第3話「用意された台詞」

「ダイアナさまの死にもセバスチャンさまは関わっていらした」

「…………」

 セバスチャンさまは庭園へ引き返し、わたしも合わせて踵を返す。


「あの時、セバスチャンさまが居た場所からは、バルコニーに居たわたしの手もとはダイアナさまの陰になって見えません。

 あの角度から見れば、わたしがダイアナさまを突き落としたように見えたはずです。

 それなのにあなたがあれを事故だと断言したのは、事故が起きるのをわかっていたからです」


「バルコニーの手すりの傷みは自然に生じたものでした」

 セバスチャンさまがやっと口を開いた。


 わたしはセバスチャンさまの次の言葉を待った。

 次の言葉はなかった。

 だからわたしは次ぎを続けた。


「ピーターソン先生が隠れて合図を送れる場所は、あの日隠れていたあの茂みの他にもたくさんありました。

 ピーターソン先生が合図を発する場所が右か左にずれていれば、ダイアナさまが広いバルコニーの長い手すりの傷んだ部分にピンポイントで触れることはなかった。

 あの茂みの中はさりげなく枝が切られていて、無意識に歩いていれば自然にあの場所に導かれるようになっていました。

 ダイアナさまを、手すりの傷んだ部分に導く場所に。


 枝を切ったのは、最初はピーターソン先生だと思っていました。

 ですがあの量の枝を切るのは時間がかかるし音もします。

 自分が茂みの中に居るのでは近くに人が居ても気づけなくて、それでいて近くを通りかかる人には自分が立てる音が聞こえてしまいます。

 庭園に居る時間が一番長くて作業に気づく可能性が高いのはラウルだけれど、他の使用人だっていつ出てくるか……

 ピーターソン先生にはわからない。

 枝を切ったのは、それをわかっている人間です。

 セバスチャンさまなら、ラウルを含む全ての使用人のスケジュールを管理して、茂みに人が近づかない時間を作れます。

 茂みの枝を切ったのは、セバスチャンさま、あなたです」


 屋敷の角を曲がる。


「納屋に置いてあった古い枝切りバサミを使いましたね?

 ラウルが使っているのとは別の物です。

 古い物なので刃こぼれしていて、切り跡に特徴が出ます。

 茂みの枝の切り口と一致しました。

 ハサミの持ち手部分には複数の人の指紋が重なり合ってついていました。

 元・管理人夫婦の指紋に、子供の頃のラウルの指紋。

 一番上についていたのは、セバスチャンさま、あなたの指紋でした」


 庭園を突っ切る。


「二階から転落した人が生きているか死んでいるか、即座に判断することはあなたにはできない。

 ダイアナさまが死んだというのは、あれは用意された台詞だったんです。

 あなたはあの時、茂みの中にピーターソン先生がひそんでいるのに気づいていた。

 あなたはピーターソン先生に、ダイアナさまが死んだと聞かせたかったのです。

 実際に死んでいるかどうかに関係なく。

 それによってピーターソン先生は自ら首をくくられました」


 セバスチャンさまが足を止めた。

 庭園の真ん中の、枯れた薔薇の生垣に囲まれた場所だった。

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