☆後日談

菊 ~chrysanthemum~

 工場の煙で曇る空の下を、色とりどりの馬車が行き交う。

 ガス灯がそろそろ点り始める時間。

 ロンドンの石畳の道端で、学校の制服のまま花束を抱えて、あたし、アニーはため息をついた。

 名前すらわからない、初めて見る花。

 ついさっきいきなりスティーヴンに渡されてしまった。

 幼馴染みのケンカ友達の、何でも知ってるつもりの男の子が見せた、初めて見る顔。

 いったいどういうつもりなのよ。


「やあ、アニー! やっと見つけた!」

 声をかけられ、顔を上げる。

 派手な服を着た巻き髭の紳士が、真っ白な馬に乗って、通りの向こうからこちらに駆けてきた。

 あたしのお姉ちゃんの婚約者……に、なる予定のフレデリックさんだ。


「キミの姉上とデート中だったんだがね、キミの帰りが遅いんで捜してこいと命じられたんだ」

「お姉ちゃん、デートを切り上げる理由がほしかったんですね」

「まあ、そういうことだろうな」

 サラリとした態度から、フレデリックさんにとってもちょうど良かったのが伝わる。


 フレデリックさんは古い貴族の家柄で、あたしのパパはいわゆる成金。

 お互いの両親は最高の相手だと思っているみたいだけれど、本人たちはこんな感じ。

 男とか女とか難しい。

 でも大人だし、あたしよりマシよね?

 あたしは自分が抱える悩みの花束についてフレデリックさんに相談した。


「異性に花を贈るのって、普通は……その……好きだとかそういう意味ですよね?

 でもスティーヴンがあたしにそんなこと言うなんてありえないんです!」

「ふむ……」

 馬の上から見下ろしながら、フレデリックさんが巻き髭をいじる。


「だから何か違う意味があるはずなんです!

 ほら、花言葉ってあるじゃないですか?

 この花の花言葉がわかったら、スティーヴンの気持ちもわかるはずなんです!

 でも友達に訊いて回っても、花言葉どころか花の名前さえわからなくって……」

「ボクもこの花は初めて見たな。

 こういうのは専門家に訊くのがいいだろう」

「専門家……ですか……?」

「来たまえ。面白い男が居るんだ。

 ヤツは色恋には少しばかり偏っているが、花についてなら並外れて鼻が利くのだよ」

 そしてフレデリックさんは、あたしを馬の後ろに引っ張り上げた。

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