第2話 ミム

 そこは暗く、寒い空気の漂う場所だった。

 清潔さを保とうとしている為か、消毒薬の臭いが充満しており、最初はその臭いを吸うだけで気分は悪くなる一方だった。

 だが数日間過ごす内にその臭いにも慣れた。嫌なのは自分にその臭いが自分に染み付いているのではないかという事だ。

 私は、そこで待っていなければならない。

 「儀式」が始まるまでそこに待っていなければならいない。

 私のすぐ横には明日着なければならないドレスがある、白でコーディネートされたそれは美しいものであったが、私には自分の人生の終点がどのようなものか嫌でも教えてくる。

 明日そのドレスは真っ赤に染まる、純白なそれは赤い液体に染まり、そして黒く変色していく。それを思い描くたびに私は酷くここから逃げ出したい思いに駆られるが、それは出来ない、そしてしてはいけないことなのだろう。

 そんな中、ある男の事を思い出す。

 数日前、荒野で行き倒れていたのを見つけて。

 つい見捨てられず村民達に頼んで村に連れて帰ってもらったのだけれど。

 外見はどっちかというカッコイイ方だろうか、筋肉の付き方が綺麗でちょっと寝ている時は見とれてしまっていたぐらいだ。

 だが、一度起きて話してみるとそんな印象はどこいくのか……。

 一つ例を挙げてみよう、男はとりあえず私の部屋で寝かせているのだが 、その寝てるのが私の部屋だと言うのに、それにまったく疑問を持っていないようだし、私が何処で寝ているのかも気にしない。

 そもそも、男はそういう事には鈍い人間のようだ。

 むしろ、気づかないのだろうか、毎回、ここは君の部屋らしいけど君は何処で寝ているんだ?と聞かれたらと思って頑張って考えた言い訳があるのだけれど結局、それを使う事態には至らなかった。

 無頓着、無神経とでも言うべきなんだろう。 

 でも、そんな男と話しているのは面白かった。

 何気ない会話ばかりだったがもう先の少ない私にとっては今の状況を忘れさせてくれる何よりもの楽しみだった。

 そしてそんな男は今日、去っていった。

 良かったと思う。これ以上この村と関わらない方が良い。

 何より、明日には私はこの村からいなくなってしまうのだ。

 今日、無理にも出発してもらうつもりでいたので彼から出ていくと言ってくれた事はなんとも幸運だった。

 この村の秘密を知れば、決して無事には村から出して貰えないだろう。

 それは村が存続し続けれる理由であり、村人が何をしても守りたいものでもある。

 だから秘密を知ればいくら私が庇っても村人は男に容赦をしないだろう。

 狂気と正気はまったく違うようで実の所、コインの裏と表のようなものでしかない。

 正気に見える人間なんてものはきっかけさえあればすぐ狂気的な面を出してしまう。

 そんな事を思っていると右目が痛みだした…この右目が無くなってからどれぐらいたっただろうか……。

 これもその狂気の一つが成したものだ、外から来た人であるあの人までそのようなもの巻き込みたくなかった。

 だから――――これでいいんだ。

 そんなことを考えていた時、戸が開く音が聞こえた。

 村人だろうか?そう思って私は奥を戸の方を覗き込んだ。

 入ってきたのは体格からして男だろう。

「どうしたんですか?」

 と声をかける。

 でも、声をかけた後に気づいた、そこに居たのは村人などではなく……。








「どうしたんですか?」

 その声を聞いた時、俺は失敗したと思った。

 外見が倉庫な上に外から頑丈にロックされていた為、中に人などいるわけが無いと油断したのが仇になった。

「え、なんでクーガさんが……。」

 彼女……ミムは驚いている。

 いきなりな事であった為、自分も思考がまとまらない。

 時間を稼ぐには――

「それよりなんで君がここに?」

 そう返すと彼女は叫びだすようにして、

「質問に質問で返さないでください!なんでクーガさんがここにいるんですか?さっ き村を出てったじゃないですか……なん―――」

 俺は大声をあげる彼女の口を慌てて塞いだ。

 彼女の口からふがふがと音がするが構わずに力づくで押しこめる。

「とりあえず落ち着いてくれ、話すから……。」

 その後も少し暴れていたが、少し待つと落ち着いたようだったので手を離した。

 彼女が暴れた際に蹴られた大事な所が痛い。

 彼女は軽く呼吸しなおして

「じゃあ、もう一度聞きます、なんでクーガさんがここにいるんですか?村を出て行った筈ですけど……。」

 最早、隠すのは無理だろう、ならば素直に聞くべきか…。

「この村の隠しているものが気になってね。」

 彼女の顔が強張る。だがすぐに表情を戻して

「隠しているものですか?ここは普通の村ですよ、とにかく普通の村なんですから裏なんてものは――」

「いや、この村は普通の村じゃない…国に非公認に立てられたものだ。国が存在を知らない村だ。俗には『名無し』と呼ばれている。」

「な、なにを……。」

「別に珍しい話じゃない、今の王国が抱えてる大きな問題の一つだ、オロチ事件以降国は都市の防衛をさらに強化せざるおえなくなった。」

 俺は語った。

 オロチ事件、四大大陸の一つを統治するイングラ王国に突然、舞い降りた厄災。

 十魔獄と呼ばれる、最強の妖魔の一体オロチが王国の都市の一つを壊滅させてしまった。

 多くの鋼機が防衛に回ったにかかわらず、ろくな抵抗も出来ず全滅。

 この事件はかつてあったリヴァイアサン事件を彷彿とさせ、上位妖魔がついに王国へ の攻撃を始めたという事実に国中は驚愕し恐怖した。

 だが、この事件はオロチの変死という意外な形でこの事件は解決することになる。

 だが重要なのはその死ではなく、その事件が国に与えた影響だ。

 この事件を機に王国は首都と主要都市の防衛をさらに強化する政策を取る事になる。

 だがその傍らで犠牲になる者もいた、そう主要都市の防衛を強化したが為の小さな村や町の防衛まで手が回らなくなったのだ。

 とはいえ、新たな襲撃への備え全体に戦力を分散させて全ての都市が壊滅させれては元も子もない、苦渋の選択といえるものであった。

 もちろん、防衛対象に入る都市を拡大し、居住量を増やす等の処置を取っていたのだがたかだか十二の都市では総人口3億を超えるそれを許容できるわけも無く都市から追い出されて行き場を失った人は路頭に迷う事になる。

 そうした人間達が生きる為に集まり新たに一つの集落を作る。これがこのような村の誕生の経緯である。

 そのような経緯で出来た為に国に認識されていない村、また国の治外に出ようとしている村が多く作られている。

 これらの保護と取り締まり等の解決策は未だ取られておらず、国の抱える大きな問題になっている。

 だが、今までの例からみてそのような村は長持ちしない、1年を待たず滅びてしまう事もざらだ。

 なぜならばその村は妖魔に対する防衛手段を持たないからだ。

 だがこの村の発展具合はどうか、少なくとも5年…いや7年は持っている。

 この倉庫に来る前に調べたが防衛手段らしき手段を持っていないにも関らわずにだ。

「つまりだ、この村がこんなに繁栄している事はおかしいんだ……いったい裏に何がある。」

「え……それは、その……。」

 ミムは口を開けては閉じてを繰り返している。

 これでは話が進まない、ならばと俺はミムを押しのけた。

 そもそもなんで俺がここに来たのか…目的のモノを見る為だ。

 昨日の朝に見た神輿、必死にミムが俺から隠そうとしていたもの…それを―

「あ、だ、駄目、見ないで……お願い、見ないで!」

 ミムは必死にそれを見せないように自分を神輿から自分を遠ざけようとする。

 だがここまで来てはもはや自分は退くことなど出来はしない。

「ごめんな……。」

 せめてのお詫びとしてその言葉を彼女に言って俺はその神輿のようなモノを見た。

 外見上はただの神輿である、人を乗せれるようなサイズではあるが特別な装飾があるわけでもなく何の変哲も無いものに見える。

 ん、中央にある台座のようなものに黒い斑点のような…いや、いや、いや、いや、いや、いや、これは――

「これは血か……。」

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