第1一3 兄と奇妙な関係者。

「いててて、体が千切れるかと思ったわ。ネット見てただけで、こんなのってアリ?どうして体感してるのよ?」

「やはり女か…、名はキリコだったか?」

「…」

(私の名前を知ってる?誰こいつ?どこにいる?ッてか、ここは一体…)

目の前にはパソコンがあって…ッ!と言う、状況を超越した出来事が起きていた。

いつの間にか、自分は全く見知らぬ場所に、移動させられていた事に気付いた。

「あ、兄の部屋じゃない!」

頭を抱えざるを得ない現状に、絶句して腰が砕けた。

目の前にある、理解の範疇を超えた事実を受け入れられる訳がない!

(滅茶苦茶過ぎる!どういう原理で…ッてか、ちと待てよ…?)

何回瞬きしようとも、この目に映るモノは、何一つ変わらない。

赤と黒がまだらに入り組み、ところどころに金も混じった、マーブル模様の景色。

音の一切無い、大広間みたいな空間は、ただ自分だけが存在する小さな世界であった。

「痛ッ」

とりあえず、頬をつねってみた。

痛みはあった…。

にわかに信じ難いが、そういう事にしておいた方が、今は無難だと察した。

ここで、事実確認の検証なんて出来る訳もなく、あれこれ思案しても時間の無駄であり、全く意味を為さないからだ。

「こんなデタラメがあり得るとか、かえって冷静になれると言うか…。でもこの方法なら、あいつの失踪にも、説明がつくと思うんだ…」

さっさと気持ちを切り替えて、意識を次へ移行させた方が得策と判断した。

(今は必要以上に狼狽えない事だ。冷静であれば、気持ちも強く持っていられる…はず!でも、怖いもんは怖い…)

キョロキョロ辺りを見回しても、自分以外は草も生えていない。

声の主もどこにいるのか?検討もつかず、見つける事も出来なかった。

初めての場所に、気持ちがどうしても落ち着かない。

見えない相手の声に、突然の場所移動…。

名乗ってないのに、何故か、自分の名前を知っていた事で、自分の中の疑問は確信へと変わっていった。

(今なら立てる?いや、座ってた方が安定するか。体が自分の自由にならないけど、これで間違いない、兄はこのやり方で…。でも、こんな方法、分かりっこなくて、想像も出来ないわ!)

「わ、私はキリコじゃなくて、桐子。あなたは誰?何て名前なの?ここはどこで、どうやってここに連れてきたの?兄もこの方法でッ⁈」

「私の姿はお前には見えない。そこはまだ完成していない。これからだよ」

「完成?どういう意味なって、それよりも早くここから出して!兄を探さないといけないの。あなたは兄の事、知ってるのよね?」

無意識に立ち上がり、どこに向けるでもなく、見えない相手を想像し叫ぶかのように、勝手に声が出ていた。

自分の足までもが、膝が小刻みに震えている。

きっと相手も、分かっているだろう。

自分が相当無理した、空元気であるって事を。

癪だが、怖くて逃げたくて、仕方がなかった。

(こんな得体の知れない場所に、勝手に飛ばされて、冷静でいられる方がおかしいと思う!このままだと、頭もどうかしてくる!)

言葉や体に力が入っていくのが、手に取るように自覚出来た。

生まれて初めての緊急臨戦体勢に、口元も戦慄いてくる。

そうなれば、余計に体がガタガタと震え出した。

震えは止めようとしても、止まるもんじゃない。

逸る鼓動は、異常な速度で胸を連打した。

口から出て来そう…という表現が、正に当てはまるのが、今の自分の心境だった。

だが、そんな容易い事で冷静にいられる訳もなく、『静まれ!』と心中で連呼し続けるしか、自分を落ち着かせる方法はないのも事実だった。

(この人には、聞きたい事が山のようにある)

もう一度、相手に問いただそうとした時、また声が聞こえてきた。

今度は少し穏やかな口調だった。

だからと言って、落ち着く訳もないのだが。

「この声は、今も聞こえているだろ?これは現実だよ、桐子」

「…それは納得出来ないけど、そうなんだと勝手な解釈させて貰ったよ。ところで、あなたは何者なの?兄を知ってるよね?だから私の名前も知ってるんでしょ?兄はどこ?答えて!」

「さすが兄よりも逞しいようだな。この状況下でも、矢継ぎ早に言葉がポンポン出てくるとは…」

「し、質問に答えて!」

「ククク…」

笑い声とも取れる口元から溢れた音が、やけに耳に響いた。

胸にムッと混み上げる、憤りらしきものが、自分の苛立ちを増大させていく。

完全にバカにされていると理解した。

(舐められている…でも今は自尊心よりも、先に話を進める方が先決だ)

逸る気持ちを必死でこらえた。

このまま相手のペースに乗らない!

煽りには乗らないよう、話す速度をゆっくりに変える工夫し、毅然とした自分を演出しようとしていた。

このまま調子に乗って答えていたら、相手の思惑通りになってしまう。

流すなりの変化をつけないと、冷静にもなれそうになかった。

(同じ事を問答を繰り返したとしても、相手が素直に答えてくれるとは限らない。気持ちの切り替えだけは、早くした方がいい。自分のペースで話進めないと、心身的疲労で余計にガタがきそう)

しかし、どんなに丁寧な言葉で質問をしても、相手は『ククク』と笑うだけで、自分の問いには、まともに取り合おうとはしなかった。

相手が答えてやろう!と思う質問をしないと!

そう分かっていても、震えていたりで、頭がいつものように回転しない。

「笑ってばかりで、兄の行方に答えようともしない。こんな質問内容など、自分の口を割る程ではないって事よね?」

「いや、むしろ逆だ。感心しているんだよ。中々興味深い。これなら、いつものように我々の力だけで、どうにでも出来そうだ。むぁ、その為の前提は、必要不可欠ではあるが」

「また、意味不な事ばかり言って、答えをはぐらかすのね…」

「クク…」

(こんなの、時間の無駄って分かっているのに…。この程度しか浮かばないなんて…)

手の拳に、力が入っていく。

結構な時間、相手に質問したが…成果はなかった。

自分のループのような質問内容。

答えは、同じ言葉の引用ばかりが続いた。

変えているつもりでも、相手には全然伝わっていなかった。

完全に自分の敗北と悟った。

(これは勝ち負けじゃないかもだけど、自分はこんなんじゃないはずだと思ってた。もっとやれると思っていたのに…)

それだけでも心半分、折れそうな事態だった。

自分がどんなに強弁付いても、元々自分は何のやる気もない普通の学生。

見よう見まねのノリでやれる程、経験も実力もない。

家族のゴタゴタに巻き込まれ、仕方なくやってきただけで、これは自分が望んでやってきた事でもない。

いつまでも必死にも、熱くもなれなくて…。

家族や自分を、常にどこか冷めた目で見ていた。

だけど、今日の自分は少し何かが違った。

本来の自分なら、この辺りでゲームオーバーしてもおかしくない流れだった。

全部が馬鹿馬鹿しく思えて、勝手に涙が出そうになっていた。

(ちゃんと答えてくれないし、聞いてもバカにされるだけだし…。こっちが聞く立場だから、下手に出ないといけないのも分かってる!けど、それを見越しての相手の横柄さ。もうやりたくないし、帰りたい!)

段々、腹さえ立ってくる。

それは相手にではなく、自分に対してだ。

自分の前に立ちはだかる壁が厚過ぎると、完全に戦意消失して、気持ちも萎える。

やり方を変えたくても、知恵が回らない。

そんな情けない自分に憤っていた。

(だからママは…。あ、あいつは好きでここにいるだろうから、それでもういいじゃない!こんな激強っぽいラスボスなんか、1人で倒せる訳ないじゃん!…で、でも…)

ベソをかき、半分泣きそうな自分。

一生懸命鼓舞したつもりでも、体中から出る拒否反応は尋常でなかった。

人生初の、高水準値を叩き出しそうな時…。

体中に入っていた、異様な力みさも取れた感じだった。

心なしか?体が軽くさえ感じた。

この声たちのおかげで。

『やるしか…ない!』

『やれ!』

『やれる…さ』

(え?)

この時、自分に妙な使命感が突然湧き出した。

初老の声ではなく、若い男性の声が聞こえた気がした。

それも数人の声が同時にした気がする。

はっきりと聞こえた訳でない。

自分には、そう聞こえたのだ。

(やれる?自分が?激強キャラを?あれ?手はかじかんでない…どうして?でも、今なら!)

何の確信もないが、何故かこの相手との問答・対峙な、自分にしか出来ないと思えた。

何故そう思う?

相手を負かすには、何をどうすれば?

その理由も、方法も全く分からないけれど…。

『必ずやれるさ!いつもやってきたじゃないか!』

そんな言葉も、頭に響いてきた。

それは何だか懐かしい感覚だった。

こんな場面遭遇は、生まれて初の事だが…。

(いつだって?自分は、常にやってたみたいな言い回しは気になるけど…。何だろう、この感覚。さっきまで怖くて、震えが止まらなかったのに、今は震えも無い。逆に体が熱くもある)

自分の中に、何人かの人格を出来たような感じだった。

火事場の馬鹿力ってやつかも知れない。

窮地に追い込まれて、半分ヤケクソなのかも?

ゲームでよくある、体力30%切ったら信じられない力が出るとか…、そんな感覚だ。

この時ばかりは、兄の為とか、ママの為とか関係なく、自分は自分の為に!と言う思いが自然と湧き上がってきた。

その勢いのまま、語気も強めてみせた。

「姿を見せたくないなら、それでもいい。でも、名乗らないのはおかしい。私は桐子。あなたは?兄をどうしたの?生きてるの?ま、まさか、殺したとかじゃッ!」

「君のとやらは無事だ、でも『今は』と言っておこう。彼はいい感じに育っているよ。君は知ってる事を何度も聞くんだな、既に私の名は、確認済みのはずだろう?」

「…じゃ、あなたがロッシャンって人ね。今はって、今後は分からないって事?育つとは、どういう事?いや、もうそんな言葉の意味を聞いても、埒があかない。兄は返して貰います。それで全てが終わる。兄の事、みんな心配してるの。返してくれたら、騒ぎは大きくしないつもり」

「…そんな事をしても、奴はまたここに来るだけだぞ?」

「⁈どうして…、そんなはずはない。兄は家が大好きだった。こんな場所よりッ」

「奴の家好きは、この世界に通じる唯一の場所が、家だったからだ。ただそれだけだ」

「…あなた、兄に何をしたの?」

「何も?ここには奴が望んで来ている。この現実は全て奴の望んだ理想の世界だ。そんな貴重な存在に、無理などさせるはずがなかろう。まぁ、だが…」

「全くもって、意味不明な事をのたまわって、こっちを混乱させようとして…」

(兄を連れ帰れっても、また同じ事が繰り返される?みんなが心配する事が、あいつの理想の世界って事?兄自身が望んでいるなら、何故家族に一言もなかったの?本当に探す必要なかったじゃん…何だよ、これ…)

自分のやってる事は、全くの無駄なのか?

兄さえ戻れば、これでもうママが苦しむ姿見なくていいと、さっきまで単純にそう思えていたのに…。

余計に、訳が分からなくなってしまった。

細かな疑問など、要らないものは排除しまくって、頭の中を簡素化したはずだった。

だが気がつけば、得体の知れない無数のモノがウヨウヨと、頭の中を縦横無尽に蠢いている気がしてならなかった。

そんなの、想像しただけでも、背筋に悪寒が走る。

せっかく振り絞った勇気も、ロッシャンの言葉の前では、何の効力も為さないようだった。

今度は足が凍りついて、ビクともしない。

『落ち着け!』と、念仏を唱えるように、自分に言い聞かせても…。

(ダメだ。完全に自分はマイッてる、冷静じゃない。この件にのめり込み過ぎている。精神的にも疲労感半端ない、頭がついていかない)

次、何を言えばいい?

「…」

そんな事も考えが回らない程、自分が言葉に窮している現実に、今までの心の葛藤がやるせなくなる。

(いや、兄がここに居たいと言うのが、分かっただけでも収穫だ。なら、みんなに知らせる必要がある。これはこれで、みんなの苦労が実になったんだ、そう思いたい)

「なら…ッ」

また出そうな軽口を、咄嗟に飲み込んだ。

とりあえずの事ばかりしている自分。

だから、矢継ぎ早にも言葉が出る。

本質を見失い、軽い言葉ばかりが…。

でも今日の自分は、これで諦める事は何故か出来ず、無理矢理食らいつく事ばかりしてした。

(いやいや、ここで引いたらダメ!今日で終わらせるんだ!)

「また兄がここに来たいと望むなら、それはそれでいい。それは兄の意志だから。でも、一度はあなたも帰すべきだと思わない?これじゃ拉致と変わらない。今は、家族で話し合う事が必要だと思う。家族の問題に他人のあなたが、ここまで干渉していいはずがない!」

「クク、男でも通る素材は誠だった。これで磨けば、更になる輝きも加わるだろう。これなら問題はない」

「いいかげんにして!あなたの遊びに付き合ってられない!どこ見て話してるの?今は、兄を返してって話をしてるのよ!」

「…お前はどうしてこうなったのか?知りたくはないのか?お前の兄が望む、理想の世界とやらを…」

「兄の理想?」

「そうだ、お前の兄の行為の…、その派生の産物に、興味がない訳ではないだろう?」

「行為?産物?何のことよ、それ…」

「ククク…」

「ご、ごめんなさい。あなたの言ってる事の1ミリも、自分は理解出来ないでいる。もう、そんな事は、二の次でいいの。今は、家に兄を連れ帰れるだけで、それだけでいいから…、早く兄を…」

際限無く続く押し問答。

この人は何が言いたい?

何がしたい?

理解不能だった。

そう、この時。

ロッシャンの言った意味と、自分が受け取った言葉の意味を混在せず、勝手な解釈で同一化しなければ、まだ違った選択肢があったかもしれない。

平行線な会話と認識していても、その中身まで精査する程、自分は忍耐強くもなく、人間が出来てもいなかった。

微妙な言葉のニュアンスの違いを、ロッシャンは敢えてやっていたのだと、全く気付きもしなかった。

だからこそ、とんでもない事に首を突っ込んでいる、兄を連れ戻さないと!と言う思いも強くはなるが…。

これ以上は、本当に自分が出来る限界を超えていた。

兄自身がこちらの弱味でもあり、強気にも出られない。

全てにおいて四面楚歌な状況に、ほとほと疲れてきた。

のらりくらりとかわしていく、ロッシャンの言葉も煽りにも、段々冷めていく自分。

座り込み、膝を抱えて、ボーッと天を仰ぎ見た。

はーッと深く息を吐いた。

『これは夢じゃないのか?』

そう思える都合の良い頭が欲しいと、どれだけ強く思ったか…。

相変わらず、まだらの赤黒模様の風景にはゲンナリするが、どよんと渦巻く感じが、正に自分の心の文様にさえ思えてくる。

(結構頑張ったけど、返してくれないし、もう自分に出来る事ってないじゃん?自分がその世界とやらについて話を聞いたら、兄を返してくれるのかな?世界とかってゲームじゃないんだし、大袈裟と言うか…何だかなぁ)

ただ何となく、時間だけが過ぎ行く無駄が、自分の気分的堕落を加速化させた。

そして、ここから少し、ロッシャンの態度が変わった。

「お前は兄を、本当に心配しているのか?面倒に巻き込まれたと、迷惑しているのだろう?」

「…確かに巻き込れた感は強いよ、兄の事も好きでもない。でも兄は家族だよ。大事な家族なんだから、連れ戻す行為は当然でしょ?」

「家族の絆とは、お前にとって何なのか?」

「…絆?うーん、ルーツみたいなもの?よく分からないけど…」

「ルーツとな?そのルーツに決起の催促をもたらされた時、お前はどうするのだ?」

「決起の催促って?誰がするの?本当にあなたの言ってる意味が、全然理解出来ないよ…」

「本来、血とは呪いであり、穢れでもある。だからこそ、純血は羨望となる。血の絆は異端であり、世界の異分子でしかないのだよ」

「…異分子?何の事だか、分からないけど。血が汚れてるとか、呪いとか…縁起でもない事、言わないでよ。ママが聞いたら、泣いちゃうからさ…」

グルグル渦巻く天を眺めていたら、何かとロッシャンが話しかけてくる。

抑揚には荒々しさはなく、まるで自分の考えとか、自分自身について、手探りで聞き出そうとしているかのようだった。

(何、これ?穏やかに自分も、普通に話しちゃってんだろ?この人は、世間で言う誘拐犯ってやつでしょ?言ってる事は意味不明だけど、イチイチ引っかかる言い回しなんだよね)

答えようのない、概念的な会話が続いた。

結局、聞いても、答えても、だから何?

それで終わる内容と、兄を返して貰う事が繋がるとは、自分でも到底思えなかった。

ロッシャンは、突如声を荒げて、自分に言い放った。

「家族とは…脆い…。なら見定めようか?その稚拙さと罪の償いは、お前に払って貰おう!」

「えッ⁈キャ‼︎‼︎」

いきなり地鳴りがいたか?の音量。

アンニュイな時間は突如打ち切られ、扇情的罵声に近い声は、耳が裂けるかと慄いた。

両手で耳を塞いでも、頭の中はまだ揺れ動く。

(痛ったぁ!耳にまだキーンって音してる。何か変な事言ったかな?急に怒りだした?適当に言ったつもりはないんだけど…)

瞬間きつく瞑った目を少し開けると、まだらだった風景の色が混ざり合い、黒っぽく濁っているのを確認した。

何とも艶かしいというか…。

徐々に混ざる過程に、異様な執拗さを感じた。

「え?」

『ジジッー、ジジッー』

それとは反対に、どこからともなく、機械的な音がだだ漏れてくる。

軽めの単一的な音が、ロッシャンの怒号の後、ずっと頭中に響いた。

まだら模様は、混ざり合う速度を上げる。

この両極端な感覚は、自分の正常であるはずの視界と聴覚を、簡単に狂わせていった。

目を開けているだけで、船酔いしそうな感覚だった!

(目を長く開けていられない!)

再び、目を瞑ろうとした時だった。

この空間に初めて、自分以外の物体を発見した。

「?な、何これ…?人形?いや、猫?」

それは、目と口が異常に赤い、真っ黒な胴体の無い顔だった。

座ったままの自分と、そう変わらない大きさの顔。

耳とも思える角ような突起物が2本、天に向けて高く起立していた。

髪は無いが、それに変わるような放射状の模様が、赤・緑・オレンジ・青と、何色も配色されていた。

大きく横長に広がる赤い口に、真っ白で尖った牙のような歯に、まん丸の赤い目。

目の縁も、黄色・緑と、色合いはとてもカラフルだった。

石か木か?硬そうな材質感…。

怖い感じはしなかった。

よく見ると可愛らしい猫の顔か?マスコット的な鬼の顔にも見えた。

「…」

どうリアクションしていいか?

可愛らしくても、自分が心から和んで見ているとは思えない。

正直、何が起こったのか?分からなかった。

自分に近づいてくる気配もなく、左右にカタカタと、その場でリズミカルに動いていた。

「どうしたの?何してるの?悪い子なの?」

(し、喋った!)

声色は、幼少の子供の声みたいだった。

体が微動だにしない。

呆然として、開いた口が塞がらないとは、この事だと初めて知った。

だらしなく口を開けたまま、目の前の出来事を、眺めているしかなかったんだ。

立ち上がる力も、残ってはいなかっが…。

このマスコットみたいな声だけが、けたたましく空間に響き渡る。

今回最大の奇天烈さの前に、茫然自失となっていた。

(だ、ダメだ!完全に頭がイッちゃってる!妄想まで始まったみたいだ、頭が追いついてない…)

ゴクリと唾を飲み込む。

喉がカラカラに渇いていたのも、今気がついた。

黒い大きな顔は「キャキャ‼︎」と、楽しそうな声を上げている。

「…」

(そ、そうだ!周りはどうなってる?)

急に気づいたように、辺りを見回した。

周りもかなり雰囲気を変わっていた。

(この短時間に、これだけの事が出来る、ロッシャンなる人物は一体何なんだろ?)

疑問も不安も置き去りし、今起きている事を見つめるだけで、精一杯な自分だった。

いつの間にか、ジージーと聞こえていた音も、マダラ風景が混ざり合いのも終わり、風景の黒が一切無くなっていた。

周りが妙に明るく感じたのは、赤と金のレースのような、細かな模様がひしめき合い、絢爛さを醸し出していたからだった。

目がチカチカするほど金の量が増え、赤も朱色が混じった、極めて明るい配色に変化していた。

黒が無くなったのは、まるでこのマスコットみたいなモノが、全て吸い込んだようにも思えたしまう程だった。

「ら、ロッシャン、答えて!これは何なの?返事をして!」

(もう考えるのも無理!何でもアリだよね。これは…)

何度も叫んでも、相手からの応答はなかった。

「お前、ロッシャンをいじめる子だ。ロッシャンをいじめる子は悪い子だ!悪い子はおいらが食べるんだ!」

「え?」

(カブッ)

マスコットの口が顔全体に広がると、自分目掛けて、一気に覆い被さってきた。

確認も抵抗する間も与えない程、俊速さで動いてきた黒い物体。

自分の視界は、赤一色に変わっていた。

最後に見た景色は、真っ赤な世界。

次の瞬間、世界は赤から暗闇に変わり、意識も無くなっていった。

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