第2話「あと一日」

 二日目は朝から歩き続けた。

 ラウルまでまだ距離があるからか、犬の反応に変化はない。


 大きな木の根を乗り越える。

 斜面で足が滑らないようにしっかりと地面を踏みしめる。


 ちょっとした隙にでもラウルとの思い出がよみがえる。

 数えるほどしかない、思い出すほど切ない記憶。

 わたしを助けてくれた狼男さんの正体がラウルだってわかった日のラウルの言葉。

 あの言葉を言った人をここまで追い詰めてしまった。


 あれはわたしのせいでラウルが怪我をした日。

 あれはわたしのためにラウルに辛い身の上話をさせてしまった日。

 あれはわたしの不注意でラウルが狼に変身するところを他の人に見られてしまった日。


 わたしがラウルを傷つけたんだ。

 わたしがラウルを苦しめたんだ。


 そんな風に考えていると、このまま倒れて別の世界へ逃げたくなる。

 でもそれじゃ駄目だから、気持ちをそらすためにラウル以外の人の、悪い人たちの記憶を引っ張り出す。


 セバスチャンさまが憎い。

 ダイアナさまが憎い。

 メラニーが憎い、イリスが、ドリスが、ハンナおばさまが憎い。


 他の人を憎んでいると、気持ちが少し楽になる。

 自分の失敗よりも深い罪がこの世にはいっぱいある。

 この銃をあの人たちに向けて撃ったらどんなに気持ちがいいだろう。


 日が沈む頃、考える。

 何だろう、今日のわたしは、ラウルを愛している時間より、みんなを憎んでいる時間の方が長かった気がする。


 辛い。

 こんなに辛いのに神さまが助けてくれないのは、わたしの心がきれいじゃなくなってしまったから?

 憎しみに満ちて醜く汚れてしまったから?

 このまま二人とも死んだとしても、天国と地獄で離れ離れになってしまうんじゃないかしら?

 猟銃は銃身が長すぎて、銃口を自分に向けると引き金に指が届かなくなる。


 新月が近づけば、月が空に昇る時間は遅くなる。

 まだ死にたくない、死なせたくない。

 わたしはラウルにかけるつもりの言葉を一人唱えた。


「あなたにはまだやることがあるわ」

 ちゃんと言えるように練習しておく。


「実の両親を捜しに行きましょう、今度はわたしも手伝うわ。

 育ての親のところへ押しかけましょう、わたしが代わりに引っぱたいてあげるわ」

 ちゃんと言えるように。


「薔薇が枯れても次の場所があるわ」

 つぶやきは空に向かって消えた。

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