ?!いくつ!!」

「見ろよ!0.3!!0.3だぜ?!前まで0.2だったんだぜ?凄くね?!なあ、凄くね?!!」

 それを聞いた瞬間急に熱が冷めたのか、そいつのスマホを覗き込む様にしていた男達は一斉に解散した。一部に関しては、哀れみの目でそいつを見ている。

「良かったな...」

 終いには慰める奴まで現れた。正直に言おう、俺もそいつを慰めてやりたい気分だ。

 あんなでかい声を上げるものだからもっと高い倍率かと思ったが、そうでもなかった。寧ろ、低い。流石に可哀想だ。

「な、何だよお前ら!!何でそんな目で俺を見てんだよ!!」

 理由は簡単だよ。皆お前より数値が高いからだよ。だからと言ってこの場の誰一人として自分の数値を自慢する者はいない。何故かって?そんなの自分の自尊心を守りたいからだよ。ここで自分の倍率を自慢したところで、他に自分より高いやつが現れた瞬間自分のプライドがへし折られるからだ。自分の倍率を公言しないというのは、倍率を知る事が出来る者の暗黙のルールだ。単に自分を守ってるだけだけどな。

 それにしても可哀想な奴だ。そう思いながらも、俺もスマホを取り出すと慣れた手付きでサイトを開く。そして《表示》の画面をタッチすると数秒の読み込みの後、画面いっぱいに俺の倍率が表示された。




  暮林明

  0.6




「変わってねぇぇ!!!」

 気のせいだろうか、周りの目が同情している。

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