第3話「最後の日」
三日目の朝が来た。
今夜が新月だ。
目が覚めると番犬が居なくなっていた。
疲れのせいで紐の結び方がいい加減になってしまっていたのだ。
わたしは磁石を取り出して、今まで進んできた方角へそのまま進んだ。
太陽は昇り、傾き。
あせりと不安でつぶされそうになりながら、日が没して足もとが危うくなってからもわたしは歩き続けた。
本当にこっちで合っているのかしら。
もうすでに手遅れなんじゃないかしら。
足もとがフラフラする。
時間も空間もわたしの周りだけグニャグニャしているように感じて、くたびれ果てて何度も倒れて、それでもランタンを手にひたすら進む。
……聞こえた。
狼の遠吠えだ。
もう一度、聞こえた。
幻聴じゃない。
胸が高鳴る。
声を頼りにそちらへ走る。
また聞こえた。
近い。
わたしは走った。
息を切らして茂みを掻き分ける。
開けた場所に星明りがそそぎ、闇の中で狼たちの目が光っていた。
わたしが狼たちの姿を確認した時には、彼らの視線はすでにわたしに集まっていた。
ランタンの光を見られて気づかれた。
そんな注意もできないほどに、わたしの意識は弱っていたのだ。
夜露で湿ったにおいをただよわせている草の上、輪になって並んだ狼たちに完全に取り囲まれた中央で、ラウルは目を閉じたまま仰向けに倒れて、動物でいう“服従のポーズ”で腹を見せていて……
その上に、群れの中でもひときわ大きなボス狼が馬乗りになって、ラウルの首の辺りのニオイを嗅いでいた。
わたしを見ていないのはボス狼だけだった。
気づいていても構う必要はないと思われているのだ。
ボス狼の口がラウルの首もとにある。
わたしはランタンを投げ捨てて、ボス狼に向けて猟銃を撃った。
ダーン!!
人生で初めての発砲だった。
……それで当てられるはずがなかった。
弾はあさっての方向へ飛び去り、わたしは反動で引っくり返った。
銃を落としそうになり、必死でこらえる。
だけど距離があったはずのボス狼が一瞬でわたしに飛びかかり、猟銃をその大きな口でくわえて奪い、投げ捨てた。
群れを率いる壮年の狼は、過去に何度も猟師に狙われてきたから、人間は武器がなければ何の抵抗もできない無力な生き物なのを知っているのだ。
頭のすぐ脇でランタンの炎が揺れる。
ボス狼は、今度はわたしに馬乗りになって、鋭い目でわたしを見下ろしていた。
「お願い……ラウルを食べないで……」
ランタンの光に浮かぶ視界は狭く、その世界をボス狼の牙が埋め尽くした。
ダーン!!
再び銃声が響いた。
ラウルが猟銃を拾って、ボス狼に向けて構えたまま立っていた。
弾は今度も当たらなかった。
ラウルだって見よう見まねでやっているだけなのだ。
群れの仲間に殺気が走った。
ミミシロが咆えた。
ボスが笑ったような気がした。
狼は笑わないって教わっているけれど、それでも笑ったように感じた。
ボスは悠々とした仕草でわたしに背を向けて、ラウルの隣を通り過ぎ、森の木々の向こう、茂みの向こうへ去っていった。
群れの狼たちもそれに従う。
ミミシロだけが最後に少し振り返ったけど、結局、彼女も行ってしまった。
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