第12話 スットコの冒険 2
スットコは象の二倍ほどもある巨大なセミの幼虫に驚きながらも、しかしすぐに心を落ち着かせました。この地下に来てからヘンなものは多く見ています。むしろセミの幼虫ならば、去年の夏、ドッコイと一緒に何度も見ています。
「ぼくは、『こうふく』を買いに来たんだ!」
とスットコは大きな声でセミにむかって叫びます。 ピタッ と、今までごうごうと鳴っていた、セミが木の根から樹液を吸う音が止まりました。
「ハアッ、ハッハッハッ」セミはおなかを振るわせて笑います。
ちょっとむっとしたスットコは「何がおかしいんだい!」とぷんすか。しかしセミの幼虫はそのスットコの怒りに一向動じる様子もなく、のんびりとした口調で「これは愉快だ。ニンゲンは『幸福』が買えると思っている」と笑うのです。
「お母さんがそう言ったんだい!」
スットコはそう言うと、じっとセミの姿を見ます。まだ象牙色をしたそのすべっとした肌は、実に美しいものでした。
「なるほどなるほど、お母さんがそう言ったのか。それでは仕方ない。何かの間違いだとも思うが、ここまで来てしまったのならば、間違いにしても立派なものだ」
それから一呼吸分たっぷり間をあけると、セミはこう言いました。
「地面の上の世界は、いいところかい?」と。
スットコはうーんと首をかしげました。
「そりゃあもちろん明るくて、広々としていて、こんな地面の下の下に比べればいいところなのかもしれないけれど……」
そこまで言うと口ごもります。
「本当にいいところかどうかはよくわからないなあ」
「それは困った」セミの幼虫は何年も地面の下にいて、最後の最後、地上に出るのです。『地上の世界』がいいところかどうかはずいぶん気になることでしょう。
「私はもう少ししたら地上に出るんだ。そのことだけを考えて、一人、この場所で待っていたんだよ。ニンゲンの君がそんなことでは不安になるじゃないか」
しかしセミは言うほど不安そうな声ではありません。けれどもそう言われればスットコもあわてます。
「そうじゃないんだよ、ただ、友達も誰もいなかったら、きっと地上だってそんなに楽しくないだろうって思ってさ」
そう言ったスットコに対して、セミはまたも愉快そうに笑いました。
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