第4話「何があったの!?」
お屋敷の門の前まで来て、わたしは番犬の吠え方が異常だと気づいた。
最初は狼男さんのニオイに反応しているのかと思ったけれど、狼男さんが帰ってしまってからもずっと吠えている。
ひどく胸騒ぎのする吠え声だった。
わたしは走り出した。
玄関の鍵は開いていた。
お屋敷の正面玄関は雇い主の家族やお客さまが通るためのもので、普通ならわたしみたいな使用人が使ってはいけないのだけれど、初めての場所で裏口を探す時間は今は惜しい。
扉を開けるとまずは吹き抜けのホールが広がっている。
ホールに明かりはなく、窓からのほのかな月光の中、階段の下にわたしのメイド仲間のメラニーとドリスがネグリジェ姿でうずくまっていた。
「二人とも大丈夫!? 何があったの!?」
けれどメラニーは脅えきって泣くばかりだし、ドリスは十字架を握り締めて何やらブツブツつぶやくばかり。
ただ、二人の視線が二階の廊下に向けられているのだけはわかった。
誰の部屋なのか豪華な扉の前で、コックのハンナおばさまがダイアナさまの体を支えている。
青ざめた二人の視線の先にあるものは、わたしの角度からでは見えない。
わたしは急いで階段を駆け上がった。
階段を上りきって、やっとそれが見えた。
二階の廊下に、首の辺りを血まみれにした中年男性が仰向けになって倒れていた。
「フランクさま!?」
ロンドンで一度だけご挨拶をした、わたしの雇い主だった。
わたしは目まいを起こして壁にぶつかった。
わたしの靴が何かを踏んで、ビシャリという音がした。
血溜まりからは離れているのにどうして?
それは吐しゃ物だった。
メイド仲間の最後の一人、イリスがうずくまって吐いていた。
「フランクさま……お、お医者さまを……」
「何言ってんのよッ! どー見ても死んでるでしょッ?」
わたしが絞り出した声に、イリスが引きつった声で怒鳴る。
「いったいどうして……」
「誰かに殺されたのよッ! 見てわからないッ!? 犯人がまだどこかに居るのッ!!」
「誰がそんな……」
「知らないわよッ!! 知るわけないでしょッ!? 悲鳴が聞こえたんで来てみたら死んでたのッ!!」
「警察を呼ばなきゃ……」
「どうやってッ!? 村まで馬車で何時間もかかるのよッ!? ここはロンドンじゃないんだからッ!! こんな山奥の別荘に電話なんかあるわけないじゃないッ!!」
何でわたしがイリスに怒られているんだろう……?
いえ、それよりも……
「セバスチャンさまは?」
「……知らない」
「お庭ですよ。番犬のところへ行っています」
ハンナおばさまが代わりに答えた。
「お一人でですか?」
「ええ」
番犬たちはさっきから狂ったように吠え続けている。
わたしは廊下の突き当たりの窓を開けた。
ダイアナさまのお祖父さまによって建てられ、ご結婚のお祝いにフランクさまに譲渡された森の別荘の小ぢんまりとした庭園。
三日月の明かり程度では植物の種類まではわからないけど、生垣と植木が規則正しく配置されている。
セバスチャンさまがロンドンから連れてきた五頭の番犬は一本の木の下に集まっていて、セバスチャンさま自身の姿は見当たらなかった。
一瞬、窓から飛び降りようかなんてことがわたしの頭をよぎったけれど、すぐに考え直して階段へ回り、ハンナおばさまの引き止める声を振り切って木の下へ駆けつけた。
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