第3話 村の真実

 よく見れば血痕は一箇所ではなく神輿の上にマバラにあった。

 一体、この村でなにが行われている、何があった、この血が示す事実はとはなんだ?

 自分が知るうる知識を総動員して考える。これがこの村の隠したい秘密に繋がる手がかりである事は間違いない。

 何故、この村を守るために人が血を流さなければならない。何故、血を流すことで村を守れる。

 人の血を欲するものは何だ、人の血肉を必要とするものは何だ…。

 そもそもなんでミムが『ここにいる』んだ。

「そうか、つまりこの村は……」

「そうです、この村は妖魔と取引した村なんです。」









 彼の顔を見ればわかる。おそらくは彼はこの村の秘密にほぼ気づいてしまっているのだろう。 

 もう隠す事は無理だ…ならば私が出来ることは一つしかない。

「もう、隠す事は無理なようですからお話します。ただ、お話をする前に一つお願いがあります。」

「なんだい?」

 彼は飄々とした態度で聞く、若干不自然さがあったが平常心を保とうとしているんだろう。

 私は言葉を続ける。

「話が終ったら、すぐにこの村を出て行ってください。」

 これしかなかった。事実と交換に彼を村から追い出す。そうすることでこの村との係わりを断ち切り逃がす。 

 彼は深く押し黙っていた。

 どうするべきか考えているようだ。

 もしかすると出るつもりが無くてもわかったと嘘を付くかもしれない、でも私にはこれしかない、もうこれにすがるしかない。

 もう人が死ぬのを見るは嫌だから、だからお願いだから、お願いだからわかったと言って……。

 そうして彼は意を決したようにこう答えた。

「わかった……。」

 良かった、とその言葉は私を落ちつけた。

 では、何処から話すべきだろうか……。

「そうですね、まずはこの神輿がなんなのかから説明しましょう。これは妖魔に捧げるための人間の生け贄を乗せるためのものです。かつてこの村はあなたの言われた通り、行き場を失った人々が作り上げた村でした。行くあての無い村民は自身を奮起し結束し一つの村を作りあげることに成功しました。」

 それは大変な苦渋な作業だったらしい。何も無いところから始めたのだ、森へ行き気を切り出し、家をつくり、都市から出る際にもってきた作物の種を撒き、皆でお金を出し合い羊と牛と鳥を買い少しづつ開拓していったのだ。

「最初の二年は何事もなく、静かに村として一つの完成に向かっていました、そこで一つの大きな厄災が訪れたのです」

 とうぜんそれは――

「妖魔だな。」

「ええ、そうです、抵抗する手段を持たぬ私達は一方的に妖魔に村を蹂躙されました。普通ならばそのまま殺されてしまうのだろう。私達は誰もがそう思った…だがその妖魔は突然攻撃を止めてこう言ったのです。」 


 “人間よ、貴様らは生きたいか?”


「私達は当然、生きたいと答えました。生きる為に村を作りここまで築き上げたのですから。」


 “ならば、月が二分される日に我に若い人間に贄を捧げよ、そうすればこの集落を同族が襲うことは無いだろう”


「それから私達は妖魔に生け贄を捧げる日々が始まりました生け贄の選出法は公平に行うためくじで行っています。村人の何人かは逃げようとしましたが逃げれば見せしめに誰かが殺されます。そうやって恐怖で人を村に縛り付ける行事が始まったのです。全ては村の存続……いえ、私達が生き残る為に……。」

「少数を犠牲にしてなんとか命を繋ぐか……。」

 彼はそう呟く。

「私達はそもそも国から追い出されたようなものですからね、国に援助を求めるわけにも行きませんし、行ったところ援助は行ってもらえませんよ…あの国は自分を守るので精一杯のようですから…これで話すことは全て話しました。」

 彼の顔を見るなにかを考え込んでいるようだ。

 だが考える必要なんてないと私は思う。

 いや、考えてはいけないんだと思う。

 だから――

「さあ約束です村から出て行ってください、さもないと村人を呼びますよ…殺されるかどうかは知りませんがクーガさんでもきっと無事にはすまされないと思います、だから…」

 そうして彼を脅す、これ以上この村に関わってはいけないと……。

 そんな私を見てふぅーと息を付いて彼はゆっくりと言った。

「いや、肝心な事をまだ聞いていないな、一番大事な事をまだ聞いていない。」

「えっ?」

 そう私はまだ話していない事がある。それは出来れば隠しておきたかった…。でもそれは――

「君が何故、ここにいるのかという事だ。」

 口ごもる、それは出来れば知られたくないことだった。

 そんな私を見て彼は息を吐いて

「いいだろう、俺が当ててやるよ、俺の記憶が正しければ月が二分される日つまり半月は明日だ、この村は明日生け贄を捧げなければならない。」

 彼は続ける。

「ならば生け贄は誰なのか、君は今この村で我が儘を聞いて貰える立場にいるって言っていただろ、それは君が生け贄だからじゃないのか…。」

「そ、それは……。」

 彼は私がそうである事を理解してしまっている。

「前から気になってはいたんだ、君のその右目、それは生け贄になったことと何か関係あるんじゃないのか。」

 私は頭に血が昇るのを感じた。

 何故、何故、この前にいる男は私の願う事を全て踏み潰していくのだろう。

 巻き込みたくないのに色々手を回しても彼はその中に入り込んでくる。

 私は巻き込みたくないのに、それは―――それは―――あまりにも……。

「だったらなんだっていうんですか?クーガさんにはまったく関係無い話じゃないですか!知ったところでクーガさんに何か出来るんですか?無理ですよね、クーガさんは所詮一人の人間ですもん、そんな人が何を出来るっていうんです。」

 何もできはしない。

 一人の人間の力でなんとかできるのならばこの村はこんな状態にならずにすんだだろう。

「そうだな、所詮俺は一人の人間にすぎない…そんな一人の人間に過ぎない男だが……君を救える。」

 目の前にいる男は強い意思のある目をしてそう即答した。




「ふ、ふざけないでください!」

 何を言っているのか理解できなかった。

「ふざけてなんかいないさ、俺は君を救うことが出来る。」

 断言する力強さがあった。この男の言う事を一瞬でも信じたくなる。

 だが、それはしてはいけない事だ。

「それがふざけてると言っているんです!私は一度も救って欲しいなんて言ってませんよ!だいたい――」

「じゃあ、君は死にたいのか?」

 今度は哀しそうな目で私を見る。

 その憐れむような目が私には凄く痛く感じられる。

 死にたいか?なんて彼はいうが、そんな問題じゃあない。

 この村は私が犠牲にならなければ残る事は出来ない、そんな選択肢なんて私には無いんだ。

 前々回の生け贄の儀式の際、私は親友が生け贄になった。優しい子だった。最期の最期まで弱音を吐かなかった。

 でも、本当は震えていた。自分が死ぬのが怖くて、怖くて、仕方なかったんだ。でもそれを顔に出さず笑っていた。

 精一杯強がっていた、私は村の皆を守る為に死ぬんだって、その為なら私の命の一つぐらい惜しくないんだって。

 そう言って、逝ってしまった。

 そしてそのちょうど翌年の儀式の生け贄として私が選ばれた。だから、だから私は―――

「生きたいとか死にたいとかそういう問題じゃないんです、私がやらないと違う子が見せしめに殺され、違う子が新しい生け贄になってしまう。いや、もしかするとそれが妖魔の逆鱗に触れて村ごと滅ぼされてしまうかもしれない、ここから逃げ出すってことはそういう事なんですよ!」

 儀式の執行人は容赦無くそれをやるだろう、彼がそのような人物なのは周知の事実だ。

 彼はこの儀式で既に娘を失っている。それ故に彼はもう誰にも容赦はしない。

 そもそも私が生きるという事はこの村から逃げ出すということだ。そもそもこの荒野でどうやって私が生き残れると――

「そんな事はどうでもいい。」

「えっ……。」

 男が言った言葉は余りにも残酷に聞こえた。

「そんな事はどうでもいいんだ、俺が知りたいのはそんな事じゃあない、君は生きたいのか?それとも死にたいのか?」

 私が生きることが出来る。これから先を生きる事が出来る。それは――決して考えてはならない事だった。考えてはいけないと思っていることだった。

 だってあまりにそれは嬉しいことじゃないか、輝いていることじゃないか、ずっと暗闇の底にいればいいのに、叶いもしない光にすがりつきたくなる…

 だから、その言葉は嫌でも私に考えたくない事を考えさせるその言葉は私に―――

「生きたいですよ!生きたいに決まってるじゃないですか!!でも、でも私は私が生きる事で起きる事を背負って生きていく程の強さなんて持ち合わせてないんです!!!」

 生きたってその為に犠牲になる人がいる。この村は一つの狂気を持っているとはいえ、かけがえのない思い出もたくさん持っているのだ。

 友達と遊んだ思い出、仕事に大きな失敗をして怒られた思い出、親友と夢を語りあった思い出、父と母が無くなった日の思い出、良い事も悪い事もたくさんあった。

 そうして私はこの村と一緒に生きてきた、それを失うという事は自分が死ぬという事と同じくらい辛い。

「だから…無理なんです、私は生きている事は出来ないんです。だからお願いです、クーガさんに私を救うなんて事は出来ません、早くこの村から出ていってください。」

 だが彼はそんな私に優しく微笑んで

「生きたいんだな、ならば俺が必ず、君を救ってみせる。」

 強く、強い意思を乗せてそう言いました。

 この人を信じたい、私を今縛っているしがらみなんか全部壊して本当に救ってくれるんじゃないかと思ってしまう。

 本当にそんな事が出来るのなら…助けて欲しい、助けて欲しい。

「クーガさ――」

 私がクーガさんに声をかけようとした時、彼の後ろに一人の男が大きな棍棒を持って立っているのが見えて――

「危な――」

 クーガさんの後頭部に棍棒の一撃が振り落とされました。

 その直後、クーガさんは私の方に前のめりに倒れ掛かってきました。

 あまりに一瞬の事で私にはそれが何だったのか…認識するのに時間がかかりました。

「まったく、だから他所の人間なぞをこの村に入れることは反対だったんだ。」

 棒を持った男はそう言いました。

 クーガさんは倒れたままです。

「クーガさん!クーガさん!!クーガさん!!!」

 私は彼に何度も呼びかけます、でも彼はその呼びかけには答えてくれません。

「クーガさん!起きてください!クーガさん!!!!!」

 そうして彼の返事は無く私の叫びだけが倉庫に響いた。 

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