告白

第1話「まだ」

「ダイアナ様の静養先を選ぶに当たり、国中の別荘やホテルを下見して回りました」


 ぼそりとつぶやいたセバスチャンさまの声は、別人のように低くなっていた。


「この別荘に決めた理由は、管理人の夫婦から、手すりが傷んでいること、これから修理する予定であることを聞かされたからです。

 私は、手すりの修理は自分がやるからそのままにしておくようにと命じました。

 ペンキを塗っただけでごまかしたのは私です」


 それは淡々とした語り口だった。

 あきらめがついたようでもあるけれど、聞きなれない声のせいか、どこか他人事のようでもあった。


「ダイアナ様は大切に育てられたお方ですから、傷んだ手すりなどというものに触れるのは人生で初めてだったのでしょう。

 だからその危険さに気づけなかった。

 愛人からの合図を求めて手すりに寄りかかって身を乗り出すなどという、はしたない真似をしなければ……

 ああ、それでも一度や二度ならまだ大丈夫でした。

 それを何度も繰り返したりしたから、手すりの傷みが進んだのです。

 そんな真似をしていなければ、あの日ダイアナ様がバルコニーから落ちることはなかったのです」


 いつもと違う声を出すのは喉に負担がかかるはずなのに、セバスチャンさまが少しも苦しそうにしていないのはどうして?


「この声を聞いてもクローディア君にはピンと来ませんか。

 ロンドンでほんの少し話しただけですからね。

 ダイアナ様はすぐにおわかりになりました。

 そこで盗み聞きをしているハンナもわかっていますよね?

 私の本当の声はね、フランク様の声にそっくりなんですよ」


 セバスチャンさまの視線をたどると、ハンナおばさまが建物の陰にさっと身を隠し……

 ハンナおばさまの陰に隠れていたメラニーが取り残された。


「メラニー! わたしが戻るまでラウルを看ててって頼んだのに!」

「だって狼男と二人きりなんて怖いんだもん……」

「メラニー!!」

「ね、眠っているから大丈夫よっ」

「………」


 わたしはセバスチャンさまに視線を戻した。


「執事というものはですね、主を引き立てるために、主よりも劣った存在でなければならないのですよ。

 例えば服装は、主より高級な物を着てはならないのは当然ですが、あまりに安い物を着たのでは主の恥になりますので、布は良いが型は古いというような物を選びます。

 ネクタイも、あえてセンスの悪い物を身に着けるよう心がけているのです。

 そして声。

 主とそっくりなこの声を、主の男らしいバリトンを引き立てるために、無理して高く装い続けてきたのです」


 セバスチャンさまは空を仰いだ。


「私はね、フランクの兄なんですよ。

 正式に認められてはいませんし、フランクも何も知りませんがね。

 先代の当主は良家の令嬢と祝福された婚姻を遂げるのと時を同じくして、屋敷のメイドに密かに私を生ませていたのです。

 先代の執事が後始末としてそのメイドと結婚してくれたおかげで、私は後ろ指をさされることもなく、何も知らぬまま健やかに育てられました。

 父は……これだと紛らわしいですね……先代の執事は私をフランクの執事にするべく教育しました。

 育ての父は自分の仕事に何よりの誇りを持っておりましたから、その仕事を息子に継がせることが息子の幸せになると考えたのでしょう。

 私だってそれで良かった。

 実の父のモノが欲しいなんて思ったことはなかった。

 あの人が実の父だと知る前は……

 いえ……

 ダイアナの夫が私の弟だと知る前は!


 私はフランクの金や屋敷を羨んだことなどそれまではなかった。

 だけどダイアナはフランクの金や屋敷に嫁いだ。

 初めて羨ましいと思った!

 ダイアナと関係を持った夜、ダイアナに、私の素の声がフランクの声にそっくりだと指摘されました。

 ダイアナはそれっきり気にも留めなかったが、私はそのことが頭から離れなくなった。

 私は両親を問い詰めた。

 育ての父は年老いて亡くなるまで何も答えてくれなかったが、母は教えてくれました。

 私はフランクの兄なのだ、先代の長男なのだ、と……

 だったらフランクの位置に私が居ても良かったはずだ。

 ダイアナの夫の位置に私が居ても良かったはずだ。

 どうせ政略結婚だったのだから。


 私は愛人としては失格でした。

 私はピーターソンに負けた。

 ですがフランクだって負けたのに、フランクは夫で在り続けられるのです。

 それを不満がるフランクが許せなかった。

 フランクは贅沢すぎるのです。

 フランクは、ダイアナの不倫の証拠を掴んだら、ダイアナと離縁するつもりでいました。

 そんなことはさせません!

 そんなことをされたら私もダイアナのそばに居られなくなってしまうではありませんか!!」


 そして大きくため息をつき、うつむく。


「ダイアナを死なせるつもりはなかった。

 ちょっと懲らしめるだけのはずでした。

 バルコニーの下で、死んでしまったと叫んだ後で、その叫びが真実になったと知って愕然としました。

 とはいえ他の男に走られ続けるぐらいなら……という気持ちが全くなかったわけでもありませんでしたね……

 ピーターソンは、いずれ自分の手で、と思っていた。

 ピーターソンが、ダイアナが別荘に到着する何日も前から森の中にひそんでいたのはわかっていた。

 隠れ家の場所を見つけられなかった代わりに、森に狩猟用の罠を仕かけて回ったりもした。

 ああ、クローディア君、こんなことを追及して、今さら何になるというんですか。

 ラウル君は釈放されたんだし、もういいじゃないですか」


「まだラウルを疑っている人が居るんです」

「もう彼が逮捕される恐れはありませんよ」

「まだラウルを悪く思ってる人が居るんです!!」

 叫び、わたしは泣き出した。

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