【第三章 古城にて】
【古城にて】1
いい匂い。
柔らかな背中に揺られながら、麗華は運ばれていた。
伝わってくる振動はリズミカルで心地よく、服ごしでも分かる体温は安心感を与えてくれる。
「―――あ……」
そこで麗華は目を覚ました。
「目が覚めたか?ヒルデ」
「……はい」
そこで麗華は思い出した。デメテルに背負われて運ばれている間に、うとうとしたという事実を。
「ご、ごめんなさい。寝てました」
「今更だな。君と私の仲じゃないか。それに君は羽根のように軽い。これくらい何でもない」
「それでも、申し訳ないです……」
「はは。なら、傷が回復してからお返ししてくれたらいいよ」
「すいません……」
麗華は今歩けない。先の戦闘で重傷を負ったせいだった。右の脇腹から右足までを失っていたのだ。デメテルはそんな麗華を止血し、背負って何日も歩き続けた。その間麗華の肉体は驚異的回復力を発揮し、今では太ももの半ばまで回復しているほどだった。意識が戻った麗華は治癒に消費した分のカロリーを補うためにももりもりと食料を食べる事となり、それも非常に申し訳なく思っている点のひとつである。
あの戦い以降、ふたりは人間の街にも行き当たらず、時折敵から隠れ、時には散発的な戦闘をこなしながら樹海を旅してここまで来た。デメテルが言うには、もうすぐ目的地が見えてくるとのことなのだが。
—――嫌だな。
麗華は、旅の終わりを恐れていた。もちろん宛もなくさまよい続けるわけにはいかないのは分かっている。だが、旅が続く限りはこの、どこか心地よい関係も続けられるのだ。陣地にたどり着いた時それは終わる。なにが起きるかは分からない。デメテルは何かを隠している。それは間違いなかったが、追及することは今の関係が破綻するのと同義だった。唯一の手掛かりである記憶が戻る様子はない。時折、断片的な形で意識の隅に浮かぶだけ。先ほど見た、月神との闘いの夢のように。とても重要な事を言っていた気がするのだが、
デメテルを信じたいという想いと、疑いの念。この二つが麗華を苛んでいる。先日街で手に入れたノートも読み進められていない。治りきっていない足ではデメテルの隙をついて中身を確認する暇がないからだった。何でもいい。この世界に関する、デメテルを介さない情報が欲しかった。
—――私は、どうすれば。
思い悩む間にもデメテルは進む。背負われた麗華に立ち止まるという選択肢はない。
木々の合間を抜け、急な斜面を超えて登った山の頂上付近。
見えた景色に、麗華は息をのんだ。
そこは、樹海の終わりだった。
―――広大な草原が、そこには広がっていた。
「綺麗……!」
青空を雲がたなびいていく。遠くを飛んでいる鳥の群れは白く、耳をすませば小さな獣の足音や虫の鳴き声さえも聞こえて来そう。
緩やかな流れの河が走り、草食動物が草を食んでいた。
そして、その土地の向こう。地平線の彼方に、城が見えた。
自然の地形を利用した、大きな山城である。くりぬいた岩山と、その外側に沿って建てられた幾つもの石造りの建築物は一体化し、よく風景と調和していた。かと思えば、巨大なヘリポートらしきものや様々なコンテナが存在しており、忙しそうに作業機械が働いているのが見て取れた。
古い文化と最新の技術がよく混ざり合った不思議な景色だった。
「―――あれが我々の目的地。陣地だ」
「……デメテルさん。私たち、助かったんですか?」
「ああ」
「私の記憶、きっと戻りますよ…ね?」
「……きっと、ね」
デメテルは、笑顔を浮かべた。
◇
「うわぁ……」
最後の十数キロをデメテルの巨神でひとっ飛びし、滑走路―――と言っていいのかどうか謎だが―――に降り立った麗華は、周囲の光景を盛んに眺めまわしていた。
鳥のような頭部と鱗に覆われた手をした人が何やら四本脚の重機みたいなロボットを監督しているかと思えば、ゴーグルをつけた人間そっくりの男が航空機の横でエンジン音に負けない怒鳴り声で会話していたりもする。
「よぉ。災難だったな。報告を聞いたぜ。ブリュンヒルデが記憶喪失だってな」
こちらに声をかけてきたのは、パンチパーマで彫りの深い顔立ち。軍服のようなものを身に着けているアフリカ系の男だった。
麗華に肩を貸しているデメテルは巨神を消去。出迎えに対して顔を向けた。
「お前か。また面倒くさい奴が来たな。他にもいるだろうに。セトやウォーゲはどうした?」
「死んだよ。お前さん方も同様にやられただろうと思ってたんだが、よくぞ帰ってきたもんだぜ」
「確かにな。敵の第四世代型神格とやりあった。我ながらよく生き残ったものだと感心する。
今のペースで高性能化されては、いずれ我々では歯が立たなくなるぞ」
「だろうな。ま、その辺は上のお偉方が考えるこった。俺たち兵隊は、粛々と仕事をやってりゃいいのさ。
で。……おまえほんとにブリュンヒルデか?」
急に話しかけられた麗華は顔をひきつらせた。
「あー……たぶんそうらしいんですけど。デメテルさんが言うには」
「いやあ。知ってはいたが、本当に別人になっちまうもんなんだなあ。表情や立ち方からして違うぜ」
「はあ」
男に対し生返事になる麗華。無理もない。
「それであの。あなたのことは何と呼べば」
「オニャンコポンだ」
「……」
「何だよその顔は。ひとの名前に妙な反応するんじゃねえぞまったく」
「あー……ごめんなさい」
「その反応二回目なんだよ。改めろよ」
同じ男から初めての自己紹介を二度、受けるという奇怪な体験をした麗華は目を白黒。
「まあいい。準備はしてある。さっさとブリュンヒルデを医務室に連れてってやってくれ」
「分かった」
会話を打ち切ると、デメテルは麗華の腰に手をかけた。かと思えばそのまま軽々と持ち上げたではないか。それもお姫様抱っこで。
「―――え。ちょ、デメテルさん!?これは恥ずかしいんですけど。なんとかなりませんかっ」
「気にするな。行こう」
取り合わず、城の入り口へと向かうデメテルだった。
それを見送ったオニャンポコンは一言。
「お熱いねえ」
やがて彼も、自分の持ち場へと戻った。
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