【古城にて】2
「はい。じゃあこれを付けてね」
異形であった。
麗華の眼前に座っているのは白衣のようなものを身に着けた人型の生物。されどその骨格の構造は異なり、顔立ちは何というか鳥類に似ている。大きな後頭部からして脳の大きさは相当あるのだろうな、と観察しながら麗華は思った。この城の外にも人間に交じって同様の姿をしたひと———人でいいのか不明だが———が働いていたのをもう見ているので、それほど驚きはしなかったが。少なくとも会話する限りは普通の人間と大差ない。
周囲を見回せば清潔な医務室と言った
医者?はにっこりと———たぶん———微笑むと口を開いた。
「私の顔が気になる?」
「ええまあ」
「記憶がないんじゃしょうがないわね。回復すれば気にならなくなるわ。きっと」
「そう願います。で、これはどうすれば」
麗華は渡されたものを見て困惑した。首環?のような形をした機械である。
「首にはめるの。脳の、巨神を制御する部分をロックするだけだから。精神治療はデリケートなの。万一治療中に暴れ出したら困るでしょう?」
「あー……」
麗華は素直に首環を付けた。確かに治療中に巨神で暴れ出したりしたら大惨事になる。
「あと、足なんですけど。何とかなりませんか」
「うーん。もう治癒しかかってるわね。しっかり食べてしっかり眠れば後数日で治るわ。数時間で長さが変わってしまうし、義足は無理なの。松葉杖で我慢してちょうだい」
「分かりました」
「じゃあ、検査を始めましょう。こちらに来て」
医者?に助けられ、麗華は検査機器へと向かった。
◇
日当たりの良いその石造りの部屋は、基地の基礎構造。元来の山城として作られた部分にある執務室だった。
部屋の主はこの城の主であり、この陣地の司令官でもある。
窓を背にして座っているのは焦げ茶色の軍服をまとった鳥相の男。司令官である彼は———"神々"の一員たる男は、執務机を挟んで向かい合った己の眷属へと語りかけた。
「ご苦労だった、デメテル。よくも無事だったものだ」
「はい。道中は苦難の連続でした」
答えた者は、豊かな金髪を備えた少女。デメテルであった。
「だろうな。ブリュンヒルデが人間時の人格を取り戻していたとの事だが。久しぶりの彼女はどうだったかね」
「……司令も意地がお悪い。私がそれに答えられないのはご存知でしょう」
「これはすまんな。いじめる気はなかったのだが」
「私たちはただの高価な道具。かつてあなたはそうおっしゃいました。ならばせめて、そのように扱っていただけることを期待しております」
「ふむ。道理だな。
む、少し待て」
司令官は、基地内ネットワーク経由で来た報告をモニターに出すと一読。
「……ブリュンヒルデの検査結果が出たようだ。組み込まれた神格によって思考制御を施された脳神経系が、損傷から治癒する過程で元の状態に戻っているらしい。
強いストレスがかかって破断した脳神経系が治癒した後の状態によく似ているようだ」
「ヘカテーの時と同じですか」
「もしこの状態で記憶が残っていたら、ブリュンヒルデがここに帰ってくる事はなかっただろうな」
「はい。おそらく隙を見て私を殺し、逃げたでしょう。彼女にはそうする理由があります」
「不安かね?」
「ええ」
「安心しなさい。彼女を解体処分するような事はせん。戦況はお世辞にもよいとは言えん。優秀な神格は一柱でも多く欲しいのだ」
「……」
「彼女の再調整は、うちの設備でも不可能ではない。だが念のために後送してもっと設備の整った基地でやってもらう事とする。
君も護衛についてもらう事としよう。日程は追って連絡する。今日はしっかり休め」
「はっ」
「下がってよろしい」
◇
「疲れた……」
麗華が腰かけているのは医務室前のベンチ。傍らには松葉杖。上を見上げた彼女には、岩肌に等間隔に電灯を吊り下げた天井が見える。ハイテク医務室からドア一枚潜れば、岩山をくりぬいた城の中だというのが不思議だった。
検査は様々だった。脳の中を撮影されたり血を抜かれたり。やっていることは地球の病院と大差ない。おかげでえらく疲れたのだが。
デメテルが迎えに来るまでは休憩中だった。彼女がいないと自分の部屋がどこなのかもわからない。何でも陣地の司令官に報告に行ったらしいのだが、いつ戻ってくることやら。
などと考えていると、廊下の向こうから見知った金髪の姿が。デメテルだった。
「ヒルデ。検査は終わったのか」
「はい。でも先生の言うには、もっと設備の整ったところで見てもらった方がいいって」
「だろうな。
……む?それは」
「あ、この首環ですか。何でも巨神をロックするとかなんとか」
「そうか……」
よっこいしょ、とデメテルはベンチに腰掛けた。
「もうじき、君は元通りになる」
「はい」
「この半月あまり。記憶のない君と過ごすのは新鮮だったよ」
「ですよね。やっぱり」
「大変だったが、楽しいこともたくさんあった。私は、そのことを忘れないだろう。生きている限り、永遠に」
「もう、デメテルさん。それじゃこれでお別れみたいじゃないですか」
「……そうだな。すまない。そしてありがとう。ここまで生き延びてくれて。君が死ななくてよかった。本当に、心底そう思う」
「……」
「この戦争、私の見立てではそう長くは続かない。だからどうか、それまで生き延びて欲しい。私からのお願いだ」
「わかり……ました」
麗華は頷いた。デメテルが何を意図して言っているのかはよくわからなかったが、そうしなければならないと思ったのだ。
その後もしばらくおしゃべりしたふたりは、やがて立ち上がりそして城の上部へ向かった。曲がりくねった廊下。重厚な絨毯が敷かれた石畳のフロアを抜け、最新の柔らかく美しい半生体建材でできたエレベーターで上に運ばれて移動した先。
城の中でも見晴らしの良い、古い区画の塔にその部屋はあった。
「これがヒルデの部屋。私はその反対側。トイレとバスルームはワンフロア下にあって、私たちの共用だ」
夕日が差し込むそこは、まるで昔話に出てくるおとぎの国のようだった。
高級そうなベッドが置かれ、机やタンスなど一通りの家具がある。窓の外には、美しい平原の風景が見て取れた。
「夕食は運んでくれるそうだ。今夜はしっかりとお休み」
「はい。デメテルさんも、色々ありがとうございました」
少女たちは挨拶を交わすと、それぞれの部屋に入った。
静かに、二つの扉が閉まった。
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