第3話「何がですか?」

 夜の森の中を狼男さんは迷うそぶりも見せずに進み、わたしはその後ろについていく。

 何もせずただ歩いているうちに、狼男さんの傷口は、まるで魔法でもかけたみたいに見る見るうちに塞がっていった。

「怖いか?」

「え?」

「だろうな」

「何がですか?」

「…………」

 形の良い筋肉が毛皮越しでもうかがえた。

 わたしはいつしか傷口でも進む先でもなく、狼男さんの背中そのものに見惚れていた。

 お屋敷までの道程で狼男さんは一度もわたしの方を振り返らなかったけれど、わたしの足音をしっかり聴いているみたいで、わたしが少しでも遅れたらその度に歩を緩めてくれた。


 やがて轍の残る道に出て、番犬の吠え声が聞こえ、木々の向こうにお屋敷の屋根が見えてきたところで狼男さんが足を止めた。

「後は一人で行けるな?」

「え……?」

 本当は、もう少し一緒に居たかった。

 狼男さんは犬が嫌なんだろうなと何となく感じた。


 引き止める理由なんてない。

 何かお話をしたいけど、話すことがあるのかと問われれば何も思いつかない。

 引き止めて許される理由がない。

 わがままを言って嫌われたくない。


「あの……またお逢いできますか!?」

 狼男さんは何も答えずに走り去ってしまった。

 獣の足の速度だった。

 一陣の風が木の葉を揺らした音だけが、いつまでもわたしの胸に残っていた。

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