第2話「闇2」
ダイアナさまの部屋のドアの前に立つ。
三日月の夜、この場所にフランクさまの遺体が倒れていた。
今は血で汚れたカーペットは処分され、新しいカーペットが敷かれている。
フランクさまは首を何回も刺されていた。
その刺し跡は、狼の歯形に似ていた。
被害者の立場になって考える。
わたしは首を押さえて廊下に倒れた。
わからない。
何故、犯人がそんな殺し方をしたのかも。
どうしてフランクさまが近づいてくる犯人に気づかなかったのかも。
気づいても危険だと思わなかった?
犯人はフランクさまと顔見知りだったってこと?
じゃあ、犯人は強盗じゃあないの?
次は犯人の立場。
立ち上がり、足の痛みに顔をしかめる。
ナイフを持つようなポーズをしてみる。
フランクさまは背が高い。
順手でナイフを持って首を刺すのは、できなくはないけど無理がある。
逆手で首を狙う。
どうして首なの?
喉を潰して悲鳴を上げられなくするため?
でも、フランクさまは悲鳴を上げてる。
フランクさまは、刺される前に自分が殺されるって気づいた?
だったらどうして防げなかったの?
「女の腕力でフランクが殺せるとは思えない。セバスチャンの奴も揉み合いになればフランクには勝てないだろう。となれば残るのは……」
いきなり後ろから声をかけられた。
フレデリックさまだった。
「フランクに声を上げさせたくなかったのなら、肺を潰した方が良いのだがな。まあ、ただの庭師ならそんな知識がなくても無理はないかな」
「フレデリックさま! フレデリックさまも、ラウルが狼男だからって……」
動機も殺害方法も全て“狼男だから”の一言で片づけようなんて……
「おいおい、キミも狼男なんてものの存在を信じているのかい?」
「え……?」
「庭師と貴婦人の間に、使用人と雇い主という以上の関係があったんだ。それでもう充分だろう」
ちょっと待って。
何を言っているの?
「ラウルは人を殺すような子ではありません!」
叫んだのは、わたしではなかった。
ダイアナさまが部屋を飛び出してきたのだ。
わたしは嬉しくって泣き出しそうになった。
夫を殺されて、誰かに八つ当たりをしたくなっても……その誰かがラウルであってもおかしくないはずの状況なのに、奥さまはわたしと同じようにラウルを信じてくれているのだ。
ううん、わたしは、わたし自身がラウルのアリバイの証人だからこそ確信を持っていられる部分もある。
みんながわたしを信じないのが問題なだけで、アリバイ自体は完璧だ。
でもダイアナさまは本当に心だけでラウルの無実を信じておられるのだ。
ふと……ダイアナさまのかたわらに隠れるようにメラニーがひかえているのに気づいた。
「何だ? まさかレディメイドを持ち回りでやるつもりなのか?」
フレデリックさまが茶化す。
「だ、だって、あたしだけレディメイドをやったことがないから……」
そういうものじゃないと思うんだけど。
「前のカタいだけの奴よりうまくやれよ」
「は、はいっ!」
フレデリックさまの言葉に、メラニーは明らかにびくびくしている。
「例えば客が来ているのに貴婦人がアクセサリーの一つも着けていないというのはどうなんだい?」
「わわわわわわっ! ご、ごめんなさい!」
慌てて部屋へと駆け戻る。
責任のある役目を一人でやるのはメラニーには向いていないと思う。
いえ、そんなことは今はどうでもいいわ。
「ダイアナさま、お願いです! 事件があった時のことを詳しくお聞かせください!」
わたしの頼みに、ダイアナさまは目をそらした。
「……ごめんなさい。……思い出したくないの」
「お願いします!」
「……ショックが大きすぎて。……ごめんなさい」
「ダイアナさま! このままではラウルが!」
「おい! よさないか!」
フレデリックさまに叱咤された。
わたしは下唇を噛んだ。
ダイアナさまもお辛いのだ。
配慮が足りなかった。
「ダイアナ、こっちへ来て少し休まないかい? 二人きりで」
フレデリックさまがわたしを押し退けてダイアナさまの手を取った。
ダイアナさまは無言でその手を振り解いた。
昨日ハンナおばさまが話していたのを思い出す。
フレデリックさまはフランクさまの後釜を狙ってダイアナさまに取り入ろうとしているらしい。
目の前の二人のやり取りは、かなりあからさまだった。
「クローディアさん、あなたがラウルを信じてくれるのは嬉しいのです。それだけは、本当に嬉しいのです」
ダイアナさまのそらしたままの目が潤む。
「奥さまぁっ! 今日のお召し物にはこちらがお似合いになるのではないかとっ!」
重い空気を破ってメラニーがドアから飛び出そうとして、ドア枠につまずいて転び、宝石箱をひっくり返した。
飛び散った宝石をわたしも手伝って慌てて拾い集める。
わたしの指が、雫形のイヤリングに触れた。
イヤリングは、二つで一つ。
二つはすぐ近くに落ちていた。
わたしは左右の手で一つずつイヤリングを持って見比べた。
脳髄に電撃が走った気がした。
「メラニーったら! これはフランクさまが奥さまにお贈りになった物なのよ! なくしたらどうするのよ!?」
わたしはわざとヒステリックな声を出して怒鳴った。
「ひっ」
メラニーは拾いかけのネックレスを取り落として、助けを求めるようにダイアナさまの方を見た。
「クローディアさん、そんな、あなたが怒らなくても……」
「でも奥さま! 同じ物が二つも三つもあるわけではないのでしょう!?」
「それはそうですけれど……」
それはそう。
ダイアナさまは確かにそう言った。
聞きたい言葉が聞けた。
わたしの態度は不自然だったかもしれないけれど、それでも目的は果たせた。
「おい、もうやめないかね」
フレデリックさまがわたしの腕を乱暴に掴み、この場から引き離した。
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