2nd ritual 契約と契約

 

 ―――魔法学部魔法学科、その生徒数はおよそ100人。

 一学年に20人ほどが在籍し、さらに個人の学力と身体に宿る魔力量によってクラスを分けることになる。

 なぜ魔力量によって、そもそも少ない生徒を分別するのか。

 それには相乗効果と、この学園が国立というおおよそ2つの理由があるからだ。

 ひとつ、魔法には量や質、使える魔法のタイプなど個人差が生じる。また、魔法学的に術者の魔力量が多いと強力で、効果が絶大に期待できる魔法を使える傾向がある。

 強い魔法ほど周囲への影響は大きく、それより弱い魔法を呑みこんでしまったり無力化してしまうことさえある。海に一滴の砂糖水を落としても意味がないように、カレーに何を入れてもカレーであるように。

 しかし逆に、同程度の魔法は同調して相乗効果を生む可能性がある。お互いを打ち消し合わず呑みこまず、合致して新たな魔法になりうるのだ。

 もちろん、そう簡単に新たな魔法が生み出されるわけではないので、学生の間に自身の魔法の見極めや相性などを知るためにパートナーを組む者もいる。 

 ふたつ、この学園が魔法という希有な力を、如何に国益に繋げるかという目的を持っていることだ。単純である。少しでも確率と効率を上げているのだ。

 よって、魔力量の近い者でクラスを分け、さらにパートナーを組むわけである。

 日々魔法を磨き、新たな知識を求めることこそ魔法使いの真骨頂なのだ―――



                   ◇


 

 人生とは、常に困難の連続である。そんな名言ぽいセリフを心に刻みながら一人の男子生徒が学園内に息を潜める。

「まったく……、なんでこう1日に何度も追い回されなきゃならんの」

 ここは魔法学部内にある、学園の空調をつかさどる巨大室外機が並ぶ校舎裏。

 周囲に人の気配はないものの安心することはできない。なんせ相手は魔法科の生徒達だ。学園内での私的な魔法行使は禁止されてはいるが、タカオさんのあの本気の眼ではわかったもんじゃない。


 事の発端は1時間ほど前。

 留学生のアンジェラさんが、いきなりオレとキスをしたことが引き金になった。

 HRが終わると示し合せたかのようにクラスの、いや他の学年の男子生徒までがオレを取り囲もうと集まってきた。情報共有化社会って怖いわー。

「しーんーかーわーくーん? ちょ~~っとお話、いいかな~?」

 顔を怒りでヒクヒクとさせながら、タカオさんは気持ち悪い笑顔で近づいてきたが、冷静にお話できそうな雰囲気ではもちろんない。

「悪いねタカオさん。どうやら付き合ってる場合じゃないようで!」

 そしてオレは教室から猛ダッシュで逃げ出した。それはもう必死で。

 背中にはタカオさんからの心温まる罵声が飛んでくるが、ここで止まるわけにはいかない。

 今回は九堂さんに助けてもらえた朝よりも追いかけてくる人数が多く、手っ取り早く学園外に逃げようと思ったオレを出鼻から挫いてくれた。すでに校門には見張りと思われる生徒が配置されているという手際のよさ。

 しかたなく学部方面に戻ると場所を変えながら潜伏し、今に至るわけだ。


「まったく、いつになったら解放されるかねぇ」

 そもそもオレは何もしてないし、被害者じゃね?

 はぁ、と溜息をつきうんざりしていると、

『ピンポンパンポーン、魔法学科2年Ⅰ組新川、至急魔法実技室まで来るように。至急、至急ですよ~? 繰り返す――』

 この声は最上先生か。なんでチャイムまで声にしているのかはわからないけども、どうやら何か御用のようで。

 しかし、これでオレの退路、いや進路は決められてしまった。

 タカオさんももちろん聞いていたであろうが、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。オレは覚悟を決めて室外機の影から抜け出した。

 その時だ。

 身体を何かが擦り抜けた感覚、誰かがオレに魔法をかけた。

 この状況下ならば索敵系の魔法だろう。学生が使えるレベルとなると効果範囲は狭いはずだが、おそらく居場所は割れてしまった。つか魔法使うなし!

 あちらさんも本気となっては、もはや一刻の猶予もない。

「いたぞっ! 新川だ!」

 ぇぇぇえええ早すぎじゃないっすか!? もう少し余裕くださいよ。

 反射的にダッシュで逃げ出すが、追手は二人。タカオさんのおかげで鍛えられた逃走テクニックをもってすれば、逃げ切ることは簡単だろう。しかしながら目的地までには数多の追跡者がいるはず。如何にしてかいくぐるか……。

 追手を撒きつつ思考を繰り返しながら周囲を見渡し、教員トイレから侵入することにしたオレ。さっそく校舎に張り付き窓からの侵入に成功すると、トイレの外の気配を窺う。

 怖いくらいに静かである。いくら魔法科は生徒数が少ないとはいえ、タカオ軍団の気配がまったくといっていいほど感じられない。

 これはチャンスなのか、それとも罠なのか。

 教員トイレから魔法実技室までは、同じフロアにあるため100mほど。ここからは身を隠す場所もほとんどない。

 ふむ、答えはひとつしかないじゃないか。

 単騎特攻じゃ! それにいつまでもトイレに潜んでいたくないし。

 オレは勢いよくドアを開けると、同時に飛び出した。

 やはり気配は感じられない。実技室に近づいてもそれは変わらず、もはや角を曲がれば到着という時にオレは異変に気がついた。

 全身をピリピリと刺激してくる、さっきかけられた索敵魔法とは別のもっと強い魔力の感覚。

 レベルが違う、これは学生じゃない。どういうことだ? さらに呻き声や悲鳴のような声まで聞こえてきた。

 恐る恐る廊下の角から覗くと、

「や、やめて雫ちゃん! ってーいたいいたい!」

「雫ちゃん? こら佐藤、最上先生だろうがっ」

 そこには狂戦士が、もとい最上先生がタカオ軍団総勢20人を縛り上げる姿があった。全員横並びに正座させられながら、文字通り鎖で縛られている。

「ったく、キスのひとつやふたつで色めきたちやがって、このガキ共が。あん? こちとら○年ご無沙汰だってーの!」

 ああ、これはかなりご立腹のご様子。さらに縛る手に力が入ったようだ。

 最上先生は魔力を金属に変換する魔法が使える。もちろんどんな金属にでもというわけではないようだが、今タカオ軍団を縛り上げている鎖やオシャレなアクセサリーを具現化しているのをオレは見たことがある。

 しかしながらこれだけの魔法行使にはそれだけの魔力量が必要であり、最上先生の魔法使いとしてのレベルの高さがうかがえる。

「ガキのじゃれ合いに魔法まで使いやがって、お前ら覚悟できてんだろうなぁ?」

 ひええぇぇ助けてくれ、ぐすっぐすっと恐怖に慄く声やすすり泣く声が響く。

「大丈夫だよ雫ちゃん、すぐにいい人見つか――」

 ジャラジャラジャラと、さらに鎖が具現化され、タカオさんを縛る鎖は増えた。

 なんでそう火に油を注ぐの得意なのかな。

 オレは憐みの視線を友人に送る。彼女を怒りに狂わせたのはタカオさん、あんたやで。責任もって処されてください。そもそも最上先生の口調がヤバい。普段はもっと気だるそうにしてるが穏やかなんだけどな。

「いい人いい人って、そんな簡単に見つかるならもうとっくに私は結婚して子供もいて、旦那とは苦労しながらも育児や家事を分担して、休みの日には家族でお出かけとかしちゃって家庭をもった幸せを毎日噛みしめているはずなのっ! それが何よ、出会うのは学園の問題児ばっかり! 私の人生ハードモードなの?」

 どうやら最上先生の地雷原に踏み込み、そして盛大に的確に地雷を踏んでしまったようだ。

 間違いがないように言っておくと、最上先生の生徒からの評判は非常に高い。特に女子生徒からの人気は絶大で、魔法に関することだけでなくオシャレや料理、恋愛と幅広く相談に乗ってくれるとっても優しくて頼れる教師である。

 そんな人が修羅に堕ちてしまった。

 この悲惨な事件からオレはひとつ心に決めたことがある。女性との会話には細心の注意をはらって、間違っても不可侵領域には立ち入らない、と。

「そもそも転校生も転校生で、いきなり教室でま……っと、危ない危ない機密事項だったわ」

 ん? アンジェラさん何かキス以外にやらかしたのか? すぐ教室から逃げ出したからわからないけど、あの後何かあったのだろうか。未奈に聞いてみよう。

「さて、お前らの指導に戻るがその前に新川! いつまで隠れてるつもりだコラ!至急って言っただろうが」

 矛先が突然こちらに向き、思わずその場でビクッと肩を震わせてしまった。

「はい! すぐに参ります最上先生!」

 オレは迅速に最上先生の前に向かうと、そこで気を付けの姿勢をとる。中指はもちろんズボンの縫い目ラインに合わせている。

 刺激することなかれ、タカオさんの二の舞はごめんだ。

「本来ならお前もこの場で指導してやりたいところだがな、学部長がお待ちだ。すぐに実技室に入りなさい」

 学部長!? オレやらかしちゃったのかな、ただ逃げ回っていただけだけど何か大切なものを壊したとか? うーん見当もつかない。

「新川、すぐに向かえ!」

「承知いたしました!」

 再度尻をたたかれ、オレは実技室に入った。



                  ◇◇



「彼は私の下僕ですから、不思議なことではありません」

 来日したばかりとは思えない日本語で、少女はそんなことを話していた。

 我らが尊老、唯継学部長はアンジェラさんの発言に困ったような表情をしていたが、オレが実技室に入ると普段の恵比須顔に戻ってしまった。

 どうやら呼び出されていたのはオレだけではなっかたようで、既に話は始まってしまっていた。オレは急いで二人の傍に駆け寄る。

「新川君、お待ちしていましたよ。さっそくですが、身体に異常はないかね?」

「え? すこし追い掛け回されて疲れたくらいで、特に普段と変わらないです」

 学部長が心配そうに尋ねてきたが、オレは至って健康そのものだろう。

 しかし、その発言に驚いたのは学部長ではなく、隣にいるアンジェラさんだった。

「あなた、私に魔法をかけられて何ともなかったっていうの? 魔法は発動していたし、私が失敗するわけもないし……」

 造られたような顔って驚いた顔も綺麗なんだな、と思っていたが聞き捨てならないワードが耳に入ってきてしまった。

 マホウ? カケタ? オレニ?

 声も出せず、ただ驚くことしかできなかったが、表情から学部長が察したようで説明してくれた。

「新川君、どうやらあなたの魔力に乱れもなく、これといった異常も見られないようです。しかしながらアンジェラさんは教室であなたに魔法をかけた、しかも周囲に気づかれずに相当規模の大きな魔法を」

 大きな魔法? いったいいつ魔法を、と考えた瞬間、思い当たる節はひとつしかなかった。

「そうです、私も本人と最上先生から詳細を聞きましたが、あなた達が交わしたキスは何らかの魔法行使だったようです」

「何らかではないわ、従属契約を交わそうとしたの。でも、どうやら失敗してしまったようね」

 訂正するようにアンジェラさんが横槍を入れ、やれやれと首を振っていたが何かがおかしい。

 冷静になればなるほど、あの一瞬でそんなことが周囲のほとんどの人間に気づかれずに実行できるわけがない。現に魔法をかけられたことに当の本人が気づいていない。さすがにそこまで鈍感ではないと思うんだけど。

 そもそも人の意識に介入できる魔法なんて、映画やおとぎ話の世界でなら見たことはあるが、現実世界では見たことも聞いたこともない。

 そんな魔法をアンジェラさんはオレにかけたというのか? 

「どうやら信じられないみたいね、なんならもう一度この場でやってみせましょうか?」

「おいやめ、なに考えてんだ!」

 一歩オレに踏み寄るアンジェラさんに思わず身構えてしまったが、そこで学部長が止めに入る。

「アンジェラさん! あなたの魔法使いとしての実力は認めます。あなたと肩を並べる魔法使いはそうそういないでしょう。ですが、あなたは学生でここは学園。規律はしっかり守っていただきますよ。学園での様子はエリーサさん、あなたのお姉さんから報告するよう伝えられていますし」

 普段の柔らかい口調とは別に、厳しくアンジェラさんに注意する学部長だが、効果は十分にあったようだ。

「ふん、わかったわ。本国の姉様に迷惑はかけられないし、今は言う事聞いてあげるわ」

 ぷいっ! とそっぽを向いてしまったが反省しているようだ。

「まったく、10年前と変わらずブリジット家の方々には本当に手を焼かされますねぇ……」

 はぁ、っと溜息を吐く学部長はとても疲れて見えたが、過去にもこんなことがあったのだろうか。

「それにしても、あなたたちの魔力はとても似ていますねぇ。親兄弟ですらここまで似ることはないのですが……。実は双子さんですか?」

 唯継学部長は魔力の量や質を自身の眼にかけられた魔法によって判別することができる。学部長以外に使うことのできない唯一無二の魔法で、世界に大魔法使いとして名を連ねている。

 そんな魔法使いが冗談を飛ばしてきているのだから笑えない。

「唯継先生のお力も衰えたのですか? オレ達は今日初めて出会ったんです。世界にはこれだけ人間がいるのですから、たまたま偶然似通うこともあるのでは?」

 それなりに考えた素振りをして、オレは学部長の冗談に答えた。しかし、隣の少女は納得していないようで、

「だからー、さっきも言ったとおり、下僕なんだから不思議なことじゃないの」

 ぐいっとまるで飼い犬のリードを引くようにオレのネクタイを引っ張る。

 オレは下僕と言われて喜ぶ人種じゃないぞ! そいうのはタカオさんがお似合いだし、その光景が安に思い浮かんでしまった。

「離せって! まったくオレはペットじゃないんだ。それに初対面でいきなり下僕だなんて言われてもなぁ、いい気分はしないぜ」

 彼女の手から強引にネクタイを引きはがし、オレは遺憾の意を示す。

「あら、それは悪いことをしたわ、ごめんなさい」

 意外にもあっさりと謝罪の言葉が発せられ、それ以上追及することは難しくなってしまう。

 今日はなんだ? 厄日か占い最下位だったのか? もういろんな人に振り回されて疲れちまったし、早く家でゲームでもしたいなぁ。

「まぁ新川君に異常もないようですし、今日はここまでにしましょう。アンジェラさん、次に問題を起こした時にはお姉さんに報告しますからね!」

 はぁい、とむくれながらも返事をするが、容姿と相まって可愛いじゃないか。

 でもそんなことは口にしない、なんせ心に決めたばかりだからね。どんなことが地雷かわかったもんじゃない。

「それから新川くん、どうやらお二人は仲は悪くないようですし、彼女のこと頼みますね?」

 すんなりと終わらない一日のようである。



                  ◇◇◇

 


 実技室から出ると、そこには相変わらず正座するタカオ軍団がいた。

「アンジェちゃん! 新川に何もされなかった? 部屋に二人だなんてお兄さん心配で心配で」

 さっそくタカオさんがしゃべりかけてくるが、いろいろとおかしな点がある。

「ふふふ、残念ながらご期待に添えるようなことは何もなかったわね。心配かけてごめんなさい」

 まるでタカオさんを手玉に取るように、彼女は笑顔でそれに応えている。それを聞いたタカオさんは天使の声を聞いているかのように蕩けた顔をしたが、我に返ると今度はオレに、

「新川~、わかってんだろうな。今日のところはアンジェちゃんに免じて許してやる。次はないと知れっあふん!」

 どうやら最上先生が力を入れたようだ。やれやれといった表情の最上先生と目が合う。

「新川、今日の騒ぎの件だが、ブリジットに校内を案内することで許してやる。こいつらに頼むよりはマシだろうからな」

 タカオ軍団から非難の声があがったが、最上先生の一喝で静まる。そんなにやりたいなら代わってあげたいところだが、正座で縛られるのはご免だ。

「わかりました、さっそく行ってきますね」

 アンジェラさんを促して、オレ達はその場から離れた。


 そしていくつかの教室を回ったところで「おいしい紅茶が飲みたいわ」とお嬢様が言い出したので、オレ達は学食にやってきた。

 始業式ということで食堂は営業しておらず、利用者はいない。てきとうなテーブルに案内する。

 とりあえず自販機でパックの紅茶を買い、ストローを刺してからアンジェラさんに渡す。

「悪いな、高級な紅茶じゃなくて100円のやつだが」

 喉が渇いていたのか、チューと口をすぼめて飲む様子は何とも可愛らしい。

 ふと、HRの途中からえらい騒ぎになり、彼女にちゃんと自己紹介できていないことに気づき、オレは居住まいを正す。

「アンジェラさん、遅くなっちゃったけど新川裕だ。学部長先生に頼まれたってのもあるけど、何かわからないことがあったら言ってくれ」

 すっと手を出し握手を求めたが、なかなかその手は握られない。

 なにか汚いものでもついてたかな、と不安になって見てみたがそんなこともなくオレは再度彼女の顔を見た。

 すると、彼女の紅い眼がオレを射抜く。じーっと見つめられていたが、やがて彼女から溜息と共にその眼は放された。

「もう、本当に私の魔法が効かないのね、信じらんない。やっと魔法が完成しそうだったのに、これじゃただのキス損じゃない」

 アンジェラさんはそう言うと、オレの手をとった。

 身長同様、手も小さいが女の子らしく柔らかい。

「アンジェ。イギリスの名門ブリジット家の末娘よ。堅苦しいのはなし。わかったわね?」

 彼女の眼は綺麗な青に戻っていた。

「ぇ、お前また魔法使ったのかよ? いい加減にしろよ」

 オレはまたしても魔法をかけられたことに気がつかなかったようだ。

「大丈夫よ、もしかかっていたとしても害はない魔法だから。むしろ光栄に思えるのではないかしら? それに、お前じゃなくてアンジェ」

「害はないって、いったい何の魔法使ったんだ?」

「恋に落ちる魔法」

 ぶっふぉぉぉぉ。オレは盛大に吹き出してしまった。繋いだままの手にしぶきが飛んでいく。

「もぉ汚いなぁ、そんなに驚かないでよ。難しい魔法じゃないんだから」

 そういう問題じゃない。

「そんな魔法聞いたことないぞ? 本当に使ったのか?」

 どうやら教室でかけられた従属させるという魔法もそうだが、アンジェからは聞いたこともない魔法が飛び出してくる。そもそも本当に魔法にかかってしまったらどうするつもりだったのか。

 信用していないオレに、彼女は説明を始めた。

「ブリジット家は代々、古の時代から禁術として封印されているような魔法を使うことができる家系なの。禁術はね、術者に大きな負担をかけたり効果が絶大すぎたり、何らかの理由で封印されている魔法ね。そして、ブリジット家の長い歴史の中でも私は優秀で、いくつもの禁術を使うことができるのです。どう、驚いた?」

 えっへん、と腰に手を当て胸を張るアンジェさん。

 こいつ胸小さいな、未奈や九堂さんのスタイルがいいのは分かってるけど、それにしてもな。

 ぇ? しょうがないじゃない男の子だもん!

 いつまでも一点集中しているわけにもいかず、オレは答える。

「驚くも何もなぁ、実際にかかってみないことには何とも言えないし、しかもオレには効果がないんだろう?」

「問題はそれよ。どうして効かないのかしら? あと、私の家系のことは国家機密級の超重要事項だから絶対に口外しないでね」

 おいおいそんな機密事項を初めて会った人間に話すなよ。うっかり話ちゃったりしたら黒い服きた人に消されたりするのか?

「い・い・わ・ね?」

 ずいっと顔を近づかれ、思わずドキっとしてしまう。

 今日この数時間で、彼女のさまざまな表情を見てきたが、どれも洗練された、見る者を惹き込む力があるようだ。

「わ、わかったよ約束する」

 押し通されてしまったが、アンジェは強気な女の子のようだ。オレの周りには普通の女の子はあまりいない気がする。まぁみんな違ってみんないい、なんて言葉があるぐらいだから個性は大事ではある。

「――ほんとうはすべておわらせるつもりだったのに――」

 唐突にアンジェがつぶやいたが、オレは聞き取ることができなかった。

「なんか言ったか?」

「ん~ん、なんでもなーい」

 聞き返すもはぐらかされてしまった。うーん気になるが、こういうのにこだわるのは小さい男がすることだ。前にタカオさんが言ってた。

 そんな時、女生徒のかしましい声が聞こえてきた。するとアンジェは席を立ち、

「紅茶ごちそうさま。今日はいろいろとありがとう。私先に帰るね」

「案内はまだ終わってないが?」

 まだ聞きたいことがたくさんある。オレは引き留めるも、

「大丈夫、時間はたくさんあるから」

 そういうとジュースのパックを手に取ると、空中に投げた。パックは地に落ちることはなく静止し、アンジェが指をクイッと動かすとゴミ箱へ吸い込まれていく。

「ないすしょっと」

 彼女は颯爽と食堂を後にした。

 まったく、魔法使うなって言ってるのにな。しかも、パック入ったの缶ゴミの方だし……。

 オレは席を立つと、ゴミ箱に近づいた。

 

 

                  ◇◇◇◇



 今日の御役目もやっと終わり、オレは教室に鞄を取りに戻る。

 朝から逃げ回り、よくわからん魔法をかけられたりと散々な一日もこれでやっと終わると思うと、肩の荷が下りた気分だ。

 タカオさんはどうなったのかな? まぁ自業自得だしな、なんて思いながら教室のドアを開けると、

「おかえりゆうくん」

 そこにオレの席に座る幼馴染がいた。

 教室には誰もおらず、オレを待っていてくれたようだ。

「ごめん、待っててくれたのか? 遅くなった」

「うん」

 いつもより口数が少ない気もするが、ご機嫌ななめなのかな?

 待たせてしまっていた手前、急いで帰り支度をする。

 教室の窓が開いていることに気が付き、オレは閉めに向かう。

「これ閉めたら帰ろうな、どっか寄って昼食べてくか?」

 問いかけに答える様子はない。

「未奈、どうしたんだ?」

 窓を閉め振り返ると、胸に重みを感じた。

「ゆうくん、今幸せ?」

 唐突に未奈が抱き着いてきたのだ。

 可愛い子に抱き着かれて幸せではあるが、突然すぎて頭が追い付かない。

「ど、どうしたんだよ急に?」

 こんな時冷静でいられる男なんてはたしているのだろうか? 

 それに幸せと聞かれたら、毎日起こしに来てくれてご飯も作ってくれて、なにより可愛い幼馴染がいる今を幸せ以外なんと言えばいいのだろうか。

「答えて」

 真剣な表情で答えを求める、こんな未奈を見たことがない。

 オレも男だ、覚悟を決めて言うときは言わなきゃならない。

「し、幸せ、で……す」

 こんなん恥ずかしくて言えませんわー。

 しかし未奈はこれで満足だったのか、胸の中でいつもの笑顔を取り戻していた。

「えへへ~幸せですか~。じゃあ、もうひとつついでに」

 そのまま体重をオレに預ける未奈、必然と距離はさらに近くなる。

 思わず後ずさりしそうになったが、背後には窓がありそれ以上は下がれない。

 なんだこの雰囲気は! まさかまさかー!

「私とも契約してくれる?」

 はい? 契約とな? なんかどこかで聞いたな、と思っていたら、

「私、負けないんだから――」

 唇と唇が触れた。唇を奪われた。



                 ◇◇◇◇◇



 契約契約って、最近の女の子の間で流行ってるのか?

 それにしてもまさか、一日に2回もキスをされるとは。思い出しただけで顔が赤くなるのがわかる。きっと茹ダコだ。

 あの後、未奈はひとりで帰ると言って逃げるように教室から走り去った。

 よって、あれがいったい本当に契約なのか、はたまた別の意味なのか聞けずにいるが、なんとなく顔がにやけてしまう。周りに人がいなくて本当によかった。

 しかし疑問がないわけでもない。

 未奈は確かに契約と言った。しかも「私とも」と言っていた。

 それはつまり、アンジェとのことを知っていることになる。あの教室内でアンジェの魔法に気付いたのは最上先生だけかと思っていたが、しかもあのキスが従属契約の魔法だと見抜いていたことになる。

 正直、未奈の魔力量はそう多くはない。ふたつのクラスの丁度中間といったところだ。自身の使う魔法と系統が近い魔法なら、感知できたり解読できたりするらしいが、そもそもアンジェが使った魔法は禁術である。おそらく魔法の効果を解読できた人間は学園にいないだろう。

 考えれば考える程なぞが深くなる。

『ブーンブーンブーン――』

 ポケットの中でスマホがブルっている。画面を見ると未奈からだった。

 あんなことの後だと、なんだか恥ずかしくて出にくいが電話をかけてくるなんて珍しい。何かあったのか?

「あなたのおかけになった電話は、現在進行形で光合成をしております。ピーという発信音のあとに」

『あ、もすもすゆうくん? 光合成はいいからすぐに帰ってきて!』

 な、気まずい雰囲気を壊すための光合成がいらないだと?

 軽いショックを受けたが、気を取り直し質問する。

「何があった?」

『いいから早く! 10、9、8さんにーいち!』

 電話はそこで切れてしまったが、緊急のようだ。

 オレは今日何度目かのダッシュで、寮へ向かった。


 で、その結果が、

「ゆう遅ーい、お腹空いたー」

 オレの部屋にずいぶんと大きな猫がいた。それは♀で人型で金髪、さらに瞳はコバルトブルーとなんとなく高貴な猫だ。部屋の入り口では未奈がオロオロ。

 その猫は我が物顔でソファーの上でゴロリンとくつろいでいる。

 ずいぶんと可愛らしい猫ではあるが、オレはこんなペットを飼った覚えはない。

「おいアンジェ、ここで何をしている?」

 オレはその猫に声をかける。

 すると、

「だから、時間はたくさんあるって言ったでしょ?」

 フフフと不敵な笑みを浮かべた。やはり今日は厄日か占い最下位だったようだ。

   

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