第2話「よりによって」

 物陰から警察官が出てきてセバスチャンさまに手錠をかけた。

 警官たちは狼男を警戒して、アイアンメイデンの一件の後もずっとラウルを見張っていて……

 それをフレデリックさまが説き伏せて、隠れて話を聴いていてもらったのだ。


「何だかワタシ達が悪者みたいな言い方だねェ」

 ハンナおばさまがメラニーに向けて、声をひそめようともせずに言う。

 ラウルを悪く思っているのは警察の人だけではない。

 さっきのわたしの言葉でますます反発を強めてしまったらしい。


「アー、嫌だ嫌だ。セバスチャン様が人殺しだってのも恐ろしいけど、あのダイアナ様がそんなアバズレだったなんてねェ!

 ワタシ達はとんでもない人に仕えていたんだねェ!」

 ハンナおばさまはわざとらしく声を張り上げて、メラニーは「はい」とか「ほんとうに」とか機械的な相槌を繰り返す。

 他の人の悪口を言うことで、自分の罪から目を逸らしている。

 ラウルを疑ってラウルにさんざんな扱いをしてきたのに、謝るつもりなんて全くないんだ。

 イリスとドリスが居なくてよかった。

 あの二人が居ればもっとひどいことになっていたはずだ。



 門の外では警察の馬車が待機している。

 そちらへおとなしく引き立てられながら、セバスチャンさまがふと立ち止まって振り返った。


「ラウル君は本当に狼男だったのですね。

 寝ぼけて私をクローディア君と間違えていろいろ話してしまったのです。


 ラウル君に、もう一人の狼男について訊かれました。

 ラウル君はピーターソン先生のことを自分の同族だと思っていました。

 狼男だというだけではありません。

 彼はダイアナ様の部屋の前で不倫相手のニオイを嗅ぎ取っていながら、自分と同種のただのペットだと信じ込んでいた。

 ラウル君は子供の頃にクローゼットにしまい込まれていたそうですが、ピーターソンは大人のくせに自らクローゼットに隠れたのですよ?

 そんな情けない男に親近感を抱くとは、孤独とは全くもって恐ろしいものです。


 ラウル君が大怪我をして馬車で運ばれているのを見た時には、さすがの私も罪悪感にさいなまれました。

 しかしもう一人の狼男の話をした後、ラウル君の寝顔を見ていたら、悔しくて堪らなくなりました。

 嫉妬ですよ。

 ダイアナ様の醜聞は新聞の記事にされ、海の向こうにまで伝わっているというのに、国中でラウル君だけがそれを知らない。

 ラウル君だけがダイアナ様に美しい夢を見続けている。

 私には二度と再び見ることの叶わぬ夢の中に、ラウル君だけが今もまだ居る!」


 ドサリ。


 物音がして振り返ると、生垣の向こうでラウルが倒れていた。


「そんな! ラウルの部屋に聞こえないように気をつけていたのに!」

 駆け寄る。

 ラウルは気を失っていた。


「何だい、盗み聞きかい?」

 ハンナおばさまが嫌な声を上げた。

 自分を棚に上げて、この人は悪者を欲しているのだ。

 嫌な奴な自分より、もっと嫌われてくれる悪い奴を。


 ラウルが包帯の上にまとっていた安物のガウンが、倒れる際に風を起こしたせいだろう。

 つぼみのまま枯れた薔薇は風を受けても花弁を散らせることもなく、ただ首を折ってラウルのかたわらに落ちた。

 靴だけは作業用のものをしっかりと履いていた。

 ラウルはセレーネ・ローズの状態を確かめるためにここに来たのだ。


「よりによってどうしてこんなタイミングで!?

 どうしてラウルばかりがこんな……!!」


「やっぱり狼男は呪われてるのよ」

 メラニーがボソリとつぶやいた。

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