第2話「凶器に選んだのは」

「なあ、セバスチャン。キミは実に優秀な執事だ。

 ボクはキミが仕事で失敗をするところを一度も見ていない。

 ちょっとした忘れ物すらしたことがない。

 ましてや大事な物を置き忘れるなんて全くなかった」

 急ぎ足で庭園を横切るセバスチャンさまをフレデリックさまが追いかけて、わたしは少し後ろからついて歩く。


「執事として当然でございます」

 誉められながらもセバスチャンさまは不機嫌そうにうなずく。

「にも拘わらずキミは……ああ、もう、嫌だな。クロクロ、後はキミに任せる」


 青く花開くはずだったセレーネ・ローズの生垣に囲まれた真ん中で、フレデリックさまはプイとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。

 人を問い詰めるのは誰だって辛い。

 薔薇は全て枯れている。

 わたしはスッと息を吸って言葉を引き継いだ。


「セバスチャンさまは優秀な執事であられるのに、ダイアナさまに見られては困ることの書いてある手帳を、ダイアナさまだけが残る馬車に置き忘れるなんておかしいです」


 セバスチャンさまは答えない。

 相手がフレデリックさまであるならまだしも、一介のメイドなんかに答える必要はないと考えているのだ。


「別荘には馬が二頭居ました。

 それなのに、奥さまのお出迎えという、もっとも大切な仕事に、あなたは馬を一頭しか使わなかった。

 二頭の馬に引かせれば、馬車はそれだけ早く走れるのに。

 ダイアナさまのお出迎えとフレデリックさまのお出迎えは、どちらも馬車を引く馬は一頭だった。

 それなのに、フレデリックさまのお出迎えには大幅に遅刻して、ダイアナさまのお出迎えには充分間に合った。

 フレデリックさまに話したら、おもしろがって駅まで確認に行ってくださいました。

 フレデリックさまをお迎えした日の、村での寄り道や、同行したわたしの体重の分を全て引いても、ダイアナさまのお出迎えの日に駅に着いた時間は早すぎます。

 馬一頭が引く馬車では、ダイアナさまが乗った汽車の到着時刻に間に合うはずがないんです」


 セバスチャンさまはわたしの声が聞こえていないかのように、裏庭へと歩き続けている。


「ダイアナさまのお出迎えの馬車は、本当は、二頭の馬が引いていたんです。

 あの日、村で二頭立ての馬車を目撃した人が居ます。

 それなのにわたしとダイアナさまが駅を出た時、馬車を引いていたのはアンドレア一頭だけだでした。

 アレクシアはどこへ行ったのですか?


 ダイアナさまはお体が弱くて走ったりできない。

 わたしたちは普通に歩くよりもゆっくりと駅を出ました。

 田舎の駅で利用する人が少ないので、駅員が覚えていました。

 こちらもフレデリックさまが確認なさいました。

 わたしたちが汽車を降りるより先に、同じ汽車に乗っていた紳士が、コートの襟を立てて顔を隠すようにしながら急ぎ足で駅を出て行ったそうです。

 その紳士こそフランクさまです!

 急ぎ足のフランクさまと、ゆっくり歩くダイアナさま。

 その速度が生み出す時間の差を利用して、あなたはダイアナさまに会う前にフランクさまと落ち合い、アレクシアを引き渡したのです!」


 セバスチャンさまが足を速めた。


「ダイアナさまが森の中で馬車を止めさせてわたしを置き去りにしたのは計算外で、手帳は屋敷についてから覗かせる予定だったのでしょう。

 別荘について、ダイアナさまは、わたしを迎えに行くようあなたに命じた。

 あなたはその役をラウルに押しつけた。

 あなたには他にやることがあったからです。

 時間をずらして森を抜けたフランクさまは、アレクシアを森の木に繋いで別荘の近くに潜んだ。

 あなたはフランクさまと落ち合い、フランクさまを別荘に忍び込ませた。

 愛人が現れるのをすぐ近くで待つためです。

 フランクさまは愛人を捕まえてどうするつもりだったのか。

 法的手段に訴えるのか、それともその場で殺すのか。

 あなたは知っていたのでしょうけれど、それについてはわたしからは訊きません」


 芝生が二人の足音を吸い込む。


「あなたはフランクさまを、身を隠す場所へ案内すると偽って、ダイアナさまの部屋のドアの前へ連れていった。

 そしてあなたはフランクさまの背後に回り込み、悲鳴を上げられないようにフランクさまの口を押さえて……

 その首に、狼の歯を模した土産物屋のトラバサミを差し伸べたのです!

 フランクさまに声を出させなかったのは、返り血を浴びた服を着替える時間を稼ぐためです。

 脱いだ服は、馬で警察を呼びに行く途中に、森の中で埋めるか燃やすかしたのでしょう。

 フランクさまを殺した後、あなたはダイアナさまが自室のバルコニーから愛人に向けて合図を送るのを待ち……

 あらかじめ鍵を開けてあった裏口からピーターソン先生が中に入って、階段を上がってくるタイミングを計り……


 あなたはフランクさまの声を真似て、声を低くして悲鳴を上げた。

 断末魔の声なんてそうそう聞くものではありませんから、聞いた瞬間に誰の声だかわからなくても、直後にフランクさまの遺体を見れば、フランクさまの声だったのだと思い込みます。

 それからあなたは一旦身を隠し、悲鳴を聞いて駆けつけたような顔をして現場に戻った。


 トラバサミを凶器に選んだのは……

 こちらの聞き込みもフレデリックさまがしてくださいました……

 土産物屋でトラバサミを購入したのはフランクさまです。

 おそらくはその場の思いつきだったのでしょう。

 実在しないはずの狼男に罪を着せた理由は、屋敷内に居る人間が……ダイアナさまを除けば全員使用人ですが……

 警察に疑われないようにしたかったから……ですね?」


 井戸の前はとっくに通り過ぎていた。

 セバスチャンさまは馬小屋の前で立ち止まった。

 中からアンドレアのいななきが聞こえた。

 馬で逃げようなんてさせない。

 馬小屋の戸にはフレデリックさまが背中をもたれさせて、こちらに気づいているのにそっぽを向いていた。

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