第7話「狼男さんを悪く言わないで!」

 夕方になって警察が到着し、奥さまはお部屋で、使用人は玄関ホールに集められて事情聴取が行われたのだけれど、それはひどく混沌としたものになってしまった。


 まずイリスが刑事に駆け寄って、探偵気取りで奥さまが怪しいと意気揚々と語り出し、それを聞いたラウルが激怒。

 ドリスはドリスで狼男が犯人だなんて力説するものだから、わたしもついカッとなって。


 そうこうするうち、いつの間にやら、わたしとラウルで。

「わたしは狼男さんに助けられたのよ!」

「狼男なんかいるわけない!」

 みたいなやり取りになって。


「奥様を悪く言うな!」

「あなたこそ狼男さんを悪く言わないで!」

 とか言い合って。


「狼男はお前なんか相手にしないさ!」

「庭師が奥さまと釣り合うとでも!?」

 何故かわたしとラウルがケンカしていた。


 メラニーは雰囲気に呑まれてオドオドしてオロオロして、知らない、わからないと繰り返すばかり。

 さすがにセバスチャンさまとハンナおばさまはきちんと応対していたけれど、警察の役に立つような話は特になかった。


 ただ、イリスが言った、ダイアナさまを疑う根拠が引っかかった。

「奥サマは不倫をしてらしたのよォ! ロンドンのお屋敷のメイドが言ってたもぉん! フランクさまが不倫に気づいてすっごく嫉妬してるってェ!」

 これがダイアナさまが口止め料を渡しておっしゃった“あのこと”なのかしら?

「前のレディメイドがクビになったのは奥サマと愛人の密会を手引きしてたのが旦那サマにバレたからでェー、旦那サマが奥サマに別荘での静養を勧めたのは、奥サマを愛人の居るロンドンから引き離したかったからでェー……」

 でもイリスはそのお屋敷で働いたことはなく、あくまで人づてに聞いたウワサ話。

 お屋敷に実際に勤めていたハンナおばさまは、そのウワサを否定した。


「それって奥様の主治医のピーターソン先生だろ? あんなのはただのデマだよ。

 こんな話、するのも馬鹿馬鹿しいんだけどね。

 そりゃあダイアナ様とフランク様は親子ほどの年の差だから、うまくいかないことも時にはおありでしたけれどね。

 ダイアナ様とピーターソン先生とでは、祖父と孫ってぐらい離れているんですよ。

 それなのに、どうしてそんなウワサが出るのやらって、ロンドンのお屋敷の使用人はみんな不思議がってたんですよ」


「でもでもあたし聞いたよォ! フランクさまが嫉妬する様子を、使用人みんなで陰でこっそり笑ってるってェ!」

「お黙りイリス!!」

 ハンナおばさまが急に怒鳴った。

 どうやらイリスは“使用人みんな”という言葉の中にハンナおばさまも含まれているのに気づいていないみたいだ。


「どんなのどうでもいい話ですわ! フランク様を殺した犯人は狼男に決まっているのですから!」

 またドリスが騒ぎ出した。

 どうやらドリスが生まれ育った村では、狼男は真剣に恐れられているらしい。

「だから狼男なんてホントに居るわけないってばァ」

 ドリスもしつこいけどイリスもしつこい。

「目撃者が大勢居ますのよ!」

「そんなの見間違いに決まってるわよォ」


 警官の中にドリスの同級生が居て、この人はドリスの話に同意した。

 別の警官は、隣村やもう一つ向こうの町では狼男なんて完全にジョーク扱いされていると言った。


「ワタシの生まれ故郷にも狼男の言い伝えはあるんだけれどね」

 ハンナおばさまがため息をつく。

「むかしむかしの飢饉の折に、人間の肉を食べてしまった人が呪いで狼男になって、飢饉が去ってからも人間を襲い続けてるって話でねェ。

 呪いはさておき飢饉があったのは本当だからね。

 ワタシの先祖にもそれで亡くなった人が何人も居るらしいし。

 だからあんまり冗談っぽく扱われてもね……。

 駅前の土産物屋で狼男の人形やお面が売られているのを見た時には、どうにも嫌な気分になったもんだよ。

 それで生活している人が居るんなら仕方がないんだろうけれどねェ」


 馬鹿にされたり忌み嫌われたり。

 どこへ行っても悪いイメージなのは変わりない。

 ハンナおばさまの故郷はここから遠いので、そちらの話は抜きにして。

 ドリスや警官たちの話を纏めると、おおむねこうなった。



○狼男は銀の武器でしか殺せない。

○狼男に怪我をさせるだけならば普通の武器でも可能だけど、例え心臓を貫いても致命傷にはならず、その傷はすぐに回復する。

○狼男に噛まれて死んだ者は、次の満月の夜に蘇って狼男になる。

○狼男は満月と新月以外の日には、人の姿、狼の姿、その二つの中間の姿に自由に変身できる。

○狼男は新月の夜には狼の姿になることができない。

○狼男は満月の夜には意にそぐわずとも完全な狼の姿になり、人の心も言葉も失う。



 これらが本当なら、狼男さんと満月の下で抱き合う夢は叶いそうにない。

 そして新月の夜には狼ではない顔を見られる。

 狼の姿も素敵だけれど、月のない夜にも逢ってみたい。




 事情聴取をしている間、他の警官はフランクさまの遺体を調べたり、お屋敷中の指紋を取って回ったりしていたけれど、犯人の手がかりは得られなかったみたいだった。

 凶器は持ち去られていて、遺体の傷口からわかったのは、その辺で売られているような普通のナイフではないということだけ。

 それと……馬小屋に二頭居るはずの馬が、一頭居なくなっていて、どうやら犯人が逃げる際に盗んだらしい。


 フランクさまの遺体を警官たちが運び出す。

 警察署で時間をかけてしっかりと調べるので、お葬式はずっと後になるって言われた。

 去り際に警官たちが、くすくす笑いながら話しているのが聞こえた。

「満月の夜に生き返るなら、それまで待ってればこのオッサンが犯人が誰か直接教えてくれるんじゃねーの?」

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