ようこそ、『 』へ
蒼凍 柊一
『 』
初めて『 』を意識したのは数年前。
今は高校生の俺が小学生の時だ。
そして、その日以来何度目かのソレを、俺は迎えていた。
たまにあるのだ。こういう事が。
地元ではそこそこ賑わっている、数少ないプールを泳いでいるときに、俺は『 』を意識した。
『 』ということは、いまやっている事と正反対の事。
呼吸をして、一生懸命に水を掻いて前に進む。
確かな水の感触と夏にしては冷たいその温度が俺の身体を包み込む。
ふと、思ったのだ。
――なぜ、自分はこんなにも生きているのに、人は『 』ぬのだろう。
と。
ふと泳ぐのを止め、立ち止まってみる。
抜けるような夏の青空を見上げ、次に周囲にある色とりどりのパラソルを見やる。
今、生きている。
なぜ、この先『 』なければならないのか。
寿命はまだあると思う。まだまだ先の事だと思うが、考えずにはいられない。
生きて、生きて。
友人との触れ合いがある。
それ故に温かさも冷たさも経験するだろう。
夢がある。
その夢を叶える為に、情熱をもってソレにあたるだろう。
俺に関してはそう一概に言えるわけではないと思うけれど、この先俺は普通に生きて、普通に『 』のだと思う。
だけど。
そこで思う。
『 』って、なんだろう。
意識が消える事?
目の前が真っ暗になること?
気絶したアノ時のように、気付いたらそうなって――眼を覚まさないこと?
そこまで考えて、いつものように総身に悪寒が走る。
全身の毛穴が開いて、滝のように嫌な汗が流れ出る。
まるで、その先は考えるな、と言わんばかりに体が警告を発するのだ。
答えはない。
『 』が我が身に訪れた時、何が起こるのかの確証もない。
確かめようがないのだ。当たり前のことだけれど。
そこまで思考し、俺は不意に思う。
いつもより、悪寒が長いな、と。
そして、俺は聞くのだ。
この先の夏、高校一年の最初の夏休み。
決して忘れない、あの夏休みの原因となったあの――『死』を。
「キャアアアアアアアアア!」
その悲鳴はプールに一緒に来ていたクラスメイトの悲鳴だと、直感でわかった。
「皆瀬! 皆瀬どこだァアアア!?」
悲鳴とは別の友人の声がしたので、俺は反射的にプールから出て、大声で返事をする。
「どうしたんだよ杉並!? それに、今の悲鳴は一体なんだ!?」
「皆瀬! ――早く来い! 一年さんがっ」
一年……こいつも同じく俺のクラスメイトで、読み方はひととせと読む。
一体なにがあったというのだろうか。慌てふためく杉並の後を、俺は急いで着いていく。
そして、俺の居たプールより少し離れた場所で、一年さんは『 』んでいた。
「へ?」
夥しい量の血が流れ出し、プールサイドを汚している。
そばに跪いて泣いているのは、一年さんの友人だ。
――意味が、分からない。なぜ、一年さんが血を流している? 俺が誘ったから? それとも、俺と一緒に居なかったから? なんで?
疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
周りの大人たちは大慌てをして何事か叫んでいるのが聞こえるが、俺にはその詳細は分からない。
なぜ、一年さんはこんなに安らかな顔をしているのだ。
ちがう、考えるべきはそこじゃない。
うるさい。心臓がうるさい。どうすればいい、一年さんは――春香はどうやったら、『 』なない!?
キーーーン、と高い耳鳴りのような音が、した。
これから始まるのは、なんの変哲もない物語。
語るに落ちる、そんな物語。
誰かに聞かせても、二日三日経てば忘れるような、そんな物語。
だけど決して俺だけは忘れていない。
高校一年のあの夏。
俺は一年春香を、俺の身体と引き換えにこの世に呼び戻した。
一番大切なものと引き換えに、二番目に大切なものを俺は差し出した。
『春香』と俺の――『” ”の実感』を。
儀式を終えた俺の隣で、奴が笑ってる。
意地の悪い笑みを浮かべて、奴は俺に言うんだ。
「ようこそ、『 』へ」
もう、俺の体は影も形もなくなろうとしている。
誰の記憶にも、記録にも残らないこの体。
一年さんの生にくらべたら、俺の身体なんてどうでもいい。
そう考えていたのに、奴はまたしても言う。
「お前の苦しみと、あいつの一生、どっちが長いのかなんて、言わなくても分かるもの。なぜ、お前は『 』を選ばなかったんだ」
考えて見れば、その通りだ。
いかに俺が春香の事が好きだからといって、なぜ、自分の未来永劫の苦しみと、いつかは消えるであろう失った悲しみを天秤にかけたんだろうな。
そんなもん、決まってんだろうが
「俺はな――死にたくないんだよ」
ようこそ、『 』へ 蒼凍 柊一 @Aoiumi
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