第4話「新月の夜」

 ラウルは狼たちが去った方向を見送って、わたしに背中を向ける形でたたずみ……

「熱っ」

 猟銃を投げ捨てた。

 弾を撃ったばかりの銃身に触れてしまったのだ。

 やけどした腕を舌でペロペロと舐める。

 完全な人の姿をしているのに、その仕草は獣じみていた。


 またラウルに助けられてしまった。

 またラウルに痛みを負わせてしまった。


「これでもう狼の群れに入ることもできなくなったな」

 ああ。わたしはラウルから最後の居場所まで奪ってしまったんだ。


 ランタンのちらつく明かりがラウルを照らす。

 人間の姿の背中には、狼男の時ほどの筋肉の盛り上がりはなくて、それでも懸命で優しくて、だからこそ悲しい。

 手のやけども地面に打ち据えられた際のすり傷も掻き消すように消えていくけど、左肩のアイアンメイデンで刺された跡だけは、塞がってはいてもまだ痛々しく残っている。


 抱きしめたい。

 ここで抱きしめなければラウルはまた居なくなってしまう。

 だけどわたしはその左肩に手を伸ばせずにただ泣いた。


 フレデリックさまへの売り込みや、育ての両親や実の両親。

 言うべき言葉はいくつも用意していたはずなのに、涙で一つも声にならない。


「……ごめんなさい……」

 それだけしぼり出すのがやっとだった。

「そうじゃない、クローディア!! 違う、違うんだ!!」


 ラウルは向こうを向いたままブンブンと首を振った。

 辺りは静まり返っていて、鳥の声すらしなかった。


「警察署でダイアナが死んだって聞かされてもなかなか信じられなくて。

 俺の呪いだって言われてアイアンメイデンで串刺しにされて、でもこれでダイアナのところへ行けるって思って。

 目が覚めたら目の前に君の寝顔があって。

 あ、俺、一人じゃないのかもって思ったら、急に怖くなったんだ。

 この人も今に居なくなるんじゃないかって。

 満たされるのが怖かったんだ。

 満たされるって、別の世界の言葉だから。

 知らない世界へ行くのが怖くて、知らない世界で置き去りにされるのが怖くって、君の好意を知ってて逃げた」


 息を吸う。

 その音が震えてる。


「風の音がして振り返る度に、君が居るんじゃないかなんて期待した。

 情けないよな、自分から逃げたのにさ。

 俺は狼の仲間を捜しているはずなのに、振り返る時はいつも……

 狼でもダイアナの幽霊でもなく、君の姿を捜してた」


 ラウルはまだわたしに背中を向けたまま。


「なあ、クローディア。

 今度は幻じゃないんだよな。

 振り返っても誰も居ないなんてことはもうないんだよな」


 答えようとしても言葉が出なかった。

 だけどわたしの嗚咽はラウルの耳に届いているはず。


 ラウルが振り返った。

 わたしはラウルの胸に飛び込んだ。


 ラウルの手がわたしの背中に触れた。

 最初はためらいがちに、すぐに存在を確かめるように強く強く抱きしめる。

 空に月はなく、偽りは消え、遠い星々だけがわたしたちを見守っていた。

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