シャドウミラージュ

古時計屋

第1話 クーガ・ラグナグ

 その時からずっと俺は考えていた

 死とはなんなのだろうかと

 生物ならば必ず死ぬそれは誰もが逃れられぬ宿命だ

 それは人にとっては最大の恐怖であり

 誰もがこれから逃げようとする

 だが人とは不思議なもので自己犠牲ということをすることがある

 自分がなによりも大切にしていた命をとあるきっかけを元に簡単に投げ出してしまうのだ

 人間とはなんて馬鹿な生き物なのだろうか…

 でもそれをしたものは後悔をせずに逝ったのかもしれない









 シャドウミラージュ  「贄の章」









 「み……ず……」。」

 その時、俺は死にそうなぐらい喉が渇いていた。

 なにせもう5日も食べ物どころか水すら飲んでいない。

 いくら体を鍛えてあろうがこればかりはもうどうしようもない。

 ここ数日間はありえないことばかり起こる。

 「あつ……い……死ぬ。」

 なんとしても近くの町までいって水と食料を手に入れなければ…。

 そう思い、歩いてきたがどこで道を間違えたのか…一日歩けばつく距離を既に5日も歩いているが未だに着かない

 ここは荒野だ、ただ日射しが淡々と俺を責め続ける。

 水分の補給も無くここまできた俺は完全に脱水症状を起こしていた。

 「あっ……。」

 体がふらつく、もう限界だ……眩暈が酷くなってもう歩けなくなってきた……。

 体の重さを支える力が俺に無くなってきている。

 あと少し、あと少しの筈なんだ……。

 そう思って体を動かしてからどれほどの時間が経っただろうか……。

 もはやこの思いが俺をこの世に繋ぎとめているような感覚だ。

 だが、哀しい事に体はそれを聞いてくれず、どんどん感覚を失っていき…俺は前のめりに倒れた……。

 顔に砂がぶつかったその環境の前でなんとなく予感めいたものを感じる。

 それが死だと認識するのにはそう時間がかからなかった。

 向こう側から俺に向かって死神が歩いてきているのを感じる。

 思えば短い一生だった。

 騙されて、嵌められて、追い出されて、拷問されてなんか楽しい!!っていう経験がほとんど思い出に無い。

 これは忘れているだけなんだろうか。

 自分の人生がこんな終り方するなんてどうやったら予想できたろう。

 無理だろう、きっと死とは自分の思いもよらぬ方向からやってくるものなのだ。

 でも、この結末はあんまりだと思う。

 そうして俺の意識は暗闇の底に落ちていった……。









 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 絶叫して俺は意識を取り戻した。

 急に大声を出したせいか呼吸がままならない。意識が宙を浮いていて不安定だ。

 自信を落ち着けるために深呼吸をする。

 大きく空気を吸って、ゆっくりと空気を吐く、少しづつ自分のパニックを起こしていた感情を落ち着ける。

 三度ほどそれを繰り返して、俺は周囲を見た。 

 机が一つに今、自分が寝かせられてるベッドが一つ、扉があって…どうやらここはどこかの部屋のようだ。

 自分を叩いて痛みがあるか確認する。痛みがある…よし、これは幻視でもないようだ。

 どうやらこの家の持ち主かそれに類する人物に行き倒れていたのを拾われたらしい。

 さて、どうしようか……と俺は迷う。

 実の所、やらなければならない事があるので出来るだけ早くここを出たいのだが、この部屋を勝手に出てもいいものなのかという変な考えに囚われてしまう。

 そんな考えを頭の中で反芻していた時、トントンとドアを叩く音がして扉が開いた。

 「あ、目が覚めたんですね。」

 子供……少女だろうか。14、5歳程度の子供に見えた。流れるような銀髪が目につく、それに気になるのは右目の眼帯だ。

 「良かったぁ、荒野の真っ只中であなたを見つけた時は本当にびっくりしたんですよ。」

 少女は安心したと息を漏らし、話を続ける。

 「酷い脱水症状を起こしてて、顔がもう真っ青、てっきりこのまま死んでしまうんじゃないかと、あ、ここは私の部屋です。ここ宿屋なんですけどそこに住み込みで働かせてもらってます。あ、それでですね……」

 なんというか話さないといけない事が多すぎて口が回りきっていない感じだ。

 「ちょっと、落ち着いて、今の話をまとめると荒野の真っ只中で行き倒れてた俺を君が偶然見つけて、自分が働いている宿屋につれてきてくれてそこで看病してくれていたという事でいいのかな?」

 「あ、はいそうです。それでもう三日も寝込んでたんですよ。」

 「三日も?」

 長い事寝込んでいたなと思った。

 自分は今とあるところに向かっている。

 出来るだけ、早期にそこへ向かわないといけなかったのだが、既にあの日から三日。

 自分が目的地に居る人間にその日に着くといった日だ。

 少し落ち込んだ。約束は破らないのが取り柄だったのに…

 「ぐっ……。」

 起き上がる。三日も寝ていたせいか、体が少し重い…とはいえ動かないわけにはいかない。

 「ありがとう、三日も寝ていたせいか体は結構、回復したみたいだ。」

 そうして俺は立ち上がろうする。 

 でもそれと同時に……



 ぐ~~



 とお腹の音がなった。荒野をさまよっていた期間が5日でここで寝込んでいた期間は3日で合計八日間、俺はなにも口にしていなかったのだ。

 そう気づいた瞬間、急に体の力が抜けていった気がした。

 「うっ……。」

 かなり、大きい腹の音だったので恥ずかしいやらなんとやら。

 俺は今、顔中を真っ赤にしてるのではないだろうか…さらに落ち込む。

 そんな自分を見て少女はくすりと笑って

 「今、食事を持ってきますね。」

 と部屋を出て食事を取りにいった。 





 八日ぶりの食事は胃に染みた。

 「おいしかったですか?」

 少女は三人分の食事を食べ終えた俺にそう聞いてきた。

 「ああ、ありがとう、おいしかったよ。」

 「良かったぁ、仕事が終ってから、女将さんの料理を真似てやってみたんですけど、味に自信が無くて大丈夫か心配だったんですよ。」

 うれしそうに彼女は言う。

 文句言うなら塩味が強いのが難点だったが食べさせてもらったのだから文句は言わないでおこうと思う。

 食事を取ったおかげか体に力が戻ってきた。これならばもう2日ほど休めば本調子に戻るだろう。

 彼女は体が万全になるまでここで休んでいていいのだと言う。

 予定地には速く着きたかったとはいえ、それから後の事を考えれば万全の状態でいかなければならない。

 手負いの人間など足手まといで逆にいい迷惑なのだろうから。

 だからここは彼女の言葉に甘えて休ませてもらうことにした。

 だが体がある程度、動くようになったのだから今日中に情報とついでに修理用の部品を集めてしまうのも手だろうか。

 ジャンク屋と情報に詳しそうな人の居場所を彼女に聞いて…そういえば彼女にまだ――

 「そういえば、まだ名前聞いてなかったな、俺はクーガだ…君は?」

 あっ、と自分が名乗っていない事に今気づいたかのように彼女は喋った。

 「ミムです。周りから、ボサつきなんて呼ばれてます、いつも寝癖つけて起きてくるからとか言われて…」

 そうしてミムと色々と聞きたかった情報を教えて貰った。  




 その日の夜



 とりあえずジャンク屋で目当てのパーツは見つかった。

 これを簡単に加工すれば壊れたトレーラーも直るだろう。

 体の調子もほとんど元に戻りつつある。

 「ちょっと早いが、明日にはこの街を出るべきか……。」

 任務遂行における期限はない、だがこれを放っておけば被害は増大し

 多数の人間の死者を出すことになるだろう、だから早期に解決しなければならないことは確かなのだ。

 だがそれを行う為に使っていたトレーラーが道中で壊れてしまった。

 なぜ壊れたのか?という原因は不明だ、大きな音がなるのと同時に故障が起こってしまっていたのだ。

 修理自体は自分の手で出来るものであったのは幸いだったのだが、修理に必要なパーツが足りなかった。

 そこで地図で確認できた一番近くの街に購入しに走ったのだけれど、どこで道を間違えたのか、数日もの間荒野を彷徨うハメになってしまった。

 そして、今現在に至るというわけだ。

 まったく自分の馬鹿さ加減が嫌になってくる。

 そんなことを考えていた時、トントンとドアを叩く音がした。

 「どうぞ……。」

 俺はそういってドアの向こうにいた人を呼んだ。

 ドアを開けてやってきたのはミムでその手には食事をもっていた。

 「夕食もってきました、前と同じで余りもので作ったものですけど。」

 「いや、むしろ拾ってもらって泊めて貰ってる上に飯までご馳走になってるわけだし、そんなことはなんとも思わないよ、むしろ悪いなぁと思うことはあってもさ。」

 そんな事を言うと彼女は慌てて

 「こ、これは、私が勝手にやりたくてやったことなんだし気にしなくていいですよ。」

 「でも宿の部屋を俺の為に取ってるんだろ、他の客もいるだろうし、部屋をずっと貸してくれてるって時点で君に色々迷惑をかけてしまっているんじゃないかと思うと申し訳ないんだ。」

 そういうと彼女は少し黙ってしまった……。

 この人、人の話を聞いてないのかなと呟いて、

 「どうしたんだ?やっぱり俺がいるといろいろ君に迷惑をかけているのか?」

 そういうとまた彼女は慌てて

 「そんな事ないですよ、実は今、ちょっとわけがあって村は私のわがままを聞いてくれるんです。だからクーガさんの宿泊代もタダって事になってます。」

 変わった話だ、彼女はこの村の中でも高い地位にいる人物の娘なのだろうか。

 「へぇ、どうしてまた。」

 「秘密ですよ、ひ・み・つ、女の子というのは秘密を持ってるのが一つのステータスなんですよ、知りませんか?」

 「じゃあ、そういう事にしておくか。」

 「そういう事です。」

 そうして彼女は笑った。

 でも気のせいだろうか…その笑う前のほんの一瞬、本当に一瞬だったが辛そうな目をしている気がしたのは……。







 次の日






 大きな音で俺は目を覚ました。

 外で何かが倒れたらしい、俺はまだ眠い体を無理矢理起して窓を開けて外を見た。

 神輿……だろうか?

 それらしきものが倒れたのを慌てて村民達が立て直している、何の神輿だろうとそれを覗き込もうとしたき―― 


 ドアが開いた。

 「あ、起きてましたか……。」

 ミムが入ってくる。慌てているようだった。いつもノックしてから入ってくるのに今回はそれが無い。

 「ああ、外で大きな音がなったんでそれでね、それで外で何が倒れているのか今、見ようと……。」

 「見たんですか!!」

 大声で彼女は怒鳴った。

 「い、いや、よく見えなかったから今、覗き込もうとしてて……。」

 普段、静かに話す彼女が急にそのような声を出したのに俺は驚いていた。

 その後、彼女は自分のあげた声に、ちょっとあたふたし始めて、すぅーと深呼吸して、良かったと安心したように言った。

 「とにかく、見てないんですね。」

 「ああ。」

 今は彼女のいう事に従っておいたほうがいいだろうか……

 その後、彼女が窓から外を確認して……ふぅ、と安心したように息をついて…

 「え~と、それじゃ、食事持ってきますね。待っててください。」 

 と慌てて下に降りていった。 



 「とりあえず今日、ここを出ていこうかと思う。」

 食事を終えて、ミムに一言そういった。

 ミムは不思議そうな顔で 


 「もう、体は大丈夫なんですか?」

 「ああ、おかげさまで、もう良い感じだ。」

 「どれぐらいの頃に出て行きます?」

 「昼を過ぎたぐらいかな、実はまだ仕事の途中でさ、ここに来る時に乗ってきた車の修理をしないといけないんだ。」

 ここを出る前に一つやらないといけないことはあるが、それをわざわざ言う必要はないだろう。

 「そうですか、良かった。」

 彼女は祝福するような、残念そうな、そのような複雑さを感じさせるような感じでそういったように見えた。

 そうして、俺は宿を出た。ミムに感謝を言って、もっていたお金を礼にと渡した。

 こういう好意にお金を返すというのもなんか嫌な気はするが自分にはそれ以外に感謝を示す方法が無い。

 最初は彼女もいらないと言っていたが、なんとか説得して貰ってもらった。

 あとは町を出てトレーラーを修理するだけなのだけれど…少し気にかかる事があった。

 それは確定的なものでなく予感程度のものだった。

 だが無視するにはあまりに気にかかるのだ……。

 何がかまではわからない、だがこの村を出る前に調べておきたい。

 そういう思いに駆られつつ頭を悩ませていた時、電子音が鳴った。

 俺の持っている通信機には通信以外にもいくつかの機能が付いている。

 その一つがこの現在位置の確認機能だ。

 地図と照らし合わせて、自分の位置を確認する事が出来る。

 機構的には磁気を応用したものらしいが、いまいち詳細が理解出来ていない。

 というか、あの爺はわけの分からん講釈を理解できる奴はいるんだろうか。

 寝たら、持ってる鉛入りの杖で頭を直突きしてくるし……あの野朗、いつか見てろ……。

 いや、変な雑念に囚われてしまった。

 まあ、とにかくこの通信機の昨日を使えば今、自分が大陸の何処にいるのかを知ることが出来ると。

 そして今の音が、その位置確認が終了した合図というわけだ。

 その画面を見る、俺の予想が間違ってなければ……。

 「ちっ……。」

 つい、そう舌打ちをしてしまった。

 嫌な予感というものは嫌なものであるほど悪い方向に転ぶもののようだ。

 「どうするよ、クーガ……。」

 そう自分に問いかける、見過ごすのは簡単だ。

 自分が関わればここの住人達は害の与えることにかもしれない、だが……別れ際の彼女の微妙な表情が妙に頭から離れない。

 「そうだな。」

 そう呟いて俺は一つのモノの確認に向かった。

 通信機の画面がアップされる……その通信機の地図にはクーガがつい先ほどまで居た村は存在しなかった。  

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