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その小ぢんまりした園芸店では、テラスでは鉢植えの花が、店先では切花が、色とりどりに咲き誇っていて……
カウンターでは気難しそうな中年男性が、若い男性の店員に、真っ赤な薔薇の花束の代金を払っているところだった。
あれくらいわかりやすい花なら話は簡単なのに。
あたしは両手に抱いた花束を見下ろした。
赤い薔薇は情熱、白い薔薇は純愛。
あたしの花束の名も知れぬ花々は、赤、白、黄色がごちゃ混ぜになってる。
お客さんがお店を出て行くのを待って、フレデリックさんが店員に声をかけた。
「やあ、青薔薇クン、元気にしているかね?」
呼ばれて振り返った、スラリとした体に野暮ったいエプロンをまとった店員は、清潔そうな髪の下の整った顔をわざとらしくしかめた。
「ラウルですってば! いい加減に覚えてください!」
「名前を覚えたらばボクの家に来てくれるかい?」
そう言ってフレデリックさんが伸ばした手を、ラウルさんはヒラリとかわした。
「ことあるごとに人のオシリを触ろうとするのをやめてくれたら考えますよ!」
「何を今さら。すでにしっぽは掴んでいるんだ。キミはボクの庭であの青い薔薇をもう一度咲かせるべきなのだよ」
あたしは後退りしようとして扉にぶつかってガタンと大きな音をさせてしまった。
「お、お姉ちゃんとの縁談がなかなか進まないのはそういう事情だったんですね……っ」
「お客さん誤解しないでください! 住み込みの庭師として勧誘されてるだけですから!」
青薔薇と呼ばれるだけある美青年の頬が一気に青ざめる。
「いや待て、縁談を断る理由として使えるならばそう思わせておくのも良いな」
「……今度の人も嫌なんですか?」
「彼女は少しばかり真面目過ぎるんだ」
「前の人は不真面目過ぎるって言ってたじゃないですか」
「男心は複雑なのさ」
「とか言って本当は相手の方が乗り気でないのでは? 前回も今回も前々回もその前も」
「ふんっ。キミみたいな子犬には大人の機微はわからんよ」
「俺、既婚者ですよ」
「あ、あの! この花! 花の名前を教えてほしいんです! それと、あの、花言葉を……」
あたしはどうにか会話に割って入って、自己紹介をして、事情を話した。
「ああ、それは
ずっと遠くの東の国から最近輸入されたばかりの花です。
だから花言葉はまだありません」
青薔薇……もとい、ラウルさんは、あたしみたいな子供が相手でも丁寧な言葉で答えてくれた。
「そう……ですか……」
それじゃスティーヴンも、花言葉に真意を託したわけじゃないのね。
「さすが青薔薇。即答だったな」
「そりゃあまあ、うちの店にも置いていますから」
言いながらラウルさんが、決して広くはない店内の真ん中の、特別席みたいなティー・テーブルに飾られている菊を示した。
「フレデリック様もお一ついかがです? お母様へのご機嫌取りに。フレデリック様になら特別にお高くしますよ」
「おい、そこはお安くしますじゃないのか? しっぽの件をまだ根に持っているのかい?」
「いえいえそんなとんでもない。ただフレデリック様の性格が全体的に気に入らないだけです」
「ひどいなキミは。細君もひどいヤツだがキミも負けず劣らずひどいな」
そしてフレデリックさんは手で顔を覆って大げさに落ち込んだしぐさをしてみせた。
「冗談ですよフレデリック様」
「わかっているさ、もちろんボクも冗談だとも。ボクを嫌うヤツなんかどこにも居ないとママも言っている」
あー、また話が変な方へ行こうとしてるー。
「あの! これ、本当に同じ花なんですか? あのその、何だか少し違うみたいに見えて……」
あたしはどうにか話題をこっちへ引き戻そうとした。
「同じは同じなのですが……
失礼ですがアニー様の花束は、花びらに今一つエネルギーが足りないせいで花の形が不恰好になってしまっていて、普通なら売り物にはならないと思います。
日当たりや水の量をちゃんとわかっていない人が育てたんじゃないでしょうか?」
「え……? そうなの……?」
何だろう。
寂しい。
さっきまでキレイだなって思って見ていたはずの花が、急に色あせたように思えた。
「ふむ。それにしてもこの菊とやらは、他に比べてずいぶんと値が張るようだな。ボクへの特別料金を抜きにしても」
「まだ珍しい花ですからね」
「ならばそのスティーヴンとやらは、高い花を贈ればそれだけでアニーが喜ぶとでも思ったのかな?
金が基準になっているのか……
いやいや、若僧ならば、店員に騙されて高い花を掴まされたっていう可能性もあるな」
「そんなぁ……」
あたしは情けない声を上げた。
花束を包む紙が、いつの間にかクシャクシャになってしまっていた。
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