第1一7 ようこそ…。
今、何時だろうか?
どのくらい時間が経ったのか?
検討もつかない。
また自分は、ヘンテコな場所に来てしまってようだ。
ヤスナのところに行くのかと思いきや、今回は雰囲気が変わって、クラシック調の豪奢な応接間にいる。
ちょうど目の前にあった、暖かく香りの良い紅茶を、勝手に頂いているところだ。
(喉渇いてたし、目の前にあったから飲んだけど、これ飲んで死んでたなもしれないよね。危機感無さ過ぎて自分でも笑える)
欲求のままに動く自分に情けなくも思うが、人の施しも、今を切り抜ける為にはやむを得ないと、自分を正当化した。
まずは頭の中を整理しようと考えた。
ヤスナの時とは全く違う雰囲気の、ここはどこなのか?
兄の所在と目的は?
No.4.6とは?
(ここはロッシャンの時とは、少し様子が違う…)
疑問に思う事さえ疲れてしまう、目まぐるしく変わる自分の世界。
今、目の前には、喋らないピンクのウサギのヌイグルミが、緋色の豪勢な椅子に腰掛け、こっちにガン飛ばしているよう。
張り合う気もないが、自分が見劣りしないよう、背筋をシャンと伸ばし直した。
見ればかなり大きい、
垂れ耳燕尾上着にシルクハットの、英国風ピンクのウサギヌイグルミのようだ。
座っているが、その形が座ったパパと同じくらいに見えた。
大きくて、分厚い上に圧力を感じる。
自分はウサギから視線を外し、厚かましくも紅茶にお代わりとお菓子を、誰に言うわけでもなく、その場で声高々にして要求した。
( 何にも食べてないし、腹減っては戦は出来ぬって言うもんね。へこたれる前にここから出るんだ!また変なところへ連れて行かれたら、たまったもんじゃない!)
ウジウジ考えるのは、後でも出来る。
今やれる事を考え、すぐに実行しようとした。
辺りをよく観察し、集めた情報を素早く分析する事に、意識を集中させた。
見渡す限り、周りはほぼ緋色と金だけ。
たまにアクセントで金の金具や刺繍が入る、カーテンやカーペット。
カップに椅子の取っ手や金の刺繍の細かさ、かなり厚手の生地の重厚感が半端ない。
ただ、兄の部屋と同様、自分の目の前の円形テーブル、ピンクウサギと自分の椅子2脚にカーテン、それくらいしか家具は見当たらない。
この部屋の、彫刻や刺繍の模様は良く分からないが、見るからに高そうな代物だった。
ビンテージとかいう種類のもの?
その手のモノはテレビでしか見た事が無く、実物をこの目で見るのは、今日が初めてだった。
金と緋色が絡み合うと煌びやかで結構だが、見ているこっちは、結構な目への刺激だった。
何回も目を瞬きさせつつ、更に部屋の奥へと目を向けた。
部屋にミスマッチなピンクウサギも、豪華な椅子に座っているだけで、凄く偉そうに見える。
その風貌が、少し気に障った。
(ムカつくくらい迫力ある、ウサギの癖!ここは貴族様のおうちって感じ。広さは学校の教室くらい?もっと広いかも…)
この部屋は、四角い造りのようだ。
四つある柱の上部には、ほんわか柔らかい燈が灯っていた。
燈は自分の前のテーブルと、柱の部分にしかなく、その周りはボヤンとぼやけ、部屋全体がくっきり見渡せる光量には至っていなかった。
全体を見せる事に、何か不都合でもあるのか?
見せたくないものでもあるのか?
わざとらしく思える雰囲気の演出に『実用的でない』が、丁度言い当てている言葉だと感じた。
「お、落ち着きました?」
「⁈」
周りを見渡しても、入り口さえ見当たらないこの部屋の何処から声が?
(まさかと思うが…)
ギギギと音がするような油の乗ってない機械が、接触不良で擦り切れる音がしそうなくらい、自分の首の回転は壊れかけていた。
ゆっくり視線を前に向けると、ピンクウサギがこちらに歩いてくる。
ポットとティースタンドを手にして。
「いや〜時間が無いので焦りましたよ。とりあえず良かった、良かった。紅茶のお代わりは?
今回はセイロンにしましたよ。僕はフレーバーなのは苦手でして、僕はセイロンのコクが大好きなのだなぁ。セイロンはですね、ハイグロウンティーと、ミディアムグロウンティーと、ローグロウンティーがありましてね。僕はローグロウンティーのコクや甘みの濃厚が大好きでして、あっ!ローグロウンティは600m以下の場所で取られた…」
ピンクウサギの独演会は延々と続いた。
ティースタンドをテーブルに置き、勝手にカップに紅茶を注ぎながらも、自分のウンチクを止めようとはしなかった。
(思ったより可愛い声。止めないとずっと話してそう。でも、こっちも時間が無いので…)
「…イグロウンティーは標高200っ⁈」
「ね、ウサギさん、時間がないのでは?」
声かけると、ピンクウサギの動きが止まった。
一瞬止まり、左右をキョロキョロすると、上着から懐中時計を取り出し、また慌て始める。
「ど、どうしよう、時間がないっ!時間が」
「あっ、危なッ!」
急に喚き出したと思えば、とんでもない暴挙に出たピンクウサギ。
紅茶が注がれたカップも、ポットもいきなり放り投げ、辺りはお茶塗れになっていく。
(火傷するじゃない!高そうな器も容赦無く破壊するなんて!てか言ってるだけで、チョロチョロしてるだけじゃないの?このガラクタ!)
『時間がないっ!』と騒ぎ立て、ただ右往左往するだけのピンクウサギに、溜め息をたてながら尋ねるのだった。
「ウサギさん、何をそんなに慌ててるの?何を一番にしなくちゃいけないの?」
人が声かけると、数秒止まる仕様のようだ。
再び不動になり、左右を見てから、ピンクウサギは動き出し、今度は怒鳴りも入ってきた。
「ぼ、僕はですね、忙しいんです!説明しなくちゃいけないんです!説明ですよ、説明!根源種対策に、対策に!対策!ルートレースもラウンドセッティングにッ、あー時間はないッ」
「こんげ…?ルートレ?」
ピンクウサギの言葉を復唱したくても、早口できちんと聞き取れない。
聞きかじりで続けて言うと、またピンクウサギの動きが止まった。
怒ると燃費がとても悪い事に気づいた。
だが、どう扱っていいものか?頭の悩まし方も半端なかった。
(このくだり、毎回しないといけないの?かなり面倒臭いんですけど…黙っていた方がいいかもだけど、色々知ってそうだし、何か聞き出せないかな?)
懐中時計を見て、また螺子が回ったみたいに動き出すと、今度はを自分に頭を下げて見せた。
「いやいや、失礼致しました。ぼ、僕とした事が、自己紹介もまだでした。時間がないのですが、僕はアル・スンナ・ワル・ジャマー。スーフィーとお呼び下さい。あなたが4.6からの、名前は桐子さんですね、セッティング出来てます。いつでもどうぞ!もう行きますか?ぼ、僕としては、セイロンの美味をもう少し味わって頂きたく思い、他のセイロン茶葉も用意しッ?」
「ど、どこに行くのよ?誰がいつ?何処によ?」
(冗談じゃない!このウサギ、頭もボンクラだった!ここは、まともに喋られないのばっか?)
思わず立ち上がり、声を荒げて怒鳴った。
スーフィーはこの音量にも動じず、シルクハットの中から出した資料を、ルーペ形眼鏡で覗くように見ながら言った。
「時間がないのですが、今回4.6の方は一人と伺っています。いやぁ、久しぶりですよ。4.6のレアな来訪者には頑張ってッ‼︎」
「だから、4.6って何よ!これ以上、私に何をしろと?また拉致して、変なところへ連れてくつもりなの?」
大音量の声が四方に広がり、反響してこだまのようになっていた。
連れて行かれる事に過剰に、反応してしまったのだ。
声の量に、スーフィーも流石に手を止め、持っていた用紙を床に落とし、数秒キョトンとし、こちらをじっと見つめていた。
何か合点でもいったのか?
両手を軽くポンと合わせながら話す。
「…もしかしたらもしかして、 桐子さん、何も知らずにここに来たとか、バカですか?」
「あなたねー、失礼過ぎでしょ?ってかね、私は兄を探しに来ただけ。これ以上、面倒も嫌だし、巻き込まれたくないのよ!初対面の人間をバカ呼ばわりとは!謝罪なさい!こんな面倒臭いのは勘弁して欲しいわ。もう帰るわ、どこなの?出口は」
慇懃無礼なら、まだ騙された振りも出来た。
だが、見下されて拉致られた上に、あの発言は許せなかった。
ただただ、兄が恨めしく思うのだった。
(あいつの為にどうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよ!ずっと行方不明でいいわよ!)
「か、帰っちゃうと…お兄さん助かりませんよ?」
「え?」
「分かりました。ぼ、僕は忙しいですが、義務もありますからね。説明ターンに切り替えて、少しお話しましょう。少々暗くなりますが、ご安心を…」
「え?ッて、うわっ!真っ黒!ッて…」
煌びやかで目が痛くなる部屋が、いきなり一転し暗くなるが、ほんの一瞬だった。
暗くなった後、何が変わったのか?
即座に理解は出来なかった。
だが、明らかに違う部屋の広さ。
四畳半と言った方がいったところか?
かなりこじんまりし、その分濃厚さが凝縮されていた。
目にもっと過激な刺激を受ける。
何度も目をこすりながら、他に違いがあるかどうか?確認の為にも辺りを見回した。
(ビックリしたぁ。あの一瞬で場所移動したの?内装もほぼ同じ。でも部屋が狭い…このピンクウサギは何者なの?)
「お腹すいたでしょ?あれだけ叫ばれたんですからね。4.6経路は、第5連合経由とばかりではないのですねぇ。流石ですよぉ。さ、さ、どうぞ、どうぞ!お食べ下さい。スコーンは焼きたて今回のセイロンは厳選されたウバで、このウバはハイグッ!」
「それは分かったから、説明して!なんで兄が死んじゃうのよ?4.6って何よ?もう疑問だらけで、頭がおかしくなりそうよ。何一つ解決せず、全くついていけないわ…」
「そ、それ以前に、桐子さん?あなた、臭いますね…、何かしてますか?」
スーフィーは自分の周りで、鼻をくんくんさせながら、話しを切り替えてきた。
怪訝そうな目で、自分を見る。
言われて、自分の体に鼻を充ててみたが、そんな感じには思えなかった。
「え?そう?毎日、お風呂には入ってるけど?」
「そ、そういうのではありません。臭うんです、異種の…それも下等な臭いが。ま、このスーフィーも鼻はよく詰まるので、確かとは言えません。本題に話を変えましょう」
「?」
少し言葉を荒げていた自分も、このやり取りでトーンダウンした。
静かになると、空腹に我慢出来なくなった。
豪奢な椅子に腰掛け、温かみのあるスコーンを手に取り、口へ放り込んだ。
紅茶を一口含むと、口内が品の良い香りで充満されていく。
この香りでイライラしていた気分の粗が、一気に溶けていくのを感じた。
(我慢出来ずに、手を付けちゃったけど、紅茶もスコーンも、これは美味しいと思う)
「美味しい…」
「でしょ、でしょ?ぼ、僕が選んでますかね。食されながら、お聞き下さい」
シルクハットを取り、深々とお辞儀をしたスーフィー。
まるで何かの演目が始めるようだった。
(何かこう…芝居がかっているというか…ドラマチックでいいんだろうけど、こういうのに自分が、慣れてないだけかなぁ?)
何もしていないようでも、精神的疲労はかなり酷い状況だったが、この説明タイムに充電し英気を養い、次に備えるべきだと考えた。
小芝居かがった演出や、説明とやらの茶番や長い台詞にも、付き合ってやろうと考えていた。
「兄が死ぬとか物騒な事を言わないでよ。そもそもそんな悪い事が出来る人じゃない。誰かと間違えてない?兄は半年前に消えたの、どこにいるかも、ピンクウサギは知ってるの?なら会わせてよ!」
「ぼ、僕はスーフィーです!間違えないでッ!そ、そ、半年程前に4.6から男性が1人来られました。それがあなたのお兄さんです。しかし、彼は約束を破りました。それも重大な事を…」
ルーペ形眼鏡を拭きながら、はぁと息を軽く吐き、左右に軽く頭を振りながらスーフィーは言った。
さも残念!と言った表情が印象に残る。
「兄がどんな悪い事をしたの?だからこっちに帰ってこられないの?」
「…桐子さん、あなたはロッシャンから何も聞いていないのですか?」
「聞くも何も…。兄は自分から来てるとか、罪がどうとかで、腑に落ちない事を言われた。そして、いきなり怒鳴られて、違う世界に飛ばされたわ。かなり強引な手法だと思ったけど 」
「はぁー、だから第4根源種系統は好きになれないのだよぉ。劣化が激しくなるばかり。ぼ、僕がどうりで忙しくなる一方だ」
スーフィーは、依然テーブルの周りをクルクル回りながら、両腕を軽く上げて首振りながら言っていた。
『あぁ…』と嘆き、諦めの入った重い間合いも一瞬で終わり、次にはケロっと軽い空気感に変化していた。
「あッ!一緒にしないで下さいよ。僕は第5根源種ですからッ」
「その、5とか4.6とかって意味は何?兄の罪って何?自分からここを望む、理由は何なの?」
スーフィーは言葉を更に続けようとしたが、言葉遮り強引に割って入った。
(この数字…。何かこう、差別的に聞こえるのは自分だけだろうか?スーフィーはロッシャンとは、立場が違うのかな?話を聞きだす必要があるな)
懐中時計で時間を確認して、大きく息を吸うと、再びスーフィーが語り始める。
説明ターンとやらのおかげで、少しずつ話は聞き取りやすくなり、次第に話の全容も明らかになっていった。
「世界は10世界あるとされていますが、今現在確認されているのは、第7世界までです。だだ、第6も第7も概念的なモノとされていますので、実際は第5世界までという事になります。それらの世界に在住する人種を第1から第7まで分類し、根源種と命名されています」
「根源…種?7つ?な、何?」
「ま、単なる呼称の言い方なので、細かい事は今は必要ではないかと…。ま、敢えて言うなら、流れと言うか、血統的なモノのだとお考え下さい」
(なんか、嫌な感じ…、やっぱり…)
「あなた、見るからに英国風だもんね。それは白人至上主義ってやつですか?」
「いえいえ、第1から第3根源種辺りは、過去の遺物ですよ。例えば第1根源種はアストラル体という目に見えないモノであり、第3根源種はレムリアンやムーの人々であったり…」
「ム?それって、オカルトっぽくない?」
話の内容に、いささか妖しさを感じた。
つかさず、スーフィーの話の途中、遮るように間を割って入った。
「…ま、そうとも言いますね。ですが、人はいつでも自然の隠された神秘、人間に潜在する心霊的且つ精神力を、可能な限りあらゆる局面での強さなど、深く追及したいと恋い焦がれるもの。その妄想の力は無限大でして、あなたのお兄さんもご賛同になり、ついでにご協力頂いている次第です」
「協力…って?何してるの?」
(あいつ、オカルトとか不思議系なんかに興味あったの?これは現実なんだろうか?)
頬をつねってみても、ちゃんと痛みはある。
全て嘘であると信じさせてくれるモノが、何一つ見当たらず、困惑するたけだった。
足を何度も組み直し、イライラしている気分を晴らそうと躍起になる。
人の話を聞くのが辛いと、こんなに強く願ったのは初めてだった。
「ま、ま、今の内容は、単なる総称の説明です。お気になさらず。では話を次に進めましょう」
「詳しい兄の話は、みんな避けるのね。こっちが分かってないからって、適当に話進めてる?意図的なモノは感じるよ?賛同してようがしてまいが、兄を返して欲しい。それに差別的な事は嫌いなのよ」
「いえ、これは差別ではなく区別です。法の下に皆平等であるべきですが、逸脱者にその権利はありません。自由は平等ではないのですよ。法の下の平等は、原則としての意味ですから。お二人にはもっと、第4.6根源種としての自覚が欲しいですね。」
「⁈」
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