第2話「ピーターソン先生、去る」
拾った木の棒を杖にして、痛む足を引きずりながらその場所へ行ってみると、周囲の木の枝が折れていた。
誰かが居たのは間違いない。
下草の隙間の土に、足跡が残っていた。
爪があって肉球がある。
動物のものだ。
はて……?
狼男のものに似ている気がする。
でも……熊の足跡ってどんなかしら……?
少なくともこれは人間の足跡ではないし、きっとセバスチャンさまがおっしゃった通り、熊のよね。
これを追いかけても犯人は見つからない。
わたしが探しているのは犯“人”だ。
人なのだ。
がっかりして、お屋敷へ帰ろうと踵を返したその瞬間、杖の先が何かに触れた。
ガシャンという金属音。
見下ろすと、二つの半円状の金属の輪が、まるで獣が噛みつくように杖の先端をはさんでいた。
トラバサミが……狩猟用の罠が土に埋められていたのだ。
「あは……は……」
杖がなければ足をやられていたかもしれない。
トラバサミにはギザギザの歯がついていて、木の皮を破って食い込んでいる。
バネはなおもキリキリと輪を締め上げて、杖の先がボキリと折れた。
もしも足を挟まれていたら、落馬の捻挫どころじゃなかった。
そう考えると捻挫して杖をついていたのはラッキーだったのかもしれない。
屋敷に戻って、誰にも逢いたくなくて、納屋に隠れた。
納屋にはラウルの足跡が残っていた。
狼男の姿の時のもの。
三日月の夜にわたしを門の前に送り届けた後で、ここで人の姿に戻って服を着直したのかもしれない。
爪があって、肉球があって、親指がないのは、狼と同じ。
人差し指が長くて小指が短いのは人間と同じ。
愛おしくて指でなぞった。
……見落としていたことに気づいた。
でも……これは……え……?
もしかして……そういうことなの……?
夕方になってフレデリックさまがお屋敷に帰っていらした。
アンドレアに乗って村まで遊びに行っていたらしい。
見事に乗りこなしていてうらやましい。
わたしはみんながフレデリックさまを出迎えている隙にこっそりと母屋へ戻り、出た時と同じように窓から自分の部屋に入って、ずっと寝ていたみたいな顔をしてドアから出た。
「何だアンタは! いったいいつまでここに居るつもりなんだ!」
フレデリックさまの怒声が響いて駆けつけると、階段の下でピーターソン先生に詰め寄っているところだった。
「今夜はここに泊まるつもりか!? ダイアナの部屋で寝るつもりかい!?」
わたしはポカンとしてその様子を見ていた。
そういえばロンドンのお屋敷ではダイアナさまが不倫をしているなんて噂が流れていたんだっけ。
ピーターソン先生のようなお年寄りが相手というのは無理があるけど……
そうね……
フランクさまを殺害した犯人は、強盗とは限らない。
ダイアナさまの汚点を探るようなのは気が滅入るけど、そんなの言っていられない。
ピーターソン先生は逃げるように屋敷から出て行こうとする。
わたしは慌てて呼び止めた。
「先生、町まではどうやって……」
「ああ……迎えの馬車が来ることになっているんだよ」
「でしたら馬車が着くまでお屋敷の中でお待ちになれば……」
「いや、少し散歩がしたいんだ」
「ですが森には狼が……」
「銃を持っているから大丈夫だよ」
そしてピーターソン先生は黄昏の森へ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます