第3話「食器を下げてきます」

 ベッドを這い出して考える。

 狼男さんはどんな部屋で眠るのかしら。

 人間の言葉を話すし、手も足も人間のように動いていたから、地面に穴を掘って巣にしてるってことはないと思う。

 狼男さんのベッド。

 想像してたら顔が火照ってきてしまった。


 メイド服に着替えて部屋を出て、階段を上りながら考える。

 狼男さんはどんな食事をするのだろう。

 牛や羊は食べるだろうな。

 野菜やパンはどうかしら。

 もしも人間を食べるなら、わたしはとっくに狼男さんの胃袋に納まっているはずだから、そんな心配は必要ないわよね。




 階段を上りきって二階に着く。

 フランクさまの遺体にかけられたシーツの周りを、ハエが嫌な音を立てて飛び交っている。

 昨夜、フランクさまの首を見て、イリスはナイフの刺し傷だと言い、ドリスは獣の噛み跡だと言った。

 わたしはすぐに目をそらしてちゃんと見なかった。


 答えはどっち?

 ナイフに決まってる。

 どうして狼男さんが疑われなければならないの?


 ……好き好んで見るようなものではない。

 わたしだって怖い。

 だけどわたしはシーツをめくった。


 昨夜イリスが嘔吐したことに改めて納得させられた。

 フランクさまの首の前後につけられた、ほぼ左右対称な半円状の傷は……

 歯形……

 確かにそんな印象だった。

 傷口はグチャグチャで、牙によるものなのかナイフを使ったのか素人が見ただけでは断定できない。


 狼男さんの口のサイズを考える。

 遺体の傷口は、彼の歯形にしては大きすぎるような気がする。

 背丈があれで肩幅があれくらいだから頭の大きさがこうで、だったら口は……

 恥ずかしがらずにもっとしっかり見ておけば良かった。


 ……大丈夫。狼男さんにはアリバイがある。

 わたしが証言すれば、大丈夫。




 奥さまは目は覚ましておられた。

 そもそも眠れていなかったのかもしれない。

 もうしばらく横になっていたい、食事は朝昼夕全てお部屋で取ると奥さまはおっしゃられた。

 レディメイドならば奥さまのおそばにひかえているのが常だけど、奥さまは、一人になりたい、用事がある時だけ呼ぶと言って、わたしを部屋から追い出した。

 奥さまは他にも何か言いたそうにしていたけれど、慎重に言葉を選んで結局は言わなくて、わたしは新人だから信頼されていないのだなと感じた。


 一番近い村までは遠く、警察署がある町まではさらに遠い。

 セバスチャンさまがお戻りになるのはたぶん夕方になる。

 つまりわたしはそれまで何度もフランクさまの遺体の横を往復させられる。


 奥さまの部屋を出て、少ししたら朝食を持って奥さまの部屋へ行き、お盆を置いたらすぐにまた部屋を出る。

 こんな時に一人きりで、奥さまは心細くないのかしら?

 旦那さまを殺した犯人は、屋敷の中は調べたけれど、まだ近くに居るかもしれないのに。


 わたしは、怖い。

 狼男さんにそばに居てほしい。

 夢で見たのは満月だった。

 昨夜はほんの三日月だったから、満月までは十日以上ある。

 そんなに待てない。




 使用人のひかえ室で朝食を取る。

 ラウルはさっさと食べ終えて、薔薇の世話をするために庭へ出ていった。

 わたしたちメイドは、犯人の指紋や足跡が残っているかもしれないのに掃除をするわけにもいかなくて、使った食器を洗った後はひたすらおしゃべりをして過ごした。


 話題は当然のように昨夜の殺人事件。

 イリスは奥さまが怪しいと言い、ドリスは狼男の仕業だと言い張る。

 ドリスの頭の中では狼男という種族は悪魔の一種みたいになってるらしい。

 ハンナおばさまは、ドリスと一緒にイリスの態度を咎め、イリスと一緒に狼男の存在を笑い飛ばした。

 メラニーはどっちつかずの態度。

 わたしはその全員にイライラしていた。


 狼男さんは本当に居るし、ドリスが言うような悪者じゃあない。

 だけどわたしが狼男さんに助けられたなんてここで言っても、きっとこの人たちは信じない。

 ドリスは狼男の悪口をやめない。

 アリバイの証言は警察の人が来てから、必要になるようだったら言えばいい。

「……奥さまの食器を下げてきます」

 わたしは席を立った。




 二階の廊下でフランクさまの遺体を見下ろして想う。

 フランクさまが夜中に別荘にやってきた理由は……

 奥さまを驚かせたかったから?

 驚かせて、喜ばせたかった?

 駅からここへの移動には、奥さまにも使用人にもバレないように辻馬車を使ったのかしら?

 仲の良い夫婦の姿をわたしは思い浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る