月の罪

第1話「ドレス」

 夜には満月が昇るはず。

 その朝は、怖いぐらいの快晴だった。


 ダイアナさまの部屋の前に立ち、ドアに額を押し当てて考える。

 ここでストレートにダイアナさまの嘘を追及したらどうなる?

 ご機嫌を損ねて、セバスチャンさまを呼ばれて、部屋から摘み出されてお終い。

 チャンスは一回しかない。

 しっかりと準備をするのよ。


 三日月の夜、何があったのか?

 一つ一つ思い出す。

 あの時はわたしは、ラウルがわたしを助けてくれた狼男さんだとは知らなかった。


 ラウルの臭覚なら犯人を突き止めることができたはず。

 それなのにそうしなかったのは、それをすればラウルが狼男だってバレるから。


 ラウルはあの時、ドアに耳を押し当てて、誰かが居るんじゃないかって訊いた。

 ラウルは鼻だけでなく耳もいいのだ。


 ダイアナさまは自分しか居ないって答えた。

 だけどダイアナさまの言葉は嘘だらけだ。


 ラウルはあの時、何て言った?

 ダイアナさまのお部屋に誰かが居るんじゃないか。

 クローゼットの中やベッドの下やバルコニーに。


 違う。

 ラウルが言ったのはクローゼットだけだ。

 他はわたしが言った。


 わたしはあの時、思いついたものを片っ端から上げていった。

 だけどラウルが言ったのはクローゼットだけだ。






 ダイアナさまのお部屋に入り、レディメイドとしての挨拶を済ませてから、室内を見渡す。

 あの日、ドアの外に居たラウルは、誰かが立てる音を聞いたのだ。


 クローゼットの方に目をやる。

 部屋のドアと、クローゼットのドア。

 二つのドアを通した音。

 だからラウルはそれがクローゼットだと考えた。

 フランクさまが殺された夜、奥さまの部屋のクローゼットの中に、奥さまではない誰かが居た。


 わたしは奥さまの服を選ぶフリをしてクローゼットを開けた。

 床は掃除されている。

 それはわかっている。

 わたしが掃除したのだ。

 イリスやドリスやメラニーもやっただろうけれど、最初に掃除したのはわたしだ。

 隠れていた人の痕跡は、あったとしても、すでに拭き取られていた。


 それでも何かないかと探していると、あるドレスの裾が目に入った。

 フランクさまが殺害されて以来、奥さまは黒い服ばかりを着続けている。

 ずっとほったらかしにされていた、今の季節にはふさわしいさわやかな緑色のドレスの裾に……慌てて隠れたせいで落として踏んでしまったのだろうか……足跡が残っていた。


 大きさからして成人男性。

 爪があって、肉球がある。

 だけどラウルのものではない。

 納屋にあったラウルの足跡は、人差し指が長くて小指が短かった。

 ここにある足跡は、人差し指と小指がほぼ同じ長さだ。


 間違いない。

 第二の狼男が、ダイアナさまの愛人だったのだ。

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