第6話「別に」

 昼食をダイアナさまのお部屋へ届け、ろくな会話もないまま追い出され、使用人ひかえ室に戻る。

 ラウルは食事を終えるとすぐまた庭へ出て行った。


 ラウルの足音が遠ざかるのを待って、イリスが椅子ごとわたしに擦り寄ってきた。

「ねえクローディアぁ、何でさっきラウルと一緒だったのよォ」

 体をすり寄せ、でもそれは親しみではなく、獲物を逃がさないための接近。


「ラウルってイケメンよねーェ」

「そうかしら?」

 言われてみれば悪くはないけど、狼男さんの方がカッコいい。

「アタシもう、一目惚れって感じィ? 着てる服とか野暮ったいけど、もっとオシャレさせてパリっぽくしてさぁ、ボサボサの髪もパリの理容師に切らせたら超絶モテモテになっちゃうかもォー」

「イリスってパリに行ったことがあるの?」

「ないわよ。悪い?」

「別に」


 こういう女の子は多い。

 この時代のこの国では女性の髪は基本的に長く、わたしやメラニーは仕事中は邪魔にならないように適当に束ねて、ハンナおばさまはアップに結って、ドリスはカッチリと三つ編みにしているけれど、イリスは外国の流行りだとかで首の辺りで一直線に切っている。


「けーさつの人が帰るまで仕事はお休みだしィー、今のうちにラウルのことデートに誘っちゃおっかなァー」

「やめてください!」

 怒鳴ったのは、ドリスだった。


「ラウルさんはイリスさんが考えてらっしゃるようなチャラチャラした方ではありませんわ!」

「あー。そーいやドリスって、ラウルと同じ学校に通ってたんだっけェ」


「前にも話した通り、あたくし、ここの近くの村の出身ですから。ラウルさんが転校してきた一年後にあたくしの方が引っ越してしまいましたけれど、ラウルさんのことは良く覚えていますわ。

 物静かで、他の男の子のようにギャアギャア騒いだりしなくって。

 あのお顔ですから憧れを抱く女の子は多かったけれど、家が遠いので放課後にみんなと遊ぶようなことはできなくて、昼でも暗い森の中へ一人で帰っていく後ろ姿が寂しげで……。

 あたくし、何度も声をかけようとしたのだけれど、とうとう最後までできませんでしたの」


「あァー! もしかしてドリスが汽車の中で言ってた、初恋の人に逢えるかもってェ、ラウルのことだったのォ!?」

「そっ、それはっ!!」

「うっげェー。ドリスがライバルぅ? マジ、うざいんだけどォー」

「失礼な! あたくしの想いはイリスさんみたいな軽いものではございませんわ!」

「ちょっとォー! 何よその言い方ァー!!」

「あたくしの愛はイリスさんのと違って本物です! 神様にかけて誓いますわ!」

「またソレぇ!? カミサマとかそーゆーの、今時、流行んないよォ!!」

「流行り廃りの問題ではありませんわ!」


 そんな話をしているうちに、わたしをはさんでイリスと逆隣りの席で、メラニーがもじもじし始めた。

「ちょっとメラニィー! まさかアンタもラウルが好きとか言い出すつもりィー!?」

「う……ご、ごめんなさい……」


「あらあらマアマア。じゃあワタシも!なんて言ってみようかね。もちろんワタシみたいなオバチャンが相手にされるなんて本気で思ってるわけじゃないけどね」

 ハンナおばさまがイタズラっぽく笑う。


「何よ、もォ! そろいもそろってェ! クローディアぁ、もしかしてアンタもォ?」

 イリスに釣られたみんなの視線が、一人だけ話に乗っていないわたしに集まった。



「ラウルって、ダイアナさまのことが好きなんじゃないんですか?」

 黙っているのが居心地悪くて、口を滑らせた直後にシマッタと思った。

 イリスもドリスもメラニーも「嘘でしょ!?」とか「本当なの!?」とか大騒ぎ。

 それはそうよね。

 わたしだって狼男さんに他に好きな人が居るなんて聞かされたらそうなるわ。


「……何となくそう思っただけよ……ハッキリとそう言ったってわけじゃないし、わたしの思い過ごしかも」

 とりあえずそう言っておくけど……

 人知れぬ月夜に稀なる色を見せるという、人目を避けるようなくすんだ色の蕾たちは、庭師の許されぬ恋心そのものにわたしには思えた。


「クローディアの言う通りかもしれないねえ」

 ハンナおばさまがため息をついた。

「ワタシはダイアナ様のご実家に長いことお仕えしてきたんだけれどね。

 ダイアナ様が子供の頃にね、どこでだか拾ってきた仔犬を部屋でこっそり飼っていたのがご両親に見つかって……

 これがまた汚い犬で、すぐに捨てられてしまってね。

 それでダイアナ様ってば、お屋敷の外に出たことすらろくにないのに仔犬を捜して一人で街をさ迷い歩いて、不良に囲まれていたところを身寄りもなく路上生活ストリート・チルドレンをしていたラウルに助けられたんだよ。

 その縁でラウルはお屋敷で雑用係として働くことになったんだ。

 もしかしたらその時からラウルはダイアナ様に惚れてたのかもしれないねぇ。

 で、だね、すごい偶然なんだけど、居なくなった仔犬の名前もラウルだったんだよ。

 まあ、そんなに珍しい名前でもないけれどね。

 でもそのせいで他の使用人から“犬の代わりに拾われた子供だ”なんて陰口を言われてねぇ。

 ダイアナ様も、よっぽど怖い思いをなさったのか、仔犬の方のラウルを捜そうとはなさらなくなったしね。

 ああ、ワタシはそんな陰口なんかには加わらなかったよ。加わるわけないさ。

 とにかくそれで、ラウルは遠くの別荘の仕事に移されたんだよ。

 管理人夫婦の養子になってたってのは初めて聞いたけれどね。

 あれから八年ぐらい経つのにまだダイアナ様のことを思い続けていたのかねぇ」


 ちょっと待ってオバサマ。

 そんなこと本人に許可なくベラベラしゃべらないでよ。

 でも……そっか……

 養父母の話をラウルが『別に』って言っていたのは、強がりでも無愛想でもなく本当に“別に”ってぐらいのさわりの部分に過ぎなかったんだ。

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