月は雨雲に隠されて
第1話「闇1」
次の日は朝から雨だった。
森に残る犯人の痕跡は、これで流されてしまった。
濡れる生垣を窓越しに見る。
セレーネ・ローズの花はまだ咲いていない。
元気がないように見えるのは、雨の景色のせいなのだろうか。
世話の難しい薔薇だから、もう咲けなくなってしまったのかもしれない。
わたしは泣きたいのを堪えて今やれることを探した。
怪我という理由ができたおかげで、メイドの仕事はしなくていい。
まずは使用人仲間に話を聴いて回る。
「本当に騙されましたわ! アタクシの初恋を返してほしいですわ!」
ドリス曰く、思えば昔からラウルは怪しかった。
クラスメートにどんなにひどく殴られても翌日にはケロッとしていた。
いつだったか、ラウルが珍しく学校を休み、クラスの悪ガキ連中が青い顔をしていたことがあった。
数日後にラウルが登校してくると悪ガキ連中はますます青ざめた。
悪ガキ連中は悪ふざけの果てにラウルを崖から突き落としていたのだ。
殺してしまったとばかり思っていた。
「あの時はそんな話を信じたりはしませんでしたけれどね。普段から嘘ばかりついている子達でしたから。ああ、ちゃんと信じてあげていれば今回のような事件は起こらなかったのかもしれませんわね」
その話を信じていれば、その連中は殺人未遂になるはずなのに。
「ワタシは最初から怪しいと思っていましたよ」
ハンナおばさまは、ラウルが子供の頃の、ダイアナさまのご実家のお屋敷での日々を話し……
自分がラウルをいじめていたことを、自分の口で自慢げに語った。
イリスはイリスでこじつけの推理でラウルを貶めて、ここで聞き込みを続ける気力が尽きた。
わたしの目の前でイリスとドリスがケンカを始めた。
きっかけは、ドリスからイリスに。
「狼男なんか居るわけないなんて自信満々で言いふらしていて馬鹿みたいですわ」って。
数日前までイリスがドリスの迷信深さを馬鹿にしていたのを根に持っていたのだ。
そしてお互い相手に「ちょっと前までラウルを好きだって言ってたくせに!」ってののしり合って……
ハンナおばさまが出てきて、三人でラウルの悪口を言い合うことで場が収まった。
みんなラウルが悪者だって思っている。
……悪者とされている人の味方をすることで、自分まで悪者扱いされるのを恐れている?
他人に悪者だと言われた相手を一緒に攻撃することで、自分が正義の味方だと他人に認めてもらえる……ような気になってる?
わからない。
ただ彼女らは、そうすることに居心地の良さを覚えている。
人間は残酷。
わたしの中にも残酷さはある。
わたしはラウルを悪く言う人間全員が何かひどい目に遭えばいいなと思っている。
自分でやるような余裕はないけど。
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