第3話「闇3」
同じイヤリングが二つあるわけではないのは良く知っている。
わたしは少し前まであの宝石箱を預かっていたのだから。
念のためにダイアナさまに確認をしたかっただけ。
宝石箱の中には雫形のイヤリングが“一対”あった。
一つではなく、一対。
自分が預かっていた時は、それをおかしいとは思わなかった。
フランクさまが殺される数時間前の森の中で、このイヤリングはダイアナさまの耳を離れて馬車から落ちた。
落とさなかった方の一つは、奥さまが別荘に運び、宝石箱にしまった。
落とした方の一つは、ラウルが見つけて、わたしに渡した。
そう思っていた。
これならイヤリングが二つそろうのは当然だ。
だけどラウルは言っていた。
ダイアナさまは“落とさなかった方のイヤリング”をラウルを通じてわたしに届けさせた。
落とした方のイヤリングはラウルでも見つけられなくて、今も森のどこかにあるはずだ。
ダイアナさまが“本当に”イヤリングを落としたのであれば。
どうしてダイアナさまはそんな嘘をついたの?
ダイアナさまが、落としてもいないイヤリングを落としたって言って、それからどうなった?
わたしはイヤリングを捜すために森に置き去りにされた。
何のために?
ただの意地悪?
わたしは何か奥さまに嫌われるようなことをしていた?
まだ雇われたばかりだし、そこまでのヘマなんてしていないはず。
その時わたしは“何”だった?
レディメイドだ。
奥さまがわたしに宝石箱を渡した理由。
口止め料。
レディメイドはフランクさまに奥さまの不倫を探るよう命じられているはずのスパイ。
実際にはそんな指示なんてされていなかったけど、ダイアナさまはそう思い込んでいた。
だから遠ざけたかった。
ラウルを迎えによこしてくれたのだから、あのまま森で死ねばいいって思ってたってわけじゃない。
奥さまがスパイを遠ざけようとしたのは、せいぜい数時間。
その間に何をしていたの?
奥さまはわたしに不倫の調査をさせたくなかった。
つまり不倫にまつわることをしていた。
……不倫相手と会っていた?
ダイアナさまはラウルの味方ではない。
強烈な孤独感がわたしを襲った。
窓を睨む。
ガラスを雨粒が伝う。
ダイアナさまが馬車を止めさせた森の道。
あの時、あの場所に、誰かが居たのなら……
雨が降る前に気づいていれば、足跡か何かの痕跡を見つけられたかもしれないのに……
階段の下でわたしはフレデリックさまの腕を振り解いて向き合った。
ラウルのこと、事件のこと、何でもいいから教えてほしい。
主の客に対してメイドが取るべき態度ではないと叱られたけど、食い下がった。
するとフレデリックさまはいやらしく笑って、わたしの肩に腕を回した。
「昨日、町の警察署へ行って、例の庭師に面会してきたんだ。
セレーネ・ローズの苗をどこで手に入れたのか訊きたくてな。
そうしたら鞭を打つ音が建物の外にまで聞こえていたよ。
いやいや、落ち着きたまえ。
さすがにボクも拷問はマズイと思ったんだがね、奴は怪我はしていなかったよ。
音で脅されただけで実際に打たれたわけではないんだ。だからいいってわけでもないが」
ラウルの治癒力の話をしても、フレデリックさまは信じないだろう。
「庭師は薔薇のことはすんなり話したが、事件についてはダンマリだった。
しかし警察のやり方はかなりイカレてたね。
庭師に向かって、さっさと狼の姿になって見せろって。
罪を認めろならいざ知らず、変身なんかできるわけないじゃないか。
バケモノなんかのために弁護士を呼ぶ必要はないとか言ってさ。
人としての権利がないならせめて動物として保護してやれよなんてからかってみたら、何故かボクが叱られたよ。
あれじゃあ満月が来て狼男なんか居ないってわかればいろいろ問題になるだろうな」
問題には、ならない。
狼男は、居るから。
「ああ、そういえば村の奴らが狼男をアイアンメイデンにかけろとか言って騒いでいたな。
村の神父は満月の夜まで待てとか言っていたが……
迷信深い連中は暴動寸前だったね。
ボクは迷信なんか信じないが、それでもあの雰囲気には流されそうになってしまったよ」
フレデリックさまはまだ何か語り続けている。
わたしの肩から手を放す様子もなく、どうやらわたしは口説かれているらしい。
「庭師のことなんかあきらめろ」
その言葉を最後に、フレデリックさまの言葉も激しい雨の音もわたしの耳には入らなくなった。
満月までは後三日しかない。
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