第3話 再会する世界
ここまでずっと走って来て最後の全力疾走
苦しい…息がもたない、気を抜けば脚がいう事をきかず今にも転倒しそうだ……
コオロギの1匹はもうすぐ降りて来そうだ。
俺から戸まではもう少し距離がある、先にアイツが降りてしまうぞ……
残り5m、僅かな差でコオロギが降り立ってしまった。
もう1匹まだ空中だが降りて来るまで時間は少ないだろう…
降り立ったコオロギは樹の方を見つめている…戸のサイズで侵入出来ていない。
どこかに隙間はないか?下は?滑り込んで入れる程空いていない、上は絶対無理だろう、そもそもアイツの上に登って入るなんてやりたくもないし、絶対死ぬだろう……
顔の横に隙間はあるがギリギリ1人分、打つ手が見当たらない…そうしている間にも、もう1匹はそろそろ降りて来るぞ……
待てよ、もしかしたら……
コオロギの斜めから俺は戸の隙間を探していたが、見る方向を変えれば……やっぱりだアイツはドアに引っ付いている訳じゃない、さっきより隙間は空いている。
ここなら行けるし、時間的にもラストチャンスだ。
戸とコオロギの間に向かって一気に走り出す。
コオロギの目は横に付いている為、俺は既に視界には入っているだろうが関係ない……止まればもう1匹のエサ確定だ。
壁と水平に走りながらコオロギと戸の間に飛び上がる。
その瞬間、コオロギは大きく口を開けた。
エサが飛び込んで来たんだから当然だろう……
でもな、喰われてやるかっての…
大きく開いた口…その上の部分を思いっ切り蹴りとばし、そこを踏み台にして方向転換する。
コオロギはビクともしなかったが、俺はようやく戸の中に入り込む事が出来た。
樹が心配して駆け寄って来るが「安心しろ大丈夫だ」なんて言う余裕は無かった……無理だ体力の限界だ。
「朝陽、大丈夫か?すまない俺が声を発してしまったばかりに……」
「それは…良いから……俺を…引っ張って、ドア…から離せ」
もし、俺と同じ考えでこっちに走って来るヤツがいたら、ドアをコオロギ2匹で塞がれている状況なんて最悪だろう、伝える事は伝えたしゆっくり呼吸を体力を回復させてもらうぞ……
樹に担がれコオロギ達の視界に入らない壁際に腰掛けた。
クソ…ゲームは楽しくやるもんだろぉが、こんな死ぬ目に合ってまでやるもんじゃないぞ……
生き返る為の賭け金が自分の命だなんて、等価交換かよ。
まだ戸の向こうからは悲鳴や怒号などの声が続いている…反対側の扉はどうなってたんだろうな?
「樹、外のコオロギは言ったか?」
「ちょっと見てくるな、待っててくれ。」
「とりあえず戸の前から向こうまでは見当たらないぞ、諦めてあっちに向かったらしい。」
こっちの安全は確保出来たな、後は残りの人達に出口を教えないと、もっと被害が出てしまう。
早く体力を回復しないと…
まだ走る程の体力は回復しない、助ける為に行ったはいいが死にましたじゃあバカ過ぎる。
樹に完全に居ないか再確認してもらっておこう。
「樹、上着脱いでそれをドアの外に出して振ってくれないか?本当に居ないのか確認する。」
「了解だ。
やってみるな…」
樹が上着を脱いで言った通りにしてくれる。
一緒に着いたのが樹で良かった……俺の用心深い性格も解ってくれているからこそ素直にやってくれる。
拓は大丈夫なのか?来る途中も見かけ無かったし、憎まれ口叩くヤツがいないと寂しいじゃないか……
拓の事を考えていた時、俺の後ろの壁の向こうから音が聴こえた。
「樹、上着を引っ込めろ!!」
俺の言った意味を即座に理解した樹は急いで上着を引っ込める…と次の瞬間、コオロギが戸の前に横から飛び出して来る。
1匹は残って居たか…
用心を重ねていて助かった。
あのまま外に出ていたら食い物にされていただろう……
「危ない事をさせてしまってすまなかったな。
しかしこれで、ここから出る事は避けた方が良いと言う事だけは解ったな…」
「ここで待つしかないのか、拓の事も気になるのに何も出来ないなんて……」
樹も同じ事を考えていたのか、一緒にいたのは数年と言えど仲間でもあり友達だからな。
「拓は絶対無事だ。
アイツは俺より頭の回転は良いし、ズル賢いからな…
答えに気付いてこっちにやって来るさ。」
「そうだな…信じて待とう。
アイツなら絶対やって来るって。」
ようやく立ち上がる位の体力は回復出来た。
向こうがどうなってるのか戸から離れて確認する。
「まだ、やって来るやつはいないか……
何人生き残れるのか?」
すると声が大きくなってくる。
こっちにやって来るやつがいる事は確認出来たが、コオロギが外に居る限り手助け出来ない。
向こうの扉の方に人影が見えた…男女2人で走って来ている。
声は出せない、さっきの俺と同じ目に合ってしまう……
「樹、戸の近くで上着を振ってくれ、2人で動いていれば気付いてくれるだろう。」
俺も上着を脱いで右腕で振る。
左肩を負傷してしまった為、傷口をいたずらに悪化させたくなかったからだ。
少しづつ近付いて来る。
コオロギが裏で待機しているのを思い出す。
このままでは2人が危ない……
「すまないが上着は振り続けてくれ、俺はコオロギの注意を引ける様に壁を叩く。」
コオロギはこっちを向いているはずだ、反対を向いて襲われる前に戸から離れた位置を叩いて引きつける。
戸から5〜6m程離れた場所で壁を叩き始める。
効果があってくれよ……
壁を叩いているので、外の2人がどこまで近付いているのか判らない、どうか無事にたどり着いてくれ…
「朝陽!!やっぱり信じてみるもんだよなぁ……
拓が、拓が来てるんだ…」
「憎まれっ子世にはばかるって言うだろ、アイツはそう簡単死ぬわけないだろ。」
もっとだ、もっと叩き続けて気を引くんだ。
拓が入って来るまでもっと強く叩き続けてやる。
「後少しだ……早く来い!」
戸に入って来る人が見えた……拓だ、間違いなく拓なんだ。
「樹……朝陽?」
「あぁ、そうだよ。
待ってたぞコノヤロー!!」
樹は感極まって泣きながら拓に抱きつく……
「よ……せ…よ……ハァハァハァ…
男に…抱きつかれる……趣味なんか…ないよ」
「良かった…無事だったんだな。
お前が死ぬとは一切思っていなかったがな。」
「なんだいそれ……少しは心配してよ。
死ぬ思いしてやって来たのに……」
「良い奴程早く死んでしまうそうだからな。
それを言ったら、俺ら全員が悪いって言い方になってしまうけどな。」
「最悪な友人だよ……でも、君達も生きててくれて良かった……」
拓に手を伸ばし、それを拓はガッチリ掴んで来る。
本当に良かった…しかし、こんな状況でもしっかり女性の手を引いて来たのが拓らしいや。
「樹、そろそろ離れてくれないかい?
君の圧迫からいい加減開放されて、ゆっくり呼吸がしたいよ。」
「あ、あぁ…すまん、お前の無事な姿を見たらつい感極まってしまってな。」
「僕は君の娘じゃないんだから、結婚して長い間出てって久しぶりに帰ってきた娘に言う様な父親のコメントしないでよ。」
「誰が親父じゃい!!
俺の感動を返せ!!」
「まぁまぁそこら辺しときな、もう一方が呆気にとられてるぞ。
すいませんね、俺らいつもこんな感じなんで……って君は…どこかで会っていないか?」
見た事ある顔だ……思い出せないなぁ
誰だったっけ?
「何言っているんだい朝陽、この娘はウチの課の人で、去年入社してきた浅川 舞(あさかわ まい)さんだ。
今年1度飲みに行った居酒屋で会ったろう。」
拓ナイス助け舟だ。
なるほどね、面識が合ったから素直に拓に付いて来てくれた理由か……
「すまなかった。
浅川さんもあの現場に居合わせたんだね?」
「はい…お昼休みに外食しようとした時に巻き込まれました。
気付いたら知らない部屋で……アナウンスが流れた後、拓さんに気付いて声を掛けてここに連れて来てもらったんです。」
「なるほどですね。
ところで拓はどこら辺に居たんだ?
ずっと探してたけど見つからなかったんだぞ。」
「僕は反対側の開いた扉の近くだったよ。
色々と部屋を検証していたら、早く出ろって声が聞こえて急いで出たんだ。」
「そうか、でも2人とも無事で良かった。
ところで外の様子はどうだった?
こっちに向かって来てる人はいるのか?」
「みんなこっちに向かってはいるけど、なかなか前に進めずにいるかな。
僕の近くで開いた扉はダミーで、中に入った人は最初の部屋と同じで天井に押し潰されていたよ。
それを見た人達は反対に逃げようとするけど、あの虫に追いかけられた人達に押されて、扉の中でプレスされたり、抜けて来たけどアレに食べられたりしていたよ。
僕らは早目にこっちに向かって走ってたんで、押されたりはしていないけど、虫に死ぬ目に合わされたぐらいかな…」
やっぱりダミーだったんだ……
話を聞いていた樹は青ざめている。
当然だろうな、早目にこの扉に向かっていたから難を逃れてそんな光景見なくて済んだが、逆に向かっていたら今頃はって想像してんだろう。
「しかし、まだこっちに向かってる人がいるという事は何か手助けしたいんだが、さっきやってた壁を叩くなんて少人数で向かって来てくれたから注意を引けたけど、人数が多ければ意味をなさないよな?」
「コオロギがこっちを向かないと思ったら朝陽が助けてくれてたんだね。
確かに大人数で来られたら難しいだろうね。
けど、何も出来ない訳じゃないよ。」
「何か手立てがあるのか?」
「あるよ。
だって僕って自慢じゃないけど体力には自信が無いんだよね。
そんな僕でも、ここにたどり着けたんだよ。」
確かに、拓は華奢な方だ。
たどり着く為にはかなりの体力が必要だった。
俺は入った途端に倒れ込んだし……
「それはね、これだよ。」
そう言うと最初の部屋に合った腕章を見せた。
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