第9話 地下の街


「スットコ、どこ行ったのぉ?」

 もう一度ドッコイはあたりを見まわします。幸いにも頭の上に乗っているアリのおかげで暗い中でも見通せます。

 周りは土で出来ていますが、まるで東京の地下街のように通路が何本も走っていました。けれど、ふたごのお兄ちゃんであるスットコの姿は見えません。 

 どうなっているのでしょうか? あの女の人を怒らせちゃったから、ひょっとしてスットコは食べられちゃったのかもしれない! と想像して、ドッコイはぶるるっとふるえます。


 おーい、と呼んでみてもその声はまわりの土壁に吸い込まれてしまいます。


 ドッコイは泣きそうになりましたが、何とか涙をこらえて、頭の上のアリをさすりました。

「お前がしゃべれたらいいのになあ。アリさん、スットコはどこに行ったと思う?」もちろんアリは何も語りません。しかし、その時です。足元をさっと何かの影が動きました。

「?」

 不思議に思ったドッコイはその影を追います。いくつかの角を曲がり、まるでその影はドッコイを誘うようにちらちらと姿を現したり消えたりします。

「まってよう」

 自分の片割れと別れた今、ドッコイにしてみれば「それ」がなんであれ、今となっては見失いたくありません。

 必死についていきます。ついていってついていって……その影は一つの角を曲がりました。

「うわあー!」

 ドッコイは思わず声をあげました。 そこは砂色の四角い建物が立ち並ぶ、「町」だったからです。まさかこんなところにこんな町があるなんて、という驚きもありましたが、それだけではありません。その町には住人もいたからです。

 それも大勢。

 町の建物と同じように、砂色の服を着た人たちが忙しそうにあちこちを歩いています。

「ひえー」

と言って突っ立っているドッコイの背中を、誰かが ドン! と押しました。

「だれだ!」

 ちょっとムっとして振り返ると、そこにはドッコイの胸までもない、墨染めの衣で全身を隠した「なにか」、いいえ「誰か」が立っていました。

 そうです、ドッコイをこの町まで案内(?)した黒い影です。


「キシシっ」

 と影は笑いました。

「おまえ、アタマにヘンなオツカイさま乗っけて、なにやってるんダ?」

そういうと黒い人影はくるくるとドッコイの周りをまわります。顔をのぞき込むと「ヘンなやつだな、ツノ、折れたのカ?」と問いかけました。

「ツノ??」 ドッコイはどきりとしました。

 そうです、ここは地下の世界です。どんな怪物がいるかもわかりません。先ほどの女の人は、文字通り「化け」ました。人があんなおっかない姿かたちになるなんて、映画の中でしか見たことはありません。 

「ツノなんて、最初からないよ」

 こわごわとドッコイは答えます。適当な嘘をつこうかどうか迷ったのですが、お母さんがいつも言っているように、ウソはウソを呼び込んで、果てがありません。それに、どう聞いても彼より幼いこの子の声に、悪気があるとは思えませんでした。

「へえ、ツノがないのか! ヘンなの! あれ、そういえばおマエ、なんで目に黒いところと白いところがあるんだ? キシシシ、おもしろ~い」

 そういうと人影はフードを取りました。(そういえば、町ゆく人たちも全員がフードを目深にかぶっています) そのフードから現れたのは、雪のように白い髪に白い肌、それに真珠のネックレスを立てたような半透明の触角、それからそれから、何と言ってもその「目」でした。

 

 赤いレンズがいくつも並んだ大きな目。

 

 その目についてドッコイは保育園の絵本で見て知っていました。それは、ふくがん(複眼)と言って、虫の目なのです

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