第1一2 兄と家族と。

父はサラリーマン。母は主婦。

兄は学部は知らないけど、大学目指す16才。

自分は特になりたいものもなく、大学行く気も無く、何をやればいいか?全く分かってない人間だ。

こんな人間、こんな家庭、何処にでもあるんじゃないかな?

これが普通だと思っていた。

兄を探す為に、自分が接触した、沢山の兄の関係者達。

正直、これほど人数が多いとは思わなかった。

失踪した兄は、人気者だったようだ。

そう言えば、キラキラした包装紙に巻かれた物体が、幾つも無造作に鞄に突っ込まれていたのを、この目で目撃した事がある。

実際のところ、兄の事は今でも大嫌いだ。

十中八九、兄も自分の事が嫌いだろう。

自ら兄の事で、積極的に関わりを持ったのは、今回が初めてだった。

何が嫌って、一番は、人によって豹変するあの態度だ。

平等に対応しているようでも、何か意図的なものを感じる。

心の奥では、人に優劣を付け、人を小馬鹿にしてそうな感じだ。

(自分の被害妄想と言われたら、それまでだけど…)

当然ながら、自分の視点と第三者観測は180度違う。

兄の事を尋ねた人の99%が『いい人』と、兄を評し好意的という自身の分析結果に、思わず吐き気さえしてきた。

当然と言えば、当然の結果ではあったが。

(ま、あいつの事だから、やりかねないし…)

残る1%はノーコメントだった。

少数派意見は、自分と同じ考えだと確信している。

『大衆は常に表明的であり、数の論理で意見をすり替え、勝ち取る。少数はシニカルにしか物事を捉ええない、世のはぐれ者である』と。

だが、今回の本質は後者である事は間違いない。

兄は『愛想は良いが、何を考えているか?分からない』と…。

特に兄は、女性に受けが良かったようだ。

皆こぞって、兄は顔も性格も良いと言った。

(つまり、兄は見た目と都合の良い人間って事だな)

嫉み妬みとか言うより、あやつの移り身の変化自在に脱帽だった。

自分には絶対真似の出来ない、他者への気の配り方と、適当な相槌と言葉の応用力。

相手がどういう人間を欲しているか?

それを瞬時に見分け、即座にキャラを作り上げる。

微調整はその場で臨機応変にし、追加に人の心を掴み取る、ずば抜けたアドリブ付だ。

これだけやっても、疲れ知らずで、更に違う人にもやれる力の持ち主、それが兄だ。

その原動力は何なのか?

兄の事を人に聞く度に、怒り・呆れるというモノより、本来の自分を偽る兄に、興味が少し湧いてきたのだった。

(対人スキルがチート過ぎるよ)

いい意味でも、悪い意味でも、この適応力は尊敬している。

『あなた、あの人の妹さんでしょ?お兄さん、素敵ね』

『ほんと、優しいよね。何でも相談させてくれるしさ…』

『あんまりお兄さんと似てないのね?』

「…ま、二卵性の双子だから…」

(似ない方が幸せよ。あれより平凡の方がまだいいもん)

兄の失踪前から、見知らぬ第三者の失礼極まりない言動も、慣れっこな自分だった。

そんなの、肯定も否定もした事がない。

『家・パソコン大好きの引きこもり内弁慶』

自分の率直な兄の印象だ。

決して他人様に抵抗しない。

反論もせず、ただうなずくだけ。

でも、己のテリトリーに他人が少しでも入ろうとすると、人の気にしてる弱点をここぞって時に、トドメを刺すよう強烈な一言を浴びせる。

兄の得意な復讐方法だ。

これをやられたら、人の反抗的態度が無くなり、歯向かう事も殆どしなくなる。

『やられる前に、やり返す』

そんな感じだ。

でも兄にも弱点がある。

場が凍っても、笑顔でいられる神経の図太さの割には、自身が直接攻撃を受けるとかなり弱体化する。

特に目上からの攻撃には、無抵抗でやられっぱなしに近い。

兄とパパが、台所で喧嘩した時だった。

パパの一言で、兄が呆然と立ち尽くし、戦意喪失しているのを、一度だけ見た事がある。

(パパ強し!って思ったけど、自分がするとマジで後が怖いんだよね…)

でも、自分には無敵な兄。

自分の幼少期には、あの辛辣毒針発言はかなり酷だった。

しょっちゅう、泣かされたものだった。

これがかなりのトラウマで、今も少し男性苦手が入ってる。

あいつの似非笑顔に、みんな騙されている!

勝手な兄の平等・博愛精神のおかげで、知らない人から、兄について質問される事もあり、自分が兄より目立つ事もあった。

本当に迷惑でならなかった。

文句を言うと泣くまで論破してくるので、無力な自分は黙るしかない。

この性格の悪さのどこが素敵なのか?

ほんと、どうしてこいつと家族なんだろ?って思っていた。

人の事は言えても、反省・撤回・謝罪しない。あの本音の辛辣言動を隠す為に、表の温和な性格が編み出されたと、自分は今でも確信している。

積極的に関わらなければ実害はないので、パパと自分は付かず離れずを決めていた。

ただママは下手に出て、ご機嫌取るかのように接していたように思う。

よくよく考えれば、失踪前の兄は情緒不安定だったかもしれない。

(パパと口論してた時があったけど、何言ってるか?分からなかった)

『勝手な妄想を、俺にぶつけてくるな!』

そうパパに言われても、兄はまだ泣き喚いて、パパに向かって何かを怒鳴っていた。

でも自分は、兄よりパパの言葉の方が印象的だったのを覚えている。

家庭内の喧嘩はその一度だけで、次の日もケロっと普通に登校していた…と思う。

そんな兄が俺みたいなるな…と、自ら近寄り言葉を残して消えた…。


あんなの初めてだった。


兄に何があった?

パパとの言い争いの原因は?

思春期特有の心の病いってやつ?

改めて考えてみると、兄の事は何も知らない。

知りたくなかったけど、そうも言っていられない現状がある。

臭いものには蓋をしていたけど、とうとう開ける日が来るとは…。

このまま、互いに気づかない振りをしている方が、どれだけ楽だったろうか?

その突破口の矢面に晒されるのが、自分だとは絶対に自覚したくない現実だったが…。

「いつも損な役回りは自分。ま、もう諦めてるけどね。よし!パソコン起動完了。とりあえずメールから見てみよっと…」

サクサクとクリックしながら、というか、画面を進めると言ってみても…。

手を少し止めて、考えを巡らせた。

(普通…ってか、思春期の男子なのに、アダルトさえないって、兄貴っておかしくない?)

部屋同様に、パソコンの中味も無駄が無い。

ほぼ何も入っていないパソコン相手で、この部屋に四六時中こもっていられると、感心してしまう程のあっさり感だった。

徹底された無駄の排除。

これらも、また作為的でもあるかのような…。

どこまでも意味ありげに見える。

まるでゲームだ、それも悪趣味な…。

兄という人物が、どんどん分からなくなってきた。

「部屋はこんなにアッサリなのに、言動は何故あんなにねちっこいの?このギャップは萌えるどころか、余計にドン引きする!ってか、ゲーム一つもない?このパソコンにずっと張り付ける神経がすごい!ほんと尊敬だわ」

嫌味の一つも言いたくなる程の、疲労と脱力感で、体が鉛のように重くなっていた。

期待外れ感が半端ない!

パソコンの中身にも、すぐに飽きた。

画面をスクロールするのも、手がダレてくる。

思考をすぐに切り替えた。

こんなの無かった事にしちゃえば、楽なもんた!

「やっぱ、自分程度じゃダメって事ね、ママに褒めてもらう計画も、兄の下僕化計画も頓挫したわ。もう、やーめた!」

そろそろ終わりにしようと、画面を閉じようと、視線の方向を変えた時だ。

ふと目に留まったものがあった。

自分には何故か唯一、兄の執着とも思えるモノに感じた。

それは、メールの宛先だった。

「…」

急に気になり、注意して見てみる事にした。

一つとっかかりが出来ると、すぐ気持ちは切り替り、手はサクサクと動き出した。

「同じ人からばかりのメールだ。件名は無しと…、1通だけなら見てもいいよね?」

既読済みメールの日付は、当然半年前まででストップだった。

だけどこのメールは、兄失踪後からも、1日平均5.6通は来ているように見受けられた。

この半年間、毎日欠かさず…。

(この人、彼女か何かかな?兄が失踪したの、知らないのかも?教えてあげないと、駄目なんじゃ…)

しかし、開けたメールの中身は、熱烈な感情表現の一つも無い。

一行のアドレスのみが、記載されているだけだった。

見えない相手と、結構なメールのやり取り頻度…それもたったこれだけのアドレス?

何の為にアドレスのみのメールばかり、送りつけてくるのか?

頭上に『?』マークが幾つも浮かんだ。

「これ、何のリンク先だろ?」

興味が沸くより、不気味さがまた復活した。

(余りにも妖しすぎる!気持ち悪すぎる!これは女性では無さそうだけど)

とりあえず、メールに記載された、アドレスをクリックしてみる…。

「‼︎」

突然、激しく点滅する蛍光のピンク・黄緑と言った色で、目への刺激の強いサイトに飛んだようだった。

「うわ!目が痛っ!何、この点滅!」

すぐ様、目を閉じた!

数回瞬きをし、もう一度画面を見直した。

酷い配色に、目の病気にでもなりそうな毒々しさ。

兄の事がなければ、まず立ち寄る事もないサイトだった。

「な、何これっ?…け、掲示板?黒の背景に、光る文字の羅列?日本語だよね?細かい文字だらけで、ほんと読みにくいなぁ…」

チカチカ光って、文字の境界線がボケてくる。文字が、余計に読めなくなっていた。

読む気が失せてくると言った方が正しい。

ドライアイっぽくて、目薬が欲しいところだ。

(これは、アングラとかいうサイトかな?こんなのに、兄は出入りしてたのかね?こんなサイトで彼女と?そんなの、あり得ないわ…)

サイトからは、相手に読んで欲しいという、思いの微塵も感じられない、不親切さと身勝手さが充満していた。

画面を見続けるだけで、船酔いでもしたかのような気分だ。

少し目がサイトに慣れたところで、目を流しいくと、気になる言葉が見え始めてきた。

「悪魔とか…術とか書いてるけど、かなり胡散臭い。マジで危なくない?何がしたいのかさっぱり分かんない」

ところどころに「呪」の文字も見受けられる。

内容は大した事は無かった。

自分にとってはだが…。

不思議体験の告白や、相談とか…。

例えば、幽体離脱した時、どうすればいいか?とか…そういう悩み相談や、熱い議論を展開してる内容もあった。

サイトの情報は常時更新されており、訪問者も結構居ると推測された。

でも自分には、到底受け入れられない感覚。

兄が気に入っているなら申し訳ないが、ちょっとイッてる人の内容にしか見思えないんだ。

「あいつ、こんなの興味あったんだ。現実主義者と思っていたけど、相当の偏狭主義ね。でも捜査の人から、こんな内容の話は、一回も聞いてないけど。ママは知ってたのかな?」

自分だけの発見か?

そう思うと、妙にワクワクしてきた。

知らないなら、皆に教えてあげたくて、体がソワソワさえしてくる。

でも…。

「ここであいつが何してたか?そこまでは分からないな。あ、あれ?メールの中にあった名前だ!この人がスレ主?それともサイトの管理者?名前は…R.U.S…ロッシャン?」

文字の派手さに、イチイチ癪に触るのを抑えながら、自分は一つのスレに注目した。

そこは論戦活発なところで、スレ中には『魔術』文字が錯綜していた。

サイト中、一番更新の頻度が高いスレだ。

兄の名前は無かったが、兄へのメールと同名な人が、かなりの発言回数で目立っていた。

それが『ロッシャン』という名前だった。

兄へ今もメールを送る相手。

この人物が、兄の事を誰よりも知ってる人?

きっと、間違いない!…そう確信した。

「この人と連絡取りたい。どうしたらいいんだろ?ここに書いたらいいのかな?」

少しロッシャンの書いたらしき文章を読むと、自然と手が止まった。

ロッシャンという人の書いている文章の中身は、イマイチ自分には分からなかった。

この不思議世界の事を、よく知ってる博士みたいな人なんだと思った。

何故なら、質問者に対してかなり高圧的で、独裁的な指導者みたいな発言が多かったから。

予言めいた発言と言うか、相手にこうだ!と決めつける言い方に怖さも感じた。

(なんか威圧的だな。呪うとか、よく書いてるし…連絡取れるのかな?取れても、罵られたりとかされたら…正直怖いよ)

気持ちにブレが生じると、勢いだけでは先に進めなくなる。

確固たるものがなければ、不安に打ち勝つ事もままならない。

(あぁ、どうしよう…怖いし、やりたくないな)

でもこんな嫌な気分も、箍が外れたみたいに、急に気持ちが吹っ切れてしまえた。

それは、逃避と言う方法で。

あれこれ思考をあぐねていた自分が、馬鹿馬鹿しく思えてきた。

兄の為に、自分が悩む必要はない!

そう思い込む事にしたのだった。

「ま、それはなった時でいいか!あれこれ考えても、結果やらないと見えてこないんだし…、嫌ならこのパソコンつけなきゃいいし、最悪捨てちゃえばいいわψ(`∇´)ψ」

短絡的思考は、気を一気に楽にさせてくれる。

自分は質問したい事もないが、何か書き込もうとした、その時だった!

「お前が妹か?」

「え?うわッ‼︎」

いきなり脳天に、電流直撃を喰らったような感覚が襲ってきた!

一瞬で体が痺れていき、動くと更に強い激震が全身を埋め尽くし、微動だにする事も出来ずにいた。

目の前が暗転すると同時に、頭の中には低くて初老っぽい男の声が木霊してくる。

しばらく放心状態が続いた。

(な、何これ…全身痺れて動けない。画面見てただけなのに、どうして?目もおかしなことに…)

何も見えていない状況に、慄く自分。

目を開けたと同時に見えたモノは、赤と黒が入り混じる、明らかに兄の部屋では無い、天地無用のだだっ広い空間に、ただ1人放り込まれていた。

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