第1ー4 兄の負、私の羅。

目を開ける事が、これほど怖いと思った事がなかった。

何が起こったか?自分の身に何が起きたか?

何も分からず、自分は今、ここにいる。

(大きな口の黒い物体が迫ってきて、その後どうなったか…。てか、ここはどこ?凄く眩しいし、喉もイガイガする)

やけに暑くて、喉が渇いて仕方がない。

そして、やたら埃っぽい。

数回、ケホケホと咳払いを繰り返した。

暗がりから、突然明るいところに来たようだ。

瞬きを数回しても、自分の目はまだうまく、状況に馴染んでいないようだった。

(ロッシャンという人物は一体…)

それより少しでも可愛らしい思った、あの黒いマスコットが、あれほど狂気染みた所業を行うとは、露にも思わなかった。

(あの黒いの、自分は食べたんだよね?食われたんだよね?でも、生きてた。助かって良かったぁ…)

安易に喜んでいいか?疑問だったが、とりあえず胸を撫で下ろした。

だが、ホッとしたのも束の間だった。

思考は、次へと向かっていた。

ロッシャンの言葉が、何度も頭に過ぎる。

自分が稚拙なのは認める。

でも、償いって何の事なのか?

その言葉だけ聞いても、何だが胸が痛くなるのだった。

「罪人は誰の事なんだろ?流れ的には兄って意味だろうけど、ロッシャンは誰とは言い切ってなかった…ッて⁈」

じわじわと目が慣れて、見えてきた世界を垣間見た時、気にしていたさっきの事なんて、どうでも良いとさえ思える現実が、また目の前で展開されていた。

乾燥し、殺伐とした空気にの中で、粉塵が空を縦横無尽に舞い上がる。

煌々と照りつける太陽光は肌を刺し、容赦なく人のやる気を奪っていった。

「こ、今度はこんな場所に来てたの?」

それ以上は、言葉が詰まり、言葉が上手く出て来なかった。

動揺と困惑する表情は、隠しきれなかった。

目の前には、舗装されていない砂利道が、延々と広がっていた。

周りの第一印象は、黄土色一辺倒で埋め尽くされた世界。

緑は一切なく、砂・石・岩が積み上げれた、殺風景な砂漠の景色だった。

「…」

恐ろしくて、目を固く閉じた。

地べたに座っていた自分は、誰に言われる間でもなく、体に力を込めて小さく縮み込んでいた。

(どうしてこんな所に?)

「ガガガッ!ドーン‼︎」

「…ッ!な、何の音?」

突然、鼓膜が破れそうな程の炸裂音が、自分の耳をつんざいていった。

『キーン』と言う音が、長い間、耳の中で響き続ける。

今まで生きてきた中で、聞いたことのない激しい音に、ガタガタと体が震えていた。

「ガガガガガガガッ‼︎」

「こ、今度は何がッ?少しも休ませてくれないんだね。身も心も、ヘトヘトなんだ。こんな事はもうやめてよ、お願いだから…」

蚊の鳴くような声で、祈るように呟く自分だった。

だからと言って、誰かが助けてくれる事は無い。

ただ、言わずにはおれなかった。

その時だ。

聞いた事のある声が聞こえてきた。

すぐに声の方へ視線を向けた。

そこにはケタケタと笑う、無邪気な声がいくつもあった。

「痛いの嫌い?おいら喰べるのだ〜い好き?」

「もっと痛くしてあげる?泣いたら、おいら喜ぶ?」

「おいら知ってる、お前キリコ。いじめっ子キリコ」

「あ、あなたは…!」

「おいらジェノ・カナ。ロッシャンいじめる、キリコ悪い子」

「ロッシャン、キリコ喰うなって言った。おいら腹減った?」

黄土色一色の光景に、自分へ初めて色をもたらしたのは、自分を食べたあの黒い物体だった。

(今、一番会いたくなかった相手かも?どうしてここに…?それに同じ顔が6.7…?)

再度食われると思いきや「キリコ不味い?」を連呼し、自分の周りを楽しそうに駆けずり回っているたけだった。

愛らしい動きのモーションに心が解れるが、油断は禁物…と、気分を引き締め直した。

「ジェノ・カナって、君の名前?君は何人いるの?」

「おいらジェノ・カナ。ロッシャンつけた?」

「おいら沢山いる?ロッシャン言った?」

「ユニオン11匹?おいらジェノ・カナ11だ?」

(よく分からないけど、11いるのね。疑問系に疑問系で返ってくる答え。カウントは個体数でいいのか。たまにもう1匹増えてる?それとも気のせい?でも、ロッシャンよりは何かと答えてくれるみたい)

一つ聞けば、同時に複数が答えてくる。

返答に面倒な感もあったが、自分は不味いとの事で、一歩引いてくれる態度に少し安堵した。

「ねぇジェノ・カナ、ここは何て言う場所なの?どうしてここに、あなたと2人でいるの?」

「ここ本ある?沢山ある?」

「キリコ、不味い?ここに吐き出す?ロッシャン喰うな言った?ジェノ・カナ腹減った?」

「本?読む本がどうして出てくるの?」

「ジェノ・カナ、本だ〜い好き?いっつも本探す?ここ沢山本出てくる?」

「第2世界・赤道直下付近、朧の砂漠?ロッシャン言った?」

「ジェノ・カナ、ロッシャンだ〜い好き?」

「意外、ジェノ・カナが本の虫だとは。ここがその朧の砂漠とやらね?第2って、他にもッ⁈」

「ガガッ!ダーンッ!」

「キャッ‼︎」

地面より、腹に突き刺すような、太く這うような振動が突然響いた。

「ダダダッーン‼︎」

「うわッ」

「ドドッーン‼︎」

体が跳ね上がりそうな爆音と、巻き上がる砂煙で、視野と聴覚の範囲が狭まっていく。

粉塵で、何度かゲボッと咳き込んだ。

実際、自分の声はどの程度、出ているのか?

周囲の音の大きさに、自分の声が判別し辛くなっていた。

しかし、音はドンドン自分の方へ、近づいているように思う。

「ドドドドッドォー‼︎」

(さっきとは違う音が…。まだ少し遠い?)

特別に大きなものだろうか?

1つだけ、重量感と言うのが加わった音が、地鳴りのように響いてくるが分かった。

他のどの音とも違うその音がしてくると、不安な気分が煽られていく。

その音を聞いた直後、ジェノ・カナ11に答えを求めた。

「ジェノ・カナ。ここから逃げる方法はないの?さっきの音は、爆弾の音でしょ?ここは戦争中なの?」

「ここ、いつもドガンドガンやってる?」

「キリコ、ロッシャンとこ連れてく?」

「ジェノ・カナ、本探し出来てない?」

「本探し難しい?」

「ロッシャン怒る?…それ凄く嫌ぁ?」

(あれ?ちょっとシュンとした表情してる?何か寂しそうな…)

キャッキャッと笑い、好き勝手に跳ね回っていたジェノ・カナ11は一斉に立ち止まり、『ロッシャンに怒られる〜』の下りを、覇気のない声で揃って言った。

心なしか、二つの突起物が下を向いている気もして…。

粉塵舞う中、ジェノ・カナ11から哀愁なるものを少しだけ感じた。

(いつもって、こんなところいたら、死んじゃうじゃない!早く逃げないと!それにしても、項垂れるジェノ・カナは新鮮だな。ママに対して自分もそういうのはあるから、気持ちは少し分かる。ちょっとだけ自分と似てるかも?)

よく喋るジェノ・カナ11に親近感を覚え、嫌いにはなれないと自覚した。

自分の口調も自然と、友達に話すような感じにもなっていった。

「ジェノ・カナ、ロッシャンが大好きなんだね」

「ジェノ・カナ頑張る?腹減った?」

「キリコ連れてく?ロッシャン待ってる?頑張る?」

「本探す?腹減った?」

「ロッシャン、今日、本すぐ見つかる言った?」

(これは納得しかねる。連れて行かれるって、それはいい事なの?兄の事が解決出来るなら…。でも、今は手段の取りようがなくて、身を任すしか…背に腹はかえられんから)

気に入らない文言に、少し眉をひそめ自分。

でも、右も左も分からぬ現状で、今更何か出来る訳でもなく…。

ジェノ・カナ11の言葉に縋るしか術がない事は、誰よりも一番自覚しているつもり。

だから自分は、この音響の酷さと身の危険から、一刻も早く脱出したい一心だった。

「-…」

今は、流れに甘んじようと決めた時。

音が消えた。

それは数秒続いた。

まるで、一切のモノが動きを停止させ、時間さえ止まったと思えた、圧迫のない感覚。

ジェノ・カナ11も直立不動で、ある一点を見集中的に見ていた。

それは今の自分の後方、6時の方位だった。

(急に動かなくなった。後ろに何があるの?)

振り返っても、朽ち果てた瓦礫の山しかない。

この静けさとそれに続く、一種異様な雰囲気と、薄気味悪さが胸を充満していく。

唾を飲み込むのもためらわれるような、張り詰めた空気に動揺は隠し切れず、思わず声を掛けずにはいられなかった。

「…ジェノ・カナ?どうしたの?」

「キリコ、コッチ?」

(え?)

『ドン』

「キャッ!…い、痛ィッ」

「ダダーンッ!」

一瞬また、何が起きたか?分からなかった。

顔を上げれば、自分は地面に這いつくばっていた。

(押された。どうして?あ…)

一旦止まったはずの炸裂音が、再び鳴り響き始めた。

その音は、自分の背後から凄まじい爆裂音の嵐となり、長時間地響きの如く続いていく。

自分は目の前にいた1匹のジェノ・カナ11が喋った途端、背後から違うジェノ・カナに押されたようだった。

地面に体が叩きつけられ、小さく呻きながら、元いた0時の方向を振り返る。

さっきまで無かった、ジェノ・カナ11程の大きさ石が多数転がっていた。

「痛ツ…、良かった、擦り傷程度だけど。もしかして、ジェノ・カナが助けてくれた?」

手と膝に、少々擦りむいたところがあった。

だが、大した事はない。

むしろ無機質な世界観の中で、ジェノ・カナ11の行為は心が潤う感じがした。

(あの爆音で岩が崩れて…。そのまま居たら、石の下敷きに?)

『ジジーッ、ジジーッ!』

「ジェノ・カナ、何してるの?」

「石飛んでくる?ジェノ・カナ壊す?」

「こっち本ある?ジェノ・カナ探す?」

「ロッシャン、嘘言わない?すぐ見つかる?」

「腹減った?腹減った?」

爆音はまだまだ続いている。

先ほどの大きさでなくても、飛来物はあちこちから飛んで来ていた。

ジェノ・カナ11は、自分の目の前に集結しつつあった。

彼らは頭の2本の突起物から、金色の光を出す。金色の光を出す度にピョンピョン跳ね上がり、こちらに来る飛来物を除去していた。

『ジジーッ、ジジーッ!』

光出す度に、体をくの字に曲げる仕草がとても可愛い。

(さっきからずっと、これやっててくれたの?ちょっと嬉しいな。例え、ロッシャンの命令であっても。一斉にピョンピョン跳ねると、戦場っていう緊張感が薄れていいのかな?まぁ、自分は和むからいいけど)

「キリコ、待て?ジェノ・カナ腹減った?」

「本探し?本探し?」

「早い?すぐ見つかる?」

「ジェノ・カナ、褒められる?」

「キリコ、いい子?」

「…さっきから本探しって言ってるけど、ここらに本なんてある?もう建物らしきものも、崩れてないよ?こんなところに本当にあるの?」

目の前でピョンピョン跳ねる、ジェノ・カナ11の元へ近づきながら言った。

ずっと交戦状態と言う事らしく、建物のほとんどが瓦礫に変貌していた。

身を隠す程度の壁がちらほらあるだけで、タンスや本棚なんて、見渡す限り皆無だった。

「そんなにお腹空いてるなら、ロッシャンのところへ行った方がいいんじゃッ⁈」

互いの話に違和感を感じる中、その声は聞こえた。

「、、、ァ、ぁ、、、だ、誰か…」

「だ、誰かいるの?」

突然の声は、ジェノ・カナ11が狙撃していた、6時の方向、自分と目の鼻の先からだった。

(こんな最悪状況の中で、よく人が…)

その声にすぐ反応し、声をかけて近づこうと動いた。

30代位の女性が、岩の下敷きになっていた。

隣に小さなの子供、1人も確認出来た。

見るからに2人は、衰弱しているのが分かった。

救助が不可欠だと判断し、自分の気持ちも急いてきた。

(どれかの砲撃が当たった衝撃で、近くの岩が崩れたのね?早く助けないとッ!)

ところがジェノ・カナは、自分の前に立ちはだかり、勝利のような歓喜を上げていた。

彼らの邪魔な行動に、眉根を寄せた。

「本だ?本だ?」

「出た出た?やっと出た?」

「腹減った?腹減った?」

「早い?早い?」

「ロッシャン言う通り?」

「そんな事よりも早ッ…、え?」

『ガサガサ』

『バキッ、ボギッ』

『ガブガブッ、ニッチャ、ニッチャ』

(な、何してるの、この子達?それにこの音…)

近寄ろうとした瞬間、ジェノ・カナ11が我先にと、2人に一斉に群がった。

黒色に覆われた、2人の様子が全く分からない。

でも聞こえる、何かを砕く音が…。

異様な光景に、嫌な勘しかしなかった。

気がつけば、ジェノ・カナ11の中に割って入っていた。

「ッー!」

この目にしたものは…。

突然の強烈な胸の痛みに、声にならない音を発していた。

「ハァハァ…」

心拍数が急に上がり、息が苦しくなった。

目はクラクラし、頭はフラつき、足元もおぼつかない!

立ち眩む中、余りの惨事に唇を噛み締めていた。

こんな痛みも感情も、生まれて初めてだった。

(く、食ってるって、人を。この子らの言う本は、人の事だったの?)

地面を這いつくばる2人を、ジェノ・カナ11が啄ばみ、食い散らかしていた。

地獄絵図さながらの現場で、彼らを制止させるべく、無我夢中で動いていた。

「やめてッ、やめなさい!ジェノ・カナ!この人達は本じゃないわ、人よ?」

廻る頭を必死で手で持ち上げ、2人から彼らを引き離そうとしても、多勢に無勢だった。

既に事は終わり、2人は人としての形は見る影もなかった。

散乱する肉片に、一面に飛び散った血飛沫。

より一層、口元を赤く染めたジェノ・カナ11。彼らは、得体の知れない不気味さを増していた。

体がワナワナと震えた。

どこにぶつけていいか?分からない、怒りが湧いてくる。

(あの2人が、声を上げる間もなかった?前言撤回、いや断固拒否だ!どこが愛らしいのよ?残酷そのもの、これじゃ単なる獣じゃない!)

自分が食べられた時より生々しい惨状に、絶句するしかなかった。

だが、彼らは悪びれるどころか?自分に食ってかかってきた。

「キリコ、いい子やめた?」

「キリコ、悪い子?ロッシャン報告?」

「邪魔するキリコ、いじめっ子?」

「本、美味しい?もっと喰う?」

あからさまなる敵意剥き出しの、彼らの声が聞こえた。

彼らの目も少し、丸よりつり目な感じだ。

余程止めに入った事が、気に入らなかったのだろう。

自分に向けられる、彼らの高まる反抗心をヒシヒシと感じてた。

少しずつにじり寄り、自分に詰め寄ろうとするジェノ・カナ11。

重い空気が、心中の恐れを余計駆り立てる。

だが、黙っていられる程、彼らの行為は生易しいものではなかった。

異論を述べる自分に、ジェノ・カナ11は態度を硬化していった。

「冗談キツ過ぎる!悪い子はあなた達でしょ?人が食べられるのを、黙って見てられる訳ないじゃない!」

「これ咀嚼?」

「これ粗食?」

「邪魔するキリコ、喰っちゃう?」

「本探し大事で大変?キリコ、喰う?」

「喰う?喰う?喰う?」

「キリコ、知らない?本探し大変?」

「そんなの知りたくもないわ!やっていい事じゃないから、怒ってるのよ!」

ジェノ・カナ11に、周りを完全に囲まれた。

もう、自分の逃げ場はない。

自分もあの2人みたいになるのか?

目の前に広がる赤黒い液体が、自分の最後かと思うと、逃げたくて仕方がない気も起きる。

でも発言を撤回しようとは、少しも思わなかった。

(価値観違い過ぎて、理解はしてもらえないけど、それでもどんなに凄まれても、簡単に見て見ぬ振りの出来る内容じゃない!)

ただ、為すすべき事を目前にして、何も出来ずに終わる事の方に、無念さが募っていく。

(食べたかったら、食べればいいじゃない。でもそうは簡単にさせない!ママと会いたいし、自分にも譲れないものがある!)

『キリコ、悪い子?』

彼らは、口を揃えて同じ言葉を、何度も繰り返し呟いた。

横長に広がる赤い口、見え隠れする白く尖がった牙には、先程ついた鮮血が滴り落ちていた。

彼らの頭上で、バチバチと火花を散らしているのに、ゴクリと唾を飲み込んだ。

(放電に、黒い肌と赤い血…まるで漫画のような悪魔像そのものって感じ。だからといって自分は怯まないから!)

窮地に陥ったものの、まだ自分は諦めてはいなかった。

タイミングがあれば、常にこの場から逃げる事を念頭に入れていた。

彼らはキャッキャッと騒ぎながら、こちらを見て、ニヤっと笑ったようだ。

その余裕にこそ、盲点があると確信した。

(自分を捕食しようとした時、逃げる好機?)

捕食時は、相手も油断すると踏んだ。

ジェノ・カナ11の行動の隙を見逃さないよう、集中する事に終始務めた。

いつもの自分なら逃げる事も選べず、成す術を無くし、脱力してしまっていただろう。

いつになく、やる気になっているのか?

自分が全く理解が出来なかった。

抗う術も無く、座り込むのがオチだと思っていのに…今、何故?

不思議とやる気が、どこからか湧いてきた。

(相当ピンチでヤバいけど、以前より絶望感が少ない…。何が出来る訳でも無いんだけど…。不思議と無理とも思えない)

窮地になる程、頭が冴えてくる気がした。

両者、一歩も動かない時間が続く。

彼らも頭上に火花をチラつかせ、その場で軽く跳ねてみせた。

こちらの様子を伺っているようだった。

周りの暑さも気にならない程、自分の神経を研ぎ澄ませていた。

そして、少し間が空いた時…。

事態は大きく流れを変えた。

『コツ…』

(あッ!)

地面に足を滑らせた時、不注意で小さく石に蹴ってしまった。

張り詰めた空気の流れが、一気に変わった!

自分のせいで、均衡が一瞬で崩壊したと気持ちが負けそうになった。

だが、この空気を変えたのは、相手の方だった。

自分よりも早く仕掛けてきたジェノ・カナ11がいた。

(に、逃げられる隙は?あそこ?)

斜め後ろに潜むジェノ・カナ11が、周囲より早く大きく口を開けて、自分に突進してきた。

同時に素早く身を屈め、相手の横をすり抜けようとした瞬間だった!

「ドドッーン‼︎」

「え、な?ヒャッ!」

「ガガガガ、ガガガッ」

大音量が轟いた!

まるで、頭上で投下されたかのような音。

またしても、視覚と聴覚が麻痺していった。

少しの間、耳鳴りと目に点滅する星の影響で、状況を素早く察知するのが難しくなっていた。

その場にいた者は、一斉に動きが止まった。

(な、何事?)

動揺を隠せず、キョロキョロと、周りを見渡すしかなかった。

急な出来事に緊張が解ける。

気が一気に抜けてしまった為、次にすべきか?全く見つからない。

把握出来ない状況に右往左往していると、砲弾の雨が降り注がれていった。

辺りの瓦礫は、粉々に破壊されていく。

自分の周りだけ、集中砲火されているような感じだった。

(完全に狙われてる?ど、どこから?ッて、どこに逃げれば?)

立ち往生する自分に、更に追い打ちがかかる。

「っせろ!早く伏せろッて言ってんだ!」

「え?は、はいッ!」

とびっきりどデカイ怒号が、辺り一面に響いた。

急展開についていけず、オロオロする自分を叱り飛ばす男性の声がした。

誰か分からないが、怒鳴る声につられて、自分も大声で答え、指示に素直に従った。

言われるままに頭を抱え、その場にうつ伏せで寝そべった。

その後の動向を見定めようと、目だけはしっかり見開いた。

周りを見渡す事は出来ないが、前方で壁の一部が、雪崩れるように壊れていくのを確認した。

「コブッ!ゲボッ」

「グアッ‼︎」

ジェノ・カナ11の数匹が倒れ、岩の下敷きとなっていく。

「ダダッ、ダダダッ!」

「ダーン、ダーン‼︎」

砲撃は止む事なく、続けざまに連射され、激しさを増していった。

「グェッ!ガッ!」

「グワボッ」

「ギャ」

砲弾の集中的に降り注ぐ中、次々とジェノ・カナ11は倒れていった。

地面に転がる彼らは、数秒すると塵のように粉砕し、跡形も無く消えていった。

「き、消えた…。撃たれたら、消えるのか?」

ジェノ・カナ11の呆気ない最後に、なんとも言えない後味の悪さも感じた。

(ジェノ・カナ、死んじゃったの?あんなに惨らしい事が出来るのに、簡単に消えるとか、呆気なさ過ぎて…)

断末魔的な声も少数になり、最後は誰の声も無く、爆音も聞こえない静かな空気に変わった。

やっと終わった…?

終わらせてくれたんだろう、そう思う事にした。

そして心の奥で、やっと安堵した自分がいた。

しばらく動けなかったが、麻痺した感覚も薄れ、体をゆっくり起こした。

もう一度、この知らざる世界を身渡そうと、その場でくるりと回って見た。

『ジジーッ』

「ん?何か聞こえた?って、もう誰も…」

砂煙が揺らめきながら、風に溶けていくと、目の前には1人いなくなっていた。

「…」

(ジェノ・カナは?どこにもいない。全員消えたのか…、あれが無ければ、もっと仲良くなれたかな?やっぱり無理か…)

一抹の寂しさで言葉を詰まった時、背後から声が飛んできた。

「女のあんたが、ここで何やってんだ?」

「え、あ、あの…」

「あんた、ジェノ・カナに襲われてたんだろ?あんた本なのか?」

「い、いえ、違います。本が何かも知らないし。お、襲われたと言うか、意見の相違と言うか、自分の前に2人、母子が犠牲に…」

「そうか、また、食われたか…。ほんと小賢しいやつらだ。うじゃうじゃいるし…」

「ジェノ・カナって、そんなにいるの?」

振り返ると、男が長い銃を操作しながら、こちらに近寄ってくる。

背後には、大きな戦車が控えていた。

プハーと布で覆ったマスクを取り、息を吐きながら喋る男は、見た感じ、若そうで20代前半に見えた。

「ここは危ない。とりあえずこっちに来い」

「…こっちって?」

「またすぐに銃撃戦が始まる。死にたいのか、あんた?」

「ま、また?」

(音が絶えず炸裂する状況に?勘弁してよ…)

思い出すだけでも立ち竦む自分に、彼が手を差し伸べてきた。

「…」

だが、自分は戸惑うばかりだった。

(どうしよう。ロッシャンとか、ジェノ・カナの元に行かなくてもいいかな?基本的に行きたくないけど、行かないと本来の目的が果たせないみたいだし…、でもここで待つなんて、絶対無理だし、そもそも、この人がここのジェノ・カナ全部倒しちゃうからッ‼︎)

「どうすんだ?早くしろよ。置いてくぞ?」

「そ、それは嫌だ!ま、待って!」

色々考えていたら、また怒られてしまった。

でも置いていかれるのは、もっと嫌だった!

他の選択の余地はない。

次の瞬間、彼の手をしっかり握っていた。


初めて乗った戦車は、スプリングがある訳でも無く、酷く揺れて正直怖かった。

中は安全そうだが、数人の男性がかなり窮屈そうに作業していた。

どう見ても、自分の入る余地はない。

手を差し伸べてくれた彼も、外側で腰をかけていた。

作業の邪魔にならない為にも、自分も彼の傍で腰を下ろした。

彼の名は「保名 仁(やすな じん)」

みんな「ヤスナ」と呼ぶと言っていた。

「ジェノ・カナは至るところにいる。数は無制限だ。とにかく獰猛で、『本』だと勝手に断定すると見境無く、その場を殲滅させていく。ここもかなり減ったよ」

「本って、読む本じゃないの?人だとは思わなかった。本って何なの?」

「俺も良くは知らない。手に入れる事で、世界を変える事が出来るらしい。ただ、本を見つけ出す事はかなり困難だ」

「困難? どうして?」

「感覚みたいなもんらしい。そいつが見たら分かるってやつ?ジェノ・カナもその感覚はないらしいから、見つけたモノは全て喰らう。でも、それはかなり非効率だ。だから奴は大量に増殖し、効率性を上げようとしてる」

「…そうなんだ」

(あの子たちも本探しは難しいって言ってなぁ。自分は運が良かっただけ。何だかすっきりしないなぁ)

その時、鬱とした表情をしていたのか?

ヤスナは肩をポンと叩き、人の髪の毛をくしゃとさせながら言った。

「あんたは生き残ったんだ。今はそれで十分だろ?自分から死にたいって奴は、そういないよ。みんな生きたいと願ってるんだから」

「そうだね、その通りだよ…」

自分も、生きたいと願ったから、今こうして…。

「ここは戦いしかない。俺は本を守る為に戦っている。それが世界を守る為でもあるんだ。奴らは、本のあぶり出しに躍起になってる。自分の私利私欲の為に、罪もないのに、一方的にやられるのは理不尽だろ?」

「や、奴らって誰のこと?私利私欲って?」

「さぁ着いたぞ。ここが俺らのベースキャンプ、安全地帯だ。ここでは戦いはないから安心しろ。行くぞ、ついて来い」

「や、ヤスナ!質問答えッ」

ヤスナは話終えると、戦車から降り立った。

質問に答えて貰えず、話を一方的に打ち切られた自分としては、消化不良の感が否めなかった。

不平を言う間もなく、ヤスナが手招きする。

自分に指示するヤスナに、とりあえずついて行く事にした。

数歩歩いただけで、そこが銃撃戦の只中にある場所とは思えないほど、活気に満ちた世界が広がっていた。

立ち止まり、思わず感嘆の声を漏らした。

「うわッ、こんなに人が!ベースキャンプって、もっと質素で静かと思ってたけど、凄く賑やかなところなんだね」

「だろ?よそはどうか知らないが、ここは街だからな。今はちょうど新嘗祭やってるから、余計に賑わってると思うぜ」

「ヤスナは、ここしか知らないの?」

「ここだけだな。戦火が少しでもマシになれば、よそにも行ってみたいと思うが、そんなのはまだまだ先の事だろうな」

「…」

(笑ってるけど、表情に少し影あるような…。ずっと、戦ってばかりなんて辛すぎる。ヤスナはいい人なんだなぁ)

今日は、収穫のお祭りのようだ。

自分の前には大きな広間があり、そこには沢山の屋台が並んでいた。

野菜や生鮮食品を売る者や、雑貨を売る者がいれば、自慢の料理を売る者もありで、人の山でごった返していた。

みんな笑顔に見える。

楽しそうな表情につられて、こちらの口も緩んでいくのだった。

賑やかなのはいいが、とにかく人が多い!

自分の第一印象がそれだった。

このベースキャンプには老若男女、結構な数がいるようだ。

プレハブの骨格に軽く布を被せた、簡単な造りの家が、至るところにひしめき合うように建っている。

人が多くて、建設が間に合ってないようにも思えた。

自分が景色に気を取られていると、ヤスナの周りに人垣が出来ていた。

ヤスナの周りには、自然と人が集まってくるようだった。

「…む?」

彼は兄と同様、ここの人気者のようだ。

ヤスナは集まる人、一人一人に対応していく。

自分には、とても真似の出来ない事だった。

(自分が出来なさすぎるんだろうけど、兄も彼もすごいなぁ。それと兄の事が頭に出てくる位にまで、自分が落ち着いたんだろ。これでやっと先に進めるかな?)

輪から弾かれた自分だけど、それはそれで良しとする。

自分は珍しい風景を、堪能する事にした。

もうすぐ夕暮れ時の中、連れだって遊ぶ何組もの子供達が、目の前を横切っていった。

夕陽に赤く染まり屈託ない笑顔達は、いつ見ても心の癒しになるんだと感じた。

(最近、こんなに元気に外で遊ぶ子って、あんまり見ないもんね。ここに来て何か違和感あったけど、理由はこれか…)

自分が感じていた違和感とは?

それは、周りとの見た目の差だった。

見た感じ、アジア系は自分とヤスナくらい?

骨格がまるで違うし、服装もインドみたく、布を巻きつけてる人が沢山いた。

(だからって、何かある訳じゃないけど…、少し気になったというか…)

ヤスナは、兄より背が少し高いくらいか?

然程大きくないのに、手を伸ばしてくれた時はとても大きく感じたのだ。

「ッて、あれ?こっちにも人の輪が…?」

いつの間にか?黄昏ていた自分の周りにも、ヤスナ同様の新たな人垣が作られていた。

自分が物珍しいパンダだと、やっと気づいた。

そのジロジロ見る群衆の視線の意図は、完全に好奇な目だと感じた時…。

「済まん、待ったか?」

「ヤスナ。話は終わったの?」

「まあね。いつも、こうやって時間が取られるんだ。悪かったな」

「ヤスナは面倒見がいいんだな」

小走りで駆け寄ってきたヤスナに、自分はこう言った。

はにかむように、笑って見せるヤスナ。

ヤスナが自分に近づいた途端、人集りはスーッと流れるように消えていた。

少しホッとした。

居た堪れない心地の悪さから、ヤスナの声と手が、自分を救ってくれたようだった。

再び歩き出すヤスナの後を、追いかけていく。

ヤスナは特徴の無い、一軒の家に自分を招き入れた。

間口は狭いが中は結構広く、そして冷んやりしている。

どの家もそうみたいだが、ここには明かりが無いに等しいようだ。

あっても光量は乏しい為、薄暗く、方向感覚が全く掴めなかった。

「こっちだ」

ヤスナは松明を手に、建物の奥へ進んでいく。

同じような通路が続き、自分1人では確実に迷子になると悟った。

足をもつれさせながら、ヤスナの後をついて行くのに必死だった。

「ちょ、どこまで行くの?」

「すぐそこだよ、もう見えてる」

「…」

(こっちて、どっちよ?結構、ヤスナは歩くの早い。ついて行くのにも、息が切れそうだ)

洞窟みたく、奥はかなり深そうで、道も入り組んでいた。

数回同じようなところを曲がる度に、どこから来たのか?方向が分からなくなっていた。

暗すぎて、本当に見えなかったんだ。

「ここ、あなたの家?もう少しゆっくり…」

「いや、ここは倉庫だ、すぐだから、我慢しろ」

「倉庫?」

(どうして倉庫に用事が?本当に着いてきて良かったのか?悪かったのか…)

ヤスナの言う通り、終着点はすぐだった。

長い通路の途中、左の部屋の扉の前で、ヤスナは立ち止まった。

「中に入って」

「う、うん…、お邪魔します」

ヤスナに指示され、木の扉を開けて中に入る。

『ギギ…』

『ガタッ』

「キャ!」

「大袈裟だな、木箱が倒れただけだ。好きなの持つといいよ」

「…木箱、って…え?」

ヤスナの持つ松明で、暗い部屋に明かりを灯してくれた。

部屋全体に明かりが届くと、目の前には朽ちて壊れた木箱があり、中身が散乱していた。

その中身を見た途端、言葉を失っていた。

(これって、銃とかいうやつじゃ?)

この部屋は、ワンルーム位の広さだろうか?

辺りを見回しても、自分の背丈以上に積まれた木箱の山が、不整列な柱のように立っていた。

壁に沿って立て掛けられた銃も、所狭しと並んでいる。

「ここ、武器…庫?」

「そうだよ、人いないんだ。1つやるよ」

「…はぁ?どうして私が、戦わないといけないのよ?」

壁に背を預け、腕組みしたヤスナはキョトンとした表情で自分を見ていた。

『こいつ、何言ってんだ?』と、言いたそうな顔つきが、自分に与える不快感を倍増させる。

「だってやれる事ないじゃん。何にもしないで、ここにはいられないよ。家、近くなら送ってもいいけど、遠くは行けないしね。それより、これなんかどう?」

ヤスナは近くにあった、小振りの銃を手に取ると、ポンと自分の手のひらに乗せた。

ズシンときた重さで、体のバランスを少し崩してしまった。

その重みが、背筋に冷や汗をもたらした。

彼はまた、笑顔で自分を見る。

知らず知らずの内に、手に乗せられた銃を凝視した。

本物を初めて目にした事で、緊張が高まり、思わず唾を飲み込む。

走る緊張を早く解そうと、必死な自分だった。

(銃ってこんなに重かったんだ、これで人が…

でも…!)

「ここでは必ず、労働を課せている。その分で見合った収入があるんだ。女、子供も暇があれば仕事をしてる。それに俺はさ、お前は前線に出るべきだと確信してるんだ」

「か、確信?前線にどうして?そんな訓練受けてもないわ!」

「ほら、言ったろ?感覚ってやつ。さっきのあの場に、ジェノ・カナは11匹いた。あれはユニオン組んでる奴らだ。7個体以上のユニオンは、レア扱いでね。通常は青・赤・黄色で、黒なんてのは、今まで例がない程の激レアもんだよ。それが一緒に居て、本までご登場とは、俺には単なる偶然とは考えにくい」

「…どういう事?自分が原因だと言いたい訳?本たちの犠牲はッ」

「逸るなよ、そうじゃないさ。俺としても好都合だと言ってるんだ。ユニオン系統を叩くと、付和雷同のジェノ・カナが機能しなくなる。それに本も守れるんだから、一石二鳥だと思わない?」

「つまり、ここで囮になれって事ね?」

自分の言葉に、ヤスナは肩をすくねてクスッとだけ笑った。

ヤスナの行動に、イチイチ反応し、腹を立てる自分にムカついてくる!

(自分が指揮官でも、合理的な方法を選ぶだろう。ヤスナの選択は間違っていない。でも、自分は物じゃないんだから!)

手に渡された小銃を近くに置き、何度も頭を振って、声を絞り出すように言葉を吐いた。

「あなたは正しい。それにここの人も困ってるだろうと察する。けど、自分にはやるべき事があるんだ。今、兄を探していて、そしたら、いきなりここに来ていた。自分にも思い当たるところは多々ある。いつかあなたに言わないとって思うけど、今すぐその手の協力は…ッ!」

「ヤスナ見ッーつけ!まずはおいらが1匹始末する!」

『ジジーッ、ジジーッ!』

「な、何?」

黄色い放電が、突如部屋中に炸裂した。

突然の事に、さすがのヤスナも攻撃を受け、床に叩きつけられていた。

起き上がるのも辛そうなヤスナは、呻き声を上げながら、ゆっくりと体を起こしていた。

「ヤスナ、大丈夫?」

「…」

ヤスナはすぐに答えなかった。

「?」

さっきとは違う空気に、戸惑いが隠せない。

(ヤスナの自分を見る目が、ちょっと違うような…、気のせい?いや、違う!)

欺瞞に満ちた目の理由は、すぐに分かった。

「お前…、ジェノ・カナを呼び込んだな?ここを壊滅させる気か?これは作戦か?俺を油断させて…、お前は奴らの手先だったんだな?」

「ち、違う。そうじゃない!話は聞いて!」

急な展開に、自分の対応も後手後手だった。

どうして、そんな台詞がヤスナから出てくるのか?皆目検討もつかなかった。

再びオロオロする自分に、ヤスナの罵声は迫力を増していった。

「じゃ、どうしてジェノ・カナがお前のところに居るんだ?説明してみろ!敵なら、俺は容赦はしない!」

「待って!あ…ジェノ・カナが側に?あなた消えたんじゃ?」

「おい、ヤスナ。見ない間に、随分イキがってるようだな。容赦しないのは、こちらのセリフだよ!私と互換性も持てない、堕ちた下位変換種の屑が!」

『ジジーッ、ジジーッ!』

「や、やめてよ!ここ武器庫なんだよ?何かあったらどうするのよ?」

「え?だって、ヤスナが目の前にいるから…」

「危ないって言ってるのよ!いいかげんにしなさい!」

すぐ横の左肩の上に、新たなジェノ・カナが偉そうな事を宣っていた。

見た目の配色は変わらないが、やや小ぶりなジェノ・カナだった。

自分の顔より少し小さい程度だが、前回のジェノ・カナよりも表情も言葉も豊かで、知的にさえ感じる利発さだった。

(やっぱり12匹いたのね。気のせいと思っていた音は、この子が…)

「キリコ、怒った?いっぱいビリビリするのは止めるよぉ。でもこのヤスナは倒す!」

少し怒鳴ると一瞬項垂れ、しょげたジェノ・カナだったが、ようやく立ち上がったヤスナを見て、膨れ上がる激昂はとどまる事を知らないように感じた。

『ジジーッ、ジジーッ!』

「グワッ!」

「やめて!ヤスナが死んじゃう!」

「こんな屑、死んじゃえばいいんだ。お前は私が回収してやる、有り難く思え!」

正確無比なピンポイント放電で、ヤスナに直撃を食らわすジェノ・カナだった。

2人にかなりの因縁がある事くらいは、この短い会話の内容でも容易に想像出来た。

(このままじゃ、ヤスナどころか?この建物も危ない!自分の言う事は少しは聞いてくれるのかな?どうしたらこの状況を打開出来る?)

考えを巡らせ、手をこまねいている間も、ジェノ・カナの容赦ない攻撃は続いた。

ヤスナも逃げ回るが、部屋の狭さから、それも限界だった。

部屋から逃げようとするヤスナを、ジェノ・カナは連続放電で動けなくしていく。

「ヤ、ヤスナ!口から…」

『ジジーッ、ジジーッ!』

(もうダメだ!どうにかしないと!そうだ、この子、食べるの好きだったはず)

ヤスナの口端から、一筋血が流れる。

腹部も押さえるヤスナの表情には、神妙さがこもっていった。

かなりキツそうなヤスナの顔。

だが、ヤスナが自分に向ける敵対心は、休まる事がなかった。

「お前が、こんな手を使う奴だとは思わなかったよ。相当な役者だな」

「ち、違ッ!」

全部言わず、言葉を飲み込んだ。

もう誤解され過ぎて、弁明なんて耳にも入らないだろうと察した。

(今は自分の事より、ヤスナやここの安全を守る為には…、もう、どうにでもッ!)

全然考えもまとまらず、咄嗟に思いついた言葉を発した。

その言葉が、意外な効力を発揮したのだった。

「ジェノ・カナ、もう家に帰りたいの!こんなところに1秒も居たくもないの。早く連れ帰って!何でもしてあげるから!」

「本当?でも、みんなジェノ・カナって呼ぶけど、おいら、ジェノ・カナじゃ…ないんだな。キリコ、名前覚えてくれる?だったらおいらも何でもするよ?」

「幾らでも呼んであげるから、早く!こんなの放っておいて!」

自分の出来る選択は、自分自身がここから消える事だった。

空間移動出来るジェノ・カナの類いなら、その願いも叶うと判断した。

(だって、当初はロッシャンの元へ連れて行く予定だったはずだし…)

思った通り、ジェノ・カナの類いは、自分の願いを聞き入れた。

『よし!』といきなり張り切る、ジェノ・カナらしきもの。

意気揚々と台詞を吐くが、最後は自分の意志を意地でも貫く、頑固者だと知らされた。

「キリコの言う事聞くよ。でも絶対、やっぱりこいつは許さないんだぞ!」

『ジジーッ、ジジーッ!ジジーッ!』

「や、やめてッ!」

『カブ♪』

(あ…)

最後の放電は、通常の数倍ありそうな威力に見えた。

積年の思いの丈を、一点集中させ、ヤスナに向けて一気に放出させた感じがした。

「や、ヤスッ!」

「€〆^*°…」

最後に見たヤスナの姿は、前のめりに倒れる瞬間だった。

何かをいっていたが、意味は分からなかった。

多分、自分への雑言だと推測した。

(ヤスナへ直撃するとか、凄まじい執念だな。ヤスナに誤解されたまま、消えてしまうけど、これはしか方法がなかッ…)

次の瞬間、自分が願った通り、赤く大きな口に取り込まれていた。

映像はそこで終了し、自分の意識も切断された。


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