闇の中を歩いて
第1話「どうしてラウルにだけ」
警察は、犯人はすでに遠くへ逃げてしまったと考えて、村での聞き込みに重点を置き、別荘には夜の間だけ警備の警官が交代でやってくることになった。
わたしがこの別荘に着いてから二度目の夜が明けて。
穏やかとは言いがたいけれど静かではある、そんな生活が始まった。
ダイアナさまは部屋に一人でこもりきり。
用事があれば呼ぶといいつつ、呼ばれることは滅多になくて……
暇そうにしているとイリスやドリスに嫌味を言われ、だからってみんなの手伝いをしていると、いざ奥さまに呼ばれた時にすぐに駆けつけられなかったらどうするんだとハンナおばさまに叱られる。
そんな日が何日も続く。
レディメイド……
こんなんでいいのかしら……
バルコニーから半月を見上げる。
三日月の夜が懐かしい。
月はこんなに膨らんだのに、あれっきり狼男さんに逢えない。
次の朝。
イリスが、自分こそ本来のレディメイドだって言い出した。
「ハンナおばさまが言ったのは手違いの勘違いだったのよォ! アタシ、ちゃんとセバスチャンさまに確認したしィ!」
それならそれで別にいい。
そもそもおかしいって思っていたし。
わたしはイリスに例の宝石箱を渡して、普通のメイドの通常業務に入った。
口止め料の件については、わたしからは何も言わずにおいた。
窓を拭いていると、外が騒がしくなった。
メラニーが誤って番犬の綱を解いてしまったのだ。
薔薇の手入れをしていたラウルがじょうろを放り出して木の上に逃げて、イリスを除く使用人が総出で番犬を連れ戻した。
「他の使用人にはとっくに懐いているし、一番遅く来たわたしでさえ大丈夫なのに、どうしてラウルにだけ吠えるのかしら?」
「俺に野生のニオイがするからだろ」
「ふーん。どれどれー?」
「おわっ! よせよっ!」
ちょっとラウルをからかってみたら、じゃれ合いのようなケンカになって、何だか無邪気な人だなと思った。
ふと二階を見上げると、奥さまの部屋のバルコニーから、イリスがものすごい顔でこちらを睨んでいた。
昼食の時に、イリスがわたしに「ラウルを取るな」って詰め寄ってきた。
メラニーには「レディメイドの仕事とラウルといちゃいちゃするのの両方うらやましい」って言われ、ドリスには「フランク様の喪が明けるどころかお葬式もまだなのに!」と怒られた。
「わたしが好きなのは狼男さんなのに!」
ギャアギャアやっているところに、庭仕事を終えたラウルが入ってきた。
「馬鹿じゃねーの。狼男なんかが好きだなんてありえねーよ」
そんなラウルの態度をイリスたちは、ラウルがわたしのことを好きでヤキモチを焼いているんだなんて騒ぎ立てた。
ラウルが好きなのはダイアナさまなのに。
イリスがラウルに「アタシのことどう思うゥ~?」と、言ってはいけないけれどあまり頭の良くなさそうな質問をした。
「え……その……おしゃれだなぁと」
ラウルの答えは誰が見てもその場でとりあえず言っておけるようなものでしかないのに、イリスはまるでこの世で一番の褒め言葉をもらったみたいにニタニタした。
「じゃあドリスはァ~?」
「相変わらず真面目だなーと」
こちらはちゃんと元同級生って感じだけれど、やっぱり当たり障りのない感じでもある。
ドリスは無関心を装いながらも、自分で自分の真面目さに誇りを持っているからか、口もとに笑みを堪え切れなくなってる。
「じゃあじゃあ、クローディアはァ~?」
何でわたしまで?
ラウルと一緒に働き出して一週間。
仕事で話す用事は少なく、それ以外はもっとなく、性格を語られるほど親しくなんてしてないし、外見の話ならどう言われたって別に……
「いいニオイがする」
わたしはひっくり返りそうになった。
「ちょっとそれどういうことよオ!?」
イリスはさっきの照れから今度は怒りで顔を真っ赤にして大騒ぎ。
ずっとおとなしく待っていたメラニーは、自分の番はもう回ってこないなと、あきらめて寂しそうにしていた。
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