【晴れた朝に】3

「―――ボロボロですわね」

 降下してきた幾つもの巨神を見上げ、医官は呟いた。

 夜明けの太陽が照らす飛行甲板上。周囲では既に医療スタッフが幾つものストレッチャーを用意している。周囲を守っているのは四十を超える人類製神格たち。多数の航空機。ここからでは見えないが、複数の僚艦もこの艦を守る位置についているし、潜水艦が陣形の外周で目を光らせているはずだった。

 そうこうしているうちに着艦したのは、黄金の猿神。ひときわ巨大な虹色の蛇。暗灰色の武装した獣神。それぞれ斉天大聖、虹蛇ユルング竜公ドラクル、だったはず。

 そして見慣れないライムグリーンの女神像に抱きかかえられた、白銀の金属塊。

 たちまちのうちに巨神が霧散していき、そこに複数の獣人達が出現する。

 負傷者は見える限りでは三名。直前の連絡の通りだ。元々は二人だったはずだが仕方ない。

 着艦スタッフの許可を待ち、医療スタッフたちに指示。自らも駆け寄る。ストレッチャーに負傷者が載せられているのを横目に彼らのリーダーへ向かう。

「フランソワーズ・ベルッチ・都築です。あなたが責任者でよろしい?」

「ええ。ドラクル級、ミカエルです」

 相手が目を丸くしているがいつものことなので無視。それより怪我人の方が重要だ。

「一緒に来てくださる?負傷者の状態を聞きたいので」

「わかりました」

 ストレッチャーが運ばれて行く。速足でついて行く。この小柄な体が憎らしい。9歳の時から一向に成長しない不老不死の肉体。歩幅が小さくてこういう時に困る。仕方ない。相手から話を聞く。あきれる。無茶苦茶をやらかしたようだ。

「―――助かりますか?」

「最善は尽くします。いざとなればアスペクトも使って」

「お願いします」

「安心なさい。手術室では有能なスタッフが大勢待ち構えています。元気になり過ぎるかもしれませんよ」

 エレベータに入る。降りていくのが遅い。もどかしい。

 降りきったすぐ先。医務区画が、ゴールだった。

「ありがとう。後は私たちにお任せなさいな」

 相手の返事も聞かずに飛び込む。

 扉が閉まり、そして蝙蝠顔の獣人の姿が視界より消えた。


  ◇


「お疲れさん」

 缶コーヒーが飛んできたのは、ミカエルがベンチにひっくり返っているときだった。

 キャッチして見れば、そこにいたのは呂布ルゥブゥとアデレード。

「二人ともお疲れ」

「ええ。ミカもお疲れ様」

 艦の休憩スペースだった。ミカエルはチームの長としてやるべきことをやり、ようやく一息ついたところだ。艦隊の司令部に謝意を伝え、本部と連絡を取り、事務手続きを延々と続け、疲れ切った体をやっと休めていたのである。

「三人とも大丈夫かな」

「やれるだけのことはやったわ。信じましょう」

「だな」

 今、医療区画では三名の負傷者を治療中だ。半身を失ったはやしも。仮死状態のまま神格の抜け出たドナ。そして脳に二つ目の神格を受け入れた麗華。彼女らがどうなるかは、あの医官。フランソワーズと言ったか。彼女らの腕にかかっている。

「で、俺たちの方はどうなるって?」

「ひとまず帰還。はやしもが重傷だしね。彼女の回復状況次第だよ」

「そうかー。……今回もなんとか生き延びたか」

「まったくね。いつものことながら、こうして安全圏まで戻ってきた時が一番緊張するわ。もう安全なんだ、って思うと、落差でね」

 ミカエルの左右に座った仲間たちは、それぞれ自分の缶飲料を口につけた。こういうものは、戦前から変わっていないという。眼前に設置された自動販売機ベンダーと併せて。

 回復した麗華がこれを見ればどう思うだろうか。時折通路を横切っていくのは出身地も様々な国連軍の兵士たち。知性強化動物。多くの者がこの艦には乗っている。

「あと三年、か」

「第五世代の投入か」

 知性強化動物の実戦投入には育成と訓練。教育で、総計四年の歳月がかかる。前年、欧州をはじめとする各国で作り出された第五世代の後輩たちは、今大人の階段を上りつつある最中だろう。彼ら彼女らが実戦投入されるまで戦線を支えるのがミカエルたちの役目だ。

 その時こそ、神々との戦争が終わる。そう言われていた。事実かどうかは分からないが、今までの例を見れば期待はしてもいいはずだ。知性強化動物は、世代を重ねるごとに着実に強くなってきたのだから。

「ま、そう長い時間じゃないな。それまで何としてでも生き延びにゃ、もったいない」

「全くね……」

 仲間たちに同意を返すと、ミカエルは立ち上がった。更にはうん、と伸びをする。疲れた。ひとまず30時間の休憩を貰った。久々にシャワーを浴びてベッドで眠りたい。

「じゃ、私は休むよ。仮眠室、あっちでよかったっけ」

「反対だよ。俺も行く」「じゃあ私も」

皆が立ち上がる。飲み切った缶をリサイクルボックスに投げ込むと、彼らはその場を後にした。

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