第5話「庭に一人で居るなんて」

 ラウルの姿はすぐに見つかった。

 昨夜はちょっと怖い人なのかなと思ったけれど、陽の光の下で薔薇の根もとにうずくまって丁寧に肥料をまいている姿は、ただの純朴な青年に見えた。

 今が、殺人事件が起きてから半日しか経っていないという状況でなければ。


「犯人がまだ近くに居るかもしれないのに、建物の中ならまだしも庭に一人で居るなんて怖くないの?」

「別に」

「薔薇が好きなの?」

「仕事だ」

 無愛想に答えつつ、口もとは少し緩んで見えた。


 わたしは庭いっぱいに連なる生垣を見渡した。

 蕾はたくさんあるけれど、開いている花はまだなさそうだった。

「変な色ね。病気なの?」

「もともとこういう色なんだよ」

「じゃあ、白薔薇がくすんじゃってるわけじゃないの?」

「葉っぱは元気だろ?」

「そうみたいね。珍しいわね、赤や黄色は良く見るけれど、灰色の薔薇なんて」

「セレーネ・ローズ。月の女神の薔薇。貴重な品種だ」


 灰色自体は嫌いじゃない。

 というか昨夜から急に好きになった色だ。

 狼男さんの毛皮の色だから。

 でも。


「お屋敷の庭園を飾るのには地味な気が……あっ、ごめんなさいっ」

「昼間見ても、な。陽の光は強すぎるから。けどな、花びらに独特の光沢があって、月の柔らかな光を反射するとブルーに輝いて見えるんだ」

「まあ! 青い薔薇!」


 そのすごさはわたしでもわかった。

 それは、わたしたちが生きている時代では存在しない薔薇の色。

 遠い未来に新しい技術でも誕生しない限り不可能だって言われてる色なのだ。


「うまく育てられればだけどな」

「難しいの?」

「とても」

「ふーん」

「ちょっとでも世話をサボるとすぐに枯れてしまうんだ」

「そうなんだ」

「肥料が多くても少なくても光沢が落ちるから毎日の細かい調整が必要だし、温度が高くても低くても弱ってしまうから一日がかりで日除けを作ったその日の夜に薔薇を暖めるために徹夜で焚き火をしたこともあったし、そこまでやっても雨の降りすぎみたいなどうしようもない理由で駄目になったりでうまく育たないことの方が多いんだけどな。

 今年はこれまでで最高の出来なんだ。

 だから、こんな時に花の世話なんて不謹慎って思われているんだろうけど、ここで手を抜くわけにはいかないんだよ」

 熱っぽく一気にまくし立てる。

 今までラウルには、無口な人なのかなって印象を持っていたから、ちょっと驚いた。


「大変なのね」

「セレーネ・ローズは奥様が子供の頃に品種改良で生まれてね、奥様のご実家の庭師が仕入れたけれど、咲く前に枯れてしまったんだ」

「まあ」

「奥様はとてもガッカリなされていたよ。この薔薇に子供時代の奥様は病弱な自分を重ねていらしたんだ。子供の頃って言ったって、俺から見れば大人だったけどな」

「ふーん?」

「病弱なのにおてんばで、無茶ばかりするお方だったよ」

「やけに詳しいのね? この別荘ってダイアナさまのご実家からは遠いのに」

「まあ……ね」

 ラウルの表情が少しかげって、触れられたくない空気を感じた。


「それで奥さまに頼まれてセレーネ・ローズを育てているの?」

 ダイアナさまは、結婚してからの五年間、おそらくはその以前から、この別荘を訪れてはいないはずなのに。

「いや、俺が勝手にやってるんだ。好きな花を植えていいって言われて、これしかないなって思って」

「ふーん……」

「奥様がいつお出でになってもいいように。ずっと待っていたんだ。俺も薔薇達も」


「ねえ、ラウル……」

「おっと、そろそろ昼飯だな」

「え?」

「この匂いは川魚のフライだな。それとキャベツとジャガイモのバター炒めだ」

 それは当たっていた。

 だけどわたしには、食堂に入るまではそれが正解かどうかなんてわからなかった。

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