ミャウヒハウゼン

二 一 ( にのまえ はじめ)

第1ー1 兄

兄が消えた。

「桐子、お前は俺みたいになるな」

意味深な言葉を残し、双子の兄が消えて半年の月日が流れている。

捜索願はすぐに出した。

だが、兄は未だ見つかっていない。

当初は家出かと思った。

でも兄は服もお金も残し、失踪していた。

よって、事件性が強いとなり、大規模な捜査も実施された。

自分も両親と手分けして、知っている限りの兄の行きつけの場所を探したり、兄の知人にも聞いてみたが、兄の足跡は掴む事が出来なかった。

そして、もう半年だ

当時は自分達に同情的な人達でも、こう月日が経つと、仕舞いには何度も同じ質問を聞かれる方も、怪訝そうにこっちを見てくる始末だ。

最初は薄情だと思ったが、自分が同じ事をされたらどうだろう?

相手から出てくる言葉も、予見出来てしまう程、このやり取りは回数を重ねていた。

そう考えると、こちらも相手にそれ以上強く要求も、言い返す事も出来なくなっていた。

だが、何度もその考えに否定し、気持ちを奮い立たせようとする自分もいる。

(自分がこんな消極的でどうするのよ!家族が居なくなってるのに、他人に遠慮してたら、解決出来るものも出来なくなる!)と、勢いづけてはみたものの…。

他人のあからさまな態度の前に、いや、他人はそうでない態度であっても、必要以上に卑屈になってしまう自分。

これを負い目として、見てしまう自分がいた。

どうしても強気になれないヘタレな自分は、毎回スゴスゴと家路に戻ってしまっていた。

(ダメだなぁ、兄の事でなくても、こんなんじゃ、何やっても実らないよね…)

人によって立場が違い、その立場によって意見も変わる。

分かっているはずでも、鈍る陳腐な決意と、自分の不甲斐なさに、溜め息も出てこない始末だった。

それに、どうしても両親みたく、特にママのように、兄の事には必死になれない自分もいた。

これまでの兄の行動を、何度も思い返してみても、その答えしか頭に浮かんでこない。

何度考えてみても、口をへの字にしてみても、到達するのはいつも同じ答えであった。

(他人様は関係ないと思うんだ、この事案に対しては…)

何故ならあの日、兄は家から一歩も出ていないはずなんだから。

逐一、兄の行動を把握している訳ではないが、あの日までの1ヶ月程、兄はずっと家に引きこもって、パソコン相手に何やらやっていた。

真っ暗の部屋に中で、画面の光だけが煌々と点いていたのが、かなり不気味だった。

ママの代わりに、兄に何度か食事を持って行った時にも見た、画面にかじりつき、声を掛けても返答もしない兄の姿。

聞こえているのに無視なのか?

それとも聞こえてない位、集中していたのか?

異様とも言えるその光景が目に焼き付いて、今も忘れたいのに忘れられない。

家には常に誰かがいた。

通常はママだけど…。

ママの知らない間に家から出た?

それは無理だ…。

家の出口は、玄関しかない。

窓から逃げるって手もあるだろうが、自分の家は普通の建売り住宅で、隣とも密接になってる壁の隙間から、簡単に逃げられるのは忍者くらいではなかろか?

(人がやっと通りそうな窓から、わざわざ出るかな?高さもあるのに。出る前に怪我するのがオチだよ)

そんなに広くもない家で、隠れる所もないのにどうやって消える?

やはり、外に出たと考えるのが普通だろう。

でも方法は分からないが、兄は家の中で消えたとしか、自分は思えなかった。

「…」

しかし、こんなに時間が経ってしまえば、兄が消えた方法なんて、そんな事はどうでも良くなってくる。

そんな事は兄が見つかれば、すぐに解決する事だから。

今はとにかく、兄を見つけて家に連れ帰る事が、一番の優先事項だと認識していた。

「気になるんだ、この中が。ってか、ここしかないでしょ?」

既に自分も両親も、体力も気力も限界にきている。

特に、ママの疲労は半端感ない。

捜査も難航している模様で、最近は兄の新しい情報も乏しく、捜査員の来訪も数が激減していた。

ママの心労重ねる姿を目にする度に、何か出来る事は無いか?と、役立たずの自分に怒りや、焦りさえ覚えてくる。

(自分がやれる事は、もうこれくらいしか…)

そして、自分は兄の部屋の前に立つ。

兄の部屋に入り、兄のパソコンを、自分のこの眼でチェックしてみようと思う。

捜査協力の為に一度押収されたが、呆気なく帰ってきたパソコンだ。

パソコンに然程明るくない自分が見たところで、何にも分からないと思うが、双子ならではの感覚で分かるかも?なんて、淡い期待も少しは持ちたいのだが…。

そんな思いは、今までの希薄な兄との絡みを思い返すと、失笑する如くすぐに消し飛んだ。

「私たちに超感覚なんてあるわけないでしょ?でもあればいいのに!と思いたいだけ。分かっている、もう皆、クタクタなんだ…」

弱気の本音に、自分でも苦笑いしていた。

(本当はやりたくないけど、家族の為だから…)

「自分が兄を見つけたら、ママはどうするかな?自分をいっぱい褒めてくれるかな?」

億劫な気分と、喜ぶ家族の笑顔が胸に交じる。

少しだけ好転する未来が想像出来ると、ちょっとだけ勇気が出た。

その勢いで自分はノブに手を掛け、兄の部屋のドアを開けた。

「ギギィ…」

(あれ?前よりドアが重い?)

開けた瞬間、扉の抵抗を少しだけ感じた。

だが、それもすぐに無くなり、単なる自分の杞憂でしかなかったと察した。

(褒めて貰いたいだけのエゴで、活力出るなら苦労しないよ。変えたい現実の前では、本気でそう願わないといけない。でもそんな自信が持てない自分だから、色んな所で圧を感じて、気持ちがヘコたれて、ヘタレになるんだ)

凄まじい心の葛藤で、気分がブレブレだ。

その気負いとは反対に、兄の部屋の空気が軽かった。

想像以上に、怖くも重くもない空気感。

(内心、ドキドキしてたんだ。一応人の部屋だし、お化けとか出てくるかとか…色々妄想しちゃったけど、普通で少しホッとした)

最初は捜査員が調べ尽くしていたこの部屋を、 自分は見る必要ないと思っていた。

というか、入りたくなかった。

パソコンにかじりつく兄の姿は、マジでいい記憶ではなかったから。

でも、これ以上心痛で、ママの弱っていく姿を見ていられないかった。

それ以上に、兄を探しだし、見つける事で、何か自分の中に芽生えるものがあればいいと、心の中で願ってもいた。

誰も解決出来ない案件を攻略したら、自分にも先の道が見えそな気がした。

「自分的には、兄は居ても居なくてもいい存在だ。あいつのせいで、ママが痩せて辛そうなのは、絶対に嫌なんだ!この件で兄に借りを作れたら、今後あいつに負ける事は絶対にない。一生、下僕にしてやるんだから!」

(まぁ、小市民な自分にはそんな力も頭もないから、無理ですけど。単なる夢物語でも、希望的観測くらい持ちたい!半年間も家族はグダグダさせられてるんだし)

「はぁ…。あの状況を再現した方が、らしくなるかな?」

一度、パチンと灯りをつけたが、またすぐに消した。

兄が居なくなってからも、部屋の主がいつ帰ってきてもいいように、この部屋は定期的にママが掃除していた。

だからという訳でもないが、見事なまでにこざっぱりしている。

てか、結局のところ何もない部屋。

何とも言いようがない気分だった。

六畳程度の部屋の中が、兄の世界全てだった。

24時間、ネットは付けっ放し。

トイレと風呂以外、ここからほぼ、兄は出てこなかった。

(この狭い空間の中に、一体何の楽しみがあったというのか?)

自分は表現のつけ辛い、諦めのような深い息を吐いた。

「安定の机とパソコン、ベッドの三種の神器だね。ほんと殺風景過ぎる部屋。これで良く、相手の気持ちを察して動けるもんだわ。あいつは稀代のペテン師だよ」

生活感の全くないこの部屋は、空気のように消えた兄そのものを表していると思えた。

「部屋って人の心の中を表すって、なんかの本で読んだ気がする。ま、散らかってるよりはましか…」

(カタカタ…)

とりあえずパソコンを起動させてみる。

いじり混んでいるだけに、起動も早い自作PC。

自信はないが、自分の感覚で見てみようと思った。

「早く帰って来い、馬鹿兄貴!」

プツプツ捨り台詞を吐いた後、失踪するまでの兄の言動や行動、幼い頃まで記憶を辿る為、深呼吸を数回繰り返して意識を集中させる。


これが、自分における滅世界の始まりだった。

滅…それより喜劇のがお似合いだろう。

悲劇の悲鳴も繰り返せば、笑い声に聞こえる。

そもそも、人は捕食するか?

されるか?する側か?

人は立場も言動も変わる。


さぁその運命に逆らって見せよ、動物を駆逐したその知恵で。


そんな事が囁かれているのも知らず、今までにないワクワクが込み上げくる。

ただ目の前のニンジンにしか、目が行かなかったんだ。










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