ふたりのヒメと

ようすけ

1st ritual 再会から始まり


 空から雨が降ってくる。ボクは地面に横たわり降られるがまま。

 景色はモヤがかかっているのかおぼろげで、身体全体がピクリとも動かない。

 いったいどうしてしまったの、指すら動かないよ? はたして呼吸しているのかも怪しい。


 しばらくすると、モヤが少しづつ晴れてきた。夜なのかここは暗くやけに静か、建物などはなさそうである。辛うじて動く目で辺りを観察すると、すぐそばに人がいることがわかった。

 ずいぶんと小柄な少女で、腰まであるストレートの金髪、それを惹きたてるような黒いワンピース。キレイな女の子だなぁ、なんてボクはのん気で単純な感想を思っていても、それを伝える術はなかった。

 少女は両手を天にかざし目を閉じて、口元は何かずっと動かしているが、誰かとしゃべっているわけでもなさそうで、それはまるで呪文を唱えているように見える。

 ボクの目は少女に釘づけで、見つめていると不思議なことだが身体が動かない恐怖感を取り去ってくれた。まるでちょうどいいぬるま湯に浸かっているようで、次第に身体の感覚が戻っていくのがわかる。

 もう少しだけこのままでいよう、そう思った時、


――君にはもう必要のない欠片だ。これ以上、ここにいる意味も価値もない――


 ふいに、声が聞こえたような気がする。おそらくはそばにいる少女の声ではない。

 意味も価値もない? そんなことはないよ、ボクはもっとここにいたい! 

 必死で声に反抗するがきっと届いていないのだろう。

 もはや今では諦めている。

 だってこうだもの。

 この後、ゆっくりとまぶたを閉じるかのように意識は遠くなっていく。

 途中、一度だけ少女と目が合い


「――――――」


 少女は呪文ではなく、はっきりオレを見て、オレに向けて言葉を伝えているんだが、未だにそれはわからないままだ。

 そこでこの夢は終わってしまう。

 ただ、最後のその瞬間、少女は笑顔だった。



「……ぅくん、ゆーくーんっ!」

 目が覚めると、どことわからない暗い空間ではなく朝日が差し込む自分の部屋だ。もちろん金髪少女もいない。

 ググ~っと腕を伸ばし、一応身体が動くことを確認してから、

「…………おはよう未奈」

 今朝も起こしてくれた幼馴染に、精一杯の気持ちを伝える。

「ハイハイおはようございます! 朝ごはんできてるから早く顔洗って着替えてきてね。新学期早々、遅刻なんて許さないよ」

 サイドポニーを揺らして、制服にエプロン姿の彼女はオレの部屋から出ていく。


――松林未奈、オレと同じ学園、同じクラス、さらには同じ寮に住む少女である。

 オープンな性格と、どこか懐っこい顔立ち、軽くウェーブした髪をトレードマークのポニーテールにしてさわやかに、スタイルもいいもんだから学園では男子生徒からの人気も高い。

 彼女との出会いはなかなかに衝撃的だった。

 一年前、入学式の前夜、隣に引っ越してきた生徒がいた。ずいぶんギリギリなやつだな、長い学園生活だし仲良くできるといいな、と当たり前のことしか考えていなかったオレは、見事に出鼻をくじかれることになる。

『ピンポーン』

「! ハーイ」

 を、引っ越しのあいさつに来たのか? わくわくしている自分を悟られないように、冷静を装って玄関のドアを開けると、

「おそばに越してまいりました、松林と申します。どうぞよかったら、こちらお蕎麦です。おそばにだけにってね。……あれれ?」

 ジャージ姿の女の子がいた。

「……お、女の子だと!?」

 オレの耳にそんなダジャレは届いていない。なんせ視覚からもたらされた情報が衝撃的すぎるからだ。回せ回せ、何が起きたか思考を巡らせろ!

「魔法学科の寮が一軒家タイプだからって男子と女子が隣にとかはならないんじゃないのか普通? それに青春真っ盛りの若者だぞ、間違いが起きたらどうするんだ! しかも、こんなに可愛いときたらもう……、オレどうにかなっちゃうぞブツブツ……」 

「もしもーし? おーい?」

 引っ越しの挨拶にきた相手を放置してひとりブツブツ呟いていたようで、目の前で手を振られてやっと現実に戻ってきたオレ。

「うわっ!?」

 なんかとてつもなく恥ずかしい。

「あはは、キミおもしろいね! 新しい生活に緊張してたけど、キミがお隣さんなら大丈夫そうだ。改めまして、私は松林未奈、15歳です」

 先程よりもフランクになった未奈に、そして眩しすぎる笑顔にオレは無駄な思考を止めた。男だ女だの関係ない。お互い寮での暮らしで不安なところもあるんだ。しかもこの数分で心を開いてくれた彼女に、その気持ちを無下にするのは失礼ではないか?

「あ、どうもご丁寧に。新川裕です、同じく15歳」

 そこからはスムーズに、お互いの紹介は進んでいった。以前住んでいた所や近所のスーパー、なぜにジャージ姿? など話題は尽きず、初めて会ったとは思えないほど距離はなくなった。

「はぁーなんかずいぶんと立ち話ししちゃったね、楽しかったよ」

 その笑顔からウソでないことがよくわかる。この瞬間、その笑顔が自分だけのものだと思うとドキドキしてしまう。

「オレもだよ、松林さんとはずっと仲良くやっていけそうだ」

「松林さんだなんてやめてよー。未奈でいいからさ。しかし同い年で同じ学校同じ学部、さらにはお隣さんだなんて、まるで幼馴染みたいだね」

 幼馴染、それは誰しもが憧れる存在。幼い頃から時を共にし、秘密も共有しながら育ち、周囲からヒューヒューと仲を冷やかされ、恋愛に発展しちゃうかもしれないやつである。

 オレと未奈では、世間一般的に時間の共有が足りないのかもしれない。でも、ふたりの間にある幼馴染の定義にはそんなものは関係ない。今から築いていけばいいのだ。

「幼馴染か。いいんじゃないか? 友達よりも親密な感じがするし」

 オレもその響きが気に入ってしまった。なにより未奈ともっと仲良くなりたかったのだ。

「よし、じゃあ今日この瞬間から私たちは幼馴染だ! ゆうくん、よろしくね!」――


 ふと、初めてゆうくんと呼ばれた時のことを思い出しながら、ついでに短いスカートから覗く健康的な足を見て「うむうむ、今日もなかなかの御見足である」なんて考えていたら

「ゆうくん! あと10秒! 9、8、7……さんにーいち!」

「あわ、わわわ」

 怒られました。視線は眠気眼でごまかしたはずなんだけどなぁ。

 あわただしくも、新学期スタートである。



                  ◇



――国立総合技術革新学園、通称GTI学園はオレと未奈が通う学園だ。

 さまざまな分野の研究や技術発展を目的に創設された、日本きってのエリート校である。

 実際のところ、その『さまざまな分野』が多すぎて学生の数も多く、いったい何の研究をしているか常人にはわからないこともあるという。しかし、なんだかんだ現代日本を支える技術の礎のほとんどはこの学園から輩出されている。

 さて、そんなすご~い学園で、いったいオレたちは何を学んでいるのかというと『魔法』である。

 魔法学部魔法学科、日本に唯一存在する、魔法を研究しながら学業にも取り組むことのできるのがGTI学園なのだ。

 誰しもがこの学園で魔法を研究できるわけではない。その身に魔力を宿す者だけが入学を許される、言わば特別な学部である。

 現在日本に魔力を宿す者は約2000人存在し、15歳になるとこの学園に在学することになる。卒業後は国の研究機関や国の監視下にある企業に就職および管理されている。

 魔法は個人によって使用できる系統が違い、その効力も異なる。例えば火を具現化できる者でも、指先にライター程度の炎を出す者、はたまた火の玉を飛ばす者などさまざま。

 魔法を使える者は効力に関係なく事件や事故に巻き込まれやすい、またどんな能力がいつ国益になるかわからないので国から管理されるのだ――


 学園と寮の間は徒歩20分程度。晴れた空の下、ふたり並んで歩いていく。

 周囲は小さな街になっていてコンビニやファストフード店、書店、薬局などさまざまな店が連なり、放課後や休日には学園の生徒で賑わいを見せる。

「この坂道にて、2度目の桜ですな」

 未奈がご機嫌に桜を見上げながら後歩きをしていく。

 魔法学部の正門までの100メートルほどは、見事な桜トンネルになっていて、今年も見てください! と言わんばかりに桜が両サイドからせまってくる。

「上向いて歩いて、つまづいてもしらないぜ?」

「いいよー、そんなこと言っても、結局ゆうくんが助けてくれるから」

 なんだこの絶対の信頼は。そこまでいい男じゃないと思うぞ?

「言ってなさい」

「ちぇー」

 未奈の可愛く口を尖らせる攻撃。効果は絶大だ!

「はいはい、ご両人。朝からお熱いことで。きゃー」

「ほんとだよ……つーか、よくこんな坂道でイチャイチャできるな」

 正門に近づくにつれ多くなった周囲の学生たちから冷やかされてしまったが、実はこの坂道、かなりの急勾配になっている。魔法学部の校舎が小高い丘の上にあるからだ。

 なんでも、創設の際に「魔法使いたるもの、魔法に頼ることなかれウンチャラー」と提唱した偉い人がいたそうで、わざわざ体力をつけさせるために丘の上に造ったのだとか。

 この坂、体育の授業でも使われていて、急勾配を全力で登りきるという単純作業を繰り返すわけだが、授業半ばで脱落するものが多いことから『蹴落とし坂』とも呼ばれている。ちなみに、女子にその授業はない。

 そんな坂道を登りきると、見えてくるのは洋館、もとい魔法学部の校舎である。

 レンガ造り3階建てで、アーチ状に口を開けた出入り口や屋根に設けられたドーマ、丁寧にあつらえられた柱飾りなど、通常の校舎とは趣が違っている。

 初めて目にした時は、こんな素敵な場所で学べるのか! と感動すら覚えたものだが、1年通っているとそんな思いも薄れてしまった。

 さらに歩いていくと、出入り口の手前にある掲示板に生徒が集まっている。この日だけのクラス分けが貼り出されているから。

「おーいおふたりさん、今日も夫婦でご登校ですか。見せつけてくれるねぇ」

 そう小憎たらしく声をかけてきたのは短髪メガネの細身青年、佐藤隆雄である。

 入学当初から馬が合うやつで、よく一緒に飯を食べたり遊びに行く友人だ。

「おはようタカオさん、2年になっても軽い感じは変わってないね。安心したよ」

 イジリには相応の返事をしてやりました。

「チャラいとか言うなし! フランクなんだよ接しやすいんだよ!」

 いやチャラいは言ってないけど……。まぁいつもこのノリですごしていける、信頼できる友人だ。

「佐藤くん、今年も一緒のクラスだね、よろしく!」

 ひと足先にクラスを確認していた未奈がタカオさんに笑顔を向ける。きっと本当に心から喜んでいるのだろう。

「ううぅまぶしい、さすが彼女にしたい生徒グランプリの笑顔は格がちがうぜ。今年のパートナーはぜひ私でいかがです?」

 昨年男子生徒の間で開催された学園総選挙にて、未奈はどうやらグランプリに輝いたようで一段と男子生徒からの人気が高まった。彼女にしたい生徒部門以外に妹にしたい生徒、料理を作ってほしい生徒、アイドルユニット組ませたい生徒などの部門があったようだが、総選挙の存在をオレは知らなかった。知らなかった……。

 ゲシゲシと、オレの足に蹴りを入れてくれながらタカオさんが未奈を勧誘もとい口説いているが

「ごめんなさい佐藤くん。私のパートナーはこれからもずっと決まってるから」

 そう言いながらオレの横に立つ未奈さん。

 はぁ、とタカオさんだけでなく周囲の男子生徒からもため息が聞こえてきたと同時に、凄まじい殺気をはらんだ視線がオレに集まる。

 いやもうほんと痛い。視線で痛覚を刺激できるとか、ある種魔法だよ。

 よし、ここは――

 新川裕はにげだした。

 しかしまわりこまれてしまった!

 結構全力で逃げたはず!?

「新学期早々振られたからってオレに当たるなよ! それにパートナーの話であって、別に未奈とは付き合ってるわけじゃないんだぞ」

 オレは必死に周囲の野獣達へ訴えるが、聞く耳を持つ者はいない。

「うるせー! 毎日毎日イチャイチャ一緒に登下校したり買い物行ったり、噂じゃ飯も作ってもらってるらしいじゃねぇか! まさかそれ以上も、なんてことはないだろうな!」

 野獣達の先頭はさっきまでタカオさんだった生物だ。なかなかのリーダシップを発揮して群を統率している。というか、遊びにはお前も一緒に行ってるだろ。

 何度か抜け出そうと多少強引にも突破を試みたが、数が多すぎる。

 もはやこの場から逃げ切ることは困難、どうする裕!

「ふはは、ついに年貢の納め時がきたようだな新川よ。どうだ、この場で未奈ちゃんとのパートナー契約を破棄するというのなら見逃してやろう」

 なかなか悪魔が様になってきたタカオさん。周囲は怒りくるった野獣、もとい男子生徒達。完璧に包囲されてしまった。

 なにか手段はないかと見回した時、未奈と目が合った。そして

「がんばって」

 口パクでそう言われた。もちろん野獣達にもばっちり見られている。

「ぬおおぉぉ! この期に及んでまだそんな余裕を見せるとは覚悟ができたようだな新川。かかれ、かかれぇぇ!」

「余裕なんかねぇよ! くっ、もうこうなったらやるしかないのか」

 まさに敗戦濃厚の戦いの火蓋が落とされようとしたその時、救世主は現れた。

「あらあら、朝から下僕共が集まってなにを騒いでいるのです」

 コツコツとヒールの音を響かせて

「あらあら、新川くん。ずいぶん危機に直面しているようね」

 艶やかな黒髪は腰ほどで纏められ、キリリとした吊り目と泣きぼくろ、さらに抜群のプロポーションが大人の色気を感じさせる。

「ひっひぃぃい、鏡子さま! こ、これは違うのです、すべては新川が」

 さっきまでの悪魔はどこへいったのやら、その女生徒の姿を見るやタカオさんはひれ伏してしまった。もちろん周りの野獣達もだ。

 その女生徒からは逆らい難いオーラも感じる。まさに女帝だ。

「あらあら、言い訳はいらないわ。そうね、仕置きが必要かしら。あなたたち、屋敷の掃除を言い渡すことにします。学園での争い事は禁止と言っているでしょう」

「鏡子さま、どうかご勘弁ご勘弁を!」

 どうでもいいが、タカオさんなかなかの役者である。いつまで続けるのやら。

 男子生徒達に冷たい視線を送るのは、学園創設に関わった九堂一族の末裔、九堂鏡子である。学年はオレ達と同じく2年。

 九堂家は日本の魔法使い一族の中でも群を抜いて国に貢献してきた一族であり、魔法使いならその名を知らない者はいないと言っていい。さらに財界や政界へも影響力を持つ日本屈指の名家である。

 そんなスーパーお嬢様である九堂さんだが、お家の力で学園を牛耳っているわけではない。さっきの仕置きにしたって「屋敷でアルバイトをしませんか?」ということである。

 男子がひれ伏してしまうのは九堂さんの人格やオーラ、魅力に呑まれてしまうからだ。タカオさんがいい例である。

 なんとか事態が収拾したところで、九堂さんがオレに近づいてきた。

「九堂さん、助けてくれてありがとう。今日のはちょっとやばかったから」

 ふぅ、と一息入れてから九堂さんにお礼を申し上げた。

「あらあら、あの程度造作もないことですのに。学園の規律を乱す者は許せませんから。それに、礼を尽くすと言うのならば、今年のパートナーはわたくしと組みませんこと?」

「……は? オレと九堂さんが組む?」

 突然の申し出にぽかんとしてまった。予想外すぎてアホ面になってなかったか、すこし心配である。

「このわたくしに相応しい魔力の持ち主、あなた以外に誰かいらっしゃって?」

 確かにデータとしての魔力量だけならばオレは上位に食い込んでいる。九堂さんと肩を並べるほどに。

 ただし、魔力が多い=すごい魔法使いではない。なんせおれは……

「ごめんね鏡子ちゃん、ゆーくんは今年も私とパートナーを組むって決めてるみたいだから」

 いつの間にか隣にいた未奈が、笑顔で九堂さんに断りを入れていた。

 オレが九堂さんと組んでも迷惑をかけることにしかならないし、ここは話を合わせることにしよう。

「九堂さんごめん、誘ってもらえてうれしかったけど、今年もこいつと組むことにしてたんだ」

 未奈の頭をぽんぽんしながら、オレは九堂さんに再度謝罪した。

「あらあら、ずいぶんとうれしそうね松林さん。そんな顔をされては諦めるしかないじゃない」

 そういうと九堂さんは掲示板へと足を向けていった。

 ヒールのカツカツという音が凛々しい。

 いったいどんな顔してたんだと思い横を見ると、ニヘラ~とゆがみきった笑顔の

未奈がいた。そんなにうれしいのか? なんとなく、頬を引っぱってやりたくなり、どうせなら盛大にということで両方引っぱってみた。

「いいいいいいひゃいいひゃいぃっ、ふぁにふるおー」

 うむ、なに言ってるかよくわからないけど、可愛いからよし。十分堪能してから手を放すと、恨めしそうにこちらを見つめてきた。

「もー突然なにするのよ、お嫁に行けなくなったらどうするのよ」

「あん? たるんでたから気合い入れてやったんだよ」

 ギャーギャーとふたりで騒いでいると、落ち着きを取り戻したタカオさんが帰ってきていた。

「またこんな人の多いところで痴話喧嘩を。そんなに見せつけたいのかね君たちは」

 両手を挙げ、呆れ返ってるジェシュチャーをするタカオさん。周りの生徒からも失笑されていた。さすがにこれは恥ずかしい。

「はぁまったく君たちは。今年も3人同じクラスだってのに、お先心配だぜ。ところで俺たちのクラスに留学生がくるみたいだな。さっきからその話題で持ちきりだぜ。し・か・も、どうやら女の子らしい」

 ここがいちばん重要と言わんばかりに強調してきたタカオさんだが、留学生か。たしかに気になってしまう。

「どんな子かな? どこから来たんだろう? テンション上がってきたー!」

「そうだねぇ、外国から来たんじゃわからないことも多いだろうし、仲良くなれるといいな」

 まだ見ぬ留学生に、それぞれが思いを馳せながらオレ達は教室へと向かった。



                 ◇



 始業式も終わり、ついにHRがやってきた。

 クラスの、いや魔法学部の誰しもがこれから会うひとりの女の子に釘づけだ。

「ええ~皆さんご存知のようですが、今日から留学生がこのクラスの一員に加わります。さっそくですが自己紹介をしていただきましょう。ほら、入って」

 学級担任の最上雫先生(30歳)が、生徒から(主にタカオさん)の早くしろ的な雰囲気に負けヤレヤレといった表情で留学生を教室に招き入れた。

 扉を開いてスタスタと教室に入ってきた少女に、ほとんどの生徒が息を呑んだ。

 真っ白い肌にきっちりと手入れをされているだろう金髪は、両耳元で結ばれツインテールに。しっかり見開かれた両目にはコバルトブルーの瞳が。身長は高くないが、茶色を基調とした魔法学科の制服がとてもよく似合っていて、なんというか、その、幼さが可愛いのだ。

「おおー金髪だ」

「すごーい肌も髪もきれい」

「かわいい! こ、これはヤバいやつや」

「ギュってしたくなっちゃう~」

 これらはタカオさんと未奈の反応で、数えるほどしかいない人数のクラスがざわめいている。

 ちなみに、同じクラスだった九堂さんは窓の外を見ていて、あまり興味はないようだ。

 最上先生がパンパンと手を叩くと生徒達に落ち着きが戻り、それを見計らって留学生に自己紹介をするようすすめた。

「イギリスから留学してきました、アンジェラ=チャーチル・ブリジットです。これから共に学業に励む仲間となりますので、ぜひアンジェと呼んでくださいね」

 小さな身体から発せられる声はその容姿をさらに惹き立てていて、強気で自信に満ち溢れている。きっと心を奪われた生徒もいるだろう。すでにタカオさんはアンジェちゃんコールを開始しているし。

「日本に来た目的、それは私の魔法を完成させるため」

 そう言うとアンジェちゃんはオレを見据えてきた。あれ? 瞳の色がさっきと違うような。

 そうして

「いつか預けた私の力」

 クラス中の注目を集めながら歩きだし、行き着いた場所はオレの前。

 紅い瞳に魅入られたように、まっすぐと彼女を見つめる。

「返してもらうわよ」

 自然な動きでアンジェちゃんにネクタイを引かれたオレはそのまま前のめりになると

「そして服従を誓いなさい、ゆう」

 唇と唇が触れた。唇を奪われた。

 

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