【第五章 獣神らとともに】

【獣神らとともに】1

 "ドラクル"たちに導かれてたどり着いた先は、小さな都市の残滓だった。

 古代の遺跡。この惑星上に無数に存在する、超新星爆発以前の文明の残骸。

 復興される事なく放棄された場所は、この世界の至る所にある。

「ここの地下―――コミューターが走ってたところを使ってるの。まあ仮の宿だけどねー」

 一行の先頭を歩くのは、頭からは髪のように豊かな毛が生え、蝙蝠によく似た顔を持ち、手には肉球があり、そして全身がふわふわの毛で覆われた女の子。彼女こそが"竜公ドラクル"だった。個体名を"ミカエル"。本人曰く「ミカって呼んで。生まれはルーマニア」とのこと。

 軍服―――というよりは何かSF的な制服を思わせる、白の上衣。腿まであるロングブーツ。お尻から細長く伸びた尻尾がゆらゆら揺れているが、きっとスカートがミニなのはこれのせい。はっきり言って可愛らしい。

「私たちは、国連軍の特殊部隊。神々の軍勢の後方を脅かせ、って命令を受けてる」

 その任務に神格は打ってつけだろう。メンテナンスを必要とせず、歩兵並みの物資で済む上に、大量の資材を自力で運ぶことができ、優れた通信能力を持ち、強力かつコンパクトで、樹海に容易に潜む事ができる。何より、それらを最大限に発揮できるだけの知能と判断力が備わっている。

 先の戦争において、神々は神格をそのように用いなかった。元来が作業機械の延長線上として見ていたのもあるが、それ以上にあったのは、目を離す事への恐怖。眷属の反乱が相次いだ遺伝子戦争では、神々は想像を絶する被害を受けた。目の届かない場所で眷属を運用することができなかったのだ。

 ゆえに彼らはあくまでも、決戦兵器や遺伝子資源採取の作業用として神格を用いた。人類は違う。人類側神格がそうだったし、現在も。人類製神格には———知性強化動物には、眷属のような欠陥がなかったからだ。

 麗華も知らなかったことだが、人類製神格はそもそも思考制御機能が備わっていない。肉体である知性強化動物は人類の一員として教育されているから不要なのだった。彼らにとっての神格とは、身体機能を強化し、拡張身体としての機能を提供する頼もしい相棒である。

「あなたの事は、あの輸送機を撃墜した後―――数日前から監視していたの。追手がかかるだろうから、それを一網打尽にしようと思ってね。

ごめんね、助けるの遅くなっちゃって。」

「いえ……助かりましたから。ありがとうございました」

「どういたしまして。

そうそう。体の方は大丈夫?首は?」

「だいじょうぶ、です。たぶん数日中には治癒すると思います。人並みには動けます」

「ならよかった

さて。ここからは足元に気を付けて」

 会話を続けながらも、元は大きなビルディングだったのだろう建物の基部から階段を降りる一行。灯りは付けない。神格によって強化された視覚なら低光量でも昼間のように明るく見えるし、赤外線視覚も持つ。自らの体温の反射で周囲を見渡せるのだった。少なくとも通路を移動するだけなら差し障りはない。

 もっともそれは、体調が万全だったらの話である。

「あっ」

 ふらついた麗華を支えたのは、小さな手だった。

「だいじょうぶ、です……?」

「ありがとう」

「どういたしまして、です……」

 助けてくれたのは小柄な少女―――のような姿の、白銀の何かだった。眼球は六角形の集まった黄金の複眼であり、全身がこれまた六角形の鱗のようなもので覆われている。一見切りそろえられた髪の毛に見えるのは、全体がひと固まりになった、やはり六角形の集合体。上着を羽織っている以外は裸身の彼女は異形だったが、美しかった。

 彼女を間近で見た麗華は、ふと気付いた。六角形のいくつかが時折動くということに。その下から顔を出すのは小さな昆虫。いや、六角形自体が昆虫の背中なのだろう。

 無数の昆虫が集まることで少女を象っているのだと、麗華は悟った。

「あ———そうか。あの羽虫」

 麗華は思い出した。槍が飛来する直前、そのタイミングを教えてくれた白銀の羽虫を。あれを操っていたのがこの娘なのだろう。

 やり取りを見ていたミカエルは、銀の少女に対して促した。

「ほら、自己紹介して」

「……日本統合自衛隊、"蠅の王ベルゼブブ"級、"はやしも"、です……」

「日本の神格だったんだ。"蠅の王"の名前は知ってたんですけど。どこの国の神格かは知らなかったです」

「……日米、共同開発、です。アメリカ軍にもいっぱい、蠅の王はいます」

「なるほど……」

 麗華は納得。自分が日本に住んでいた頃も、自衛隊では米軍と同じ兵器をたくさん配備していたのを思い出す。あんまり詳しいわけでもないが。

「この娘―――正確にはオトコノコでもあるんだけども、ちょっとのんびり屋さんなの。急かさないで聞いてあげてね」

「は、はい」

 オトコノコでもある、というのがよく理解できなかったが、明らかに哺乳類ではないのは分かった。そもそも人造生命体だから性別の概念を当てはめてもあまり意味はなかろう。

 そうこうしているうちにも一行は、改札だったのだろう通路を抜け、更に階段を下る。ホームにたどり着き、トンネルを降りた先。

「さ、入って入って」

 ミカの手招き。

 地下の鉄道網のさらに横穴の奥は、一服できるだけの広さを備えたスペースであった。かつては休憩所だったのかもしれない。

 隅には木箱や物資が積み上げられている。

「とうちゃく」

 はやしもが呟いた。


  ◇


「ここは元々水の性が悪かったらしくて。そこらじゅうから地下水が湧き出てくるの。おかげで水には困らないし、排水機能もしっかりしてたおかげか、まだ生きてるわ。私たちには好都合なことにね」

 吊るされたランタンが照らし出す室内。

 部屋の隅に置いてあった桶には、壁からしみ出した水が流れ込んでいた。あふれた分は、端に掘られた溝を流れていく。

 そこから柄杓で汲んだ水をバケツに入れているのは身長二メートルくらいの大柄な女性。いや、女性っぽいシルエットをしているだけで女性かどうかは分からない。全身は短いグレーの毛で覆われ、トカゲのような顔は温和そう。手足は長く胴体は短い。そのくびれはとても艶めかしいが、爬虫類ベースだとすれば胸の膨らみは乳房ではないのだろう。臓器のレイアウトの問題かもしれない。身に着けているのはタンクトップに短パン。羽織っている上着だけは軍服っぽい。彼女があの蛇状の巨神の神格―――"虹蛇ユルング"級。名は"アデレード"。

「お風呂は無理だけど、体を拭くくらいはできるから」

「あ……ありがとう、ございます」

 バケツとタオル、ランタンをありがたく受け取った麗華は、礼を言うと廊下に出た。


  ◇


「……しっかし、ひでえ話だ」

 一行最後のメンバーにして唯一の純粋な男は、荷物から食料と鍋を取り出して呟いた。

 角刈りの大男。迷彩服をしっかりと着込み、全身を茶色の毛が覆った猿人は、"斉天大聖"級、個体名"呂布ルゥブゥ"。

 麗華が体を拭きに廊下へ出たのを見届けると、彼は桶に歩み寄った。

「……まったくね」

 アデレードも暗鬱とした表情で答えた。

 彼らは麗華とデメテルのやりとりの一部始終を盗聴していたから、おおよその事情は把握している。

 五十四年、とあの眷属―――デメテルは言っていた。知性強化動物が誕生してまだ四十六年。彼らの種族の歴史よりも長い間、麗華は眷属として生きて来たのだ。

「目が覚めたら半世紀も経っていて、唯一の友達と殺し合わなきゃいけないだなんて」

「……ま、今日の所は暗い話はこの辺にしようや。俺らが暗い顔してたらあのバァさんも気分悪ぃだろ」

「もう、バァさんはだめでしょう。レディに向かって」

「そうかね。駄目か。んじゃあお嬢さんだな」

 そんなやり取りをしつつ、アデレードは柄杓で呂布の鍋に水を入れてやる。

「ま、大概の悩みは美味いもん食って一晩ぐっすり眠れば解決するもんだ。腕によりをかけてやるよ」

 猿人はニカッと笑った。


  ◇


「……はい。新しい服」

「ありがとう」

 はやしもが差し出した衣類を見て麗華は素直に喜んだ。今の服は血まみれで、なおかつ薄すぎる。靴もなく素足だ。ありがたかった。

 受け取ったそれを広げ―――

「わぁ……」

 嬉しい。と同時に、麗華は少し困惑した。


  ◇


 そして、人類製神格四人が鍋を取り囲んで料理の完成を待っているとき。

 廊下側から、新たな衣装をまとった麗華が姿を現した。

 クラシカルなデザインのワンピースだった。色はベージュ。更に上から羽織っているジャケットは暖かそうなデザイン。足元は布の靴。首の傷は、スカーフによって隠されている。

 バッサリと短くなった黒髪によく似合っていた。

 それを見たミカは、にっこり笑うと。

「さて、じゃあそろそろ食事にしよっか」

 晩餐が始まった。

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