薔薇の行方
第1話「ただ一輪」
セバスチャンさまが警察に連行されて、次の日の午後。
メイドの仕事もあまりサボるわけにもいかず、洗濯を終えてラウルの寝室に戻ると、フレデリックさまがラウルの上に乗っかっていた。
わたしは目が点になった。
ラウルはほぼ人間の姿のまんま、ベッドにうつ伏せになって、狼のしっぽだけを包帯の隙間から覗かせている。
そしてフレデリックさまはラウルに、怪我人の背中にまたがって、しっぽをぎゅうぎゅう引っ張っていた。
状況が理解できた時には、わたしは椅子を掴んでフレデリックさまに殴りかかっていた。
「おわっ! ちょ! 待ちたまえ!」
「違うんだ、クローディア。俺の方から話したいって言ったんだ……」
「そうだ! この庭師がボクに訊きたいことがあるって言うから、教えてほしければボクの質問に答えろって言ったんだ!
そうしたらこいつが、自分が本物の狼男だって証拠にしっぽを出してきたんだ!」
わたしは警戒を続けながらゆっくりと椅子を下ろした。
「これで納得してもらえましたか?」
「うむ。じゅうぶんだ。何せ目の前で生えてきたのだからな、もはや疑う余地はない。
約束だからな。知りたいことを話してやろう。ボクは約束は守る男だからな。
セレーネ・ローズの花が咲いたかどうかだったな?」
「はい。それと、ダイアナ様に見てもらえたかを……」
「一輪だけ咲いたが、ダイアナの部屋からは見えない位置だった。
ダイアナはずっと部屋から出ていないから、生前は見ていないはずだぞ」
生前。
その単語にラウルの肩がピクリと震えた。
「その薔薇はボクが摘ませてもらった。
文句を言える奴なんてこの別荘には一人も居ないからな。
胸に飾って、時々手に持って眺めたりしていたんだが、いつの間にかなくなっていてね。
ボクはたかが薔薇一輪をわざわざ捜して回ったんだ。
薔薇を落としたのは教会の床でね、神父が拾ってダイアナの棺に入れたそうだよ。
棺の前に持ってきたんだからそういうことだろうと勝手に決めつけられてしまってね」
棺。
ラウルの指がシーツを掴んだ。
「死者から取り戻す気にはなれなかったんでそのまま埋めたよ。惜しいとは思ったがね」
「ダイアナは……死んだんですね……」
呼び名から“様”が消えていた。
きっと子供の頃はそう呼んでいたのだ。
「うん? 昨日ので聞いたと思っていたが?」
「あの時は耳鳴りがひどくて……」
それのせいだけじゃない。
聞かないようにしていたのよ。
ダイアナさまが亡くなったことは警察でも聞かされている。
でもその時は、本当なのか脅しのための嘘なのかわからなかった。
だから嘘だと思い込もうとしていた。
でもフレデリックさまに言われてしまったらどうしようもない。
わたしが椅子に目を戻すと、フレデリックさまがその椅子にしっかりしがみついてガードしていた。
「いいんだ、クローディア」
「ラウル?」
「ありがとうございます、フレデリック様……神父様にもお礼を言わないと……」
「ラウル……」
「クローディアも……ありがとう……ごめん、しばらく一人にしてくれ……」
そしてわたしに背中を向けた。
傷が開いてしまったのか、包帯に血がにじんでいた。
ラウル……わたしはあなたが……
泣き喚きたいなら抱きしめて慰めたい。
安らぎたいなら手を取って一緒に祈りたい。
だけど何をしたいのかラウル自身も決めかねている。
わたしは何もできなかった。
ラウルはその日の夜はひどい熱を出してうなされた。
けれど翌日からは食欲も出て、傷の治りは早くなった。
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