第十一話 「残すもの」を選ぶ旅 前編

 ジョーディの革の防具を巻いた背中に、丈夫な縄で墓標がくくりつけられていた。シュレール人は人間と比べようのない腕力と強健さを持っているという話の実態を目の当たりにしたラッセルは少し驚く。墓標は石造りで黒に近い鉛色はいかにも重そうだ。

「人間なら二人がかりの仕事だな」

 さすがにジョーディにも墓標を背負いながらの力仕事は無理だろうと、腕力要員としてロインが同行することになった。こちらは要所が補強された革製の軽鎧に腰に鞘入りの大剣を吊るし、大きなずた袋を背負っただけの軽装だ。

「いいのか、備え役の隊長がここを出て」

 相変わらず黒い布を頭から被ったような出で立ちのイグニスが、蔦を編んだ靴の紐を直しながら訊く。

「オレにも休日はある。エレオーシュの警備隊もいることだし大丈夫だろ。人手は足りてるよ」

「むしろ、シェプルが真面目に仕事をするのか不安があるが……残る者に任せよう」

 道化師とジョーディは意味ありげに視線を交わす。いつも貴公子に手を焼いている二人がほんの数日でも解放されるのだ。残った者の苦労を忍びつつも、安堵の方が大きいだろう。

 残るはセタンとイトリ、ルフェンダ。義姉弟と魔女はそれぞれ旅の途中に目的の村に寄ったことがあるという。場所もはっきりわからない名も無き村だけに、彼らが一緒にいるのは心強い。

「じゃ、行こうか。夜までには到着しておきたいからな」

 門が開かれる。

 門番に会釈で見送られ長い橋を渡ると、橋の隙間から流れ落ちる水に覆われた街並みが姿を現わす。青い街並みは薄い水が常に石畳の地面を流れており半透明な建物群やその奥の霧から垣間見える渦巻く水の柱――水陰柱と相まって、絵画のような景色を構成していた。

 流れる水は靴底を濡らす程度。だが、蔦の靴のイグニスはわずかに顔をしかめる。

「ほんと、ここは足の裏が濡れていけねえ」

「靴でも買ってやろうか?」

 ジョーディが足を上げて見せる。その木靴はあきらかに人間にとっては固そうな上重そうだ。

「遠慮しとくわ。馬車や馬は使わないんだな」

 イグニスの言うことは、ラッセルも気になっていた。彼にとっては徒歩でこれほど長い距離を移動するのは初めてのことだ。

「二日あれば十分な距離だ。山道は歩き慣れていない者にはきついだろうが、そこは魔術師らしく知恵でなんとかするところさ」

 ――そうか。魔法があるんだった。

 ラッセルが使える魔法は未だに、明かりの魔法と火をつける魔法、覚えたての防壁魔法の一種くらいなものである。しかし道化師の召喚魔法やイグニス、セタンの魔法もあれば、馬車などなくてもどうにでも手段はありそうに思える。

「歩く旅も気楽なものだぞ。体力に自信があればな」

 と、イトリが珍しくほほ笑みを見せた。


 当然のことながら、ラッセルは体力に自信のある方ではない。旅慣れた者、体力に自信のある者が先を行き、一行は歩くごとにそれぞれの間が開いていく。旅慣れないラッセルはその最後尾だ。

「そろそろ休憩にするか」

 後ろを気にしていた道化師が丁度良さそうな木の陰に立ち止まり、そう声をかける。

 芸術的なエレオーシュの街並みはすでに地平線に消え、土が踏み固められた道は草原の中を走っていた。一度馬車がすれ違ったくらいで、分かれ道を北に折れたあとは旅人の姿ひとつない。木々や手入れのされていない茂みが次第に増え、行く手には緩やかな登り坂が見える。

 これから山道か、とうんざりしかけていたラッセルはほっと息を吐いた。

「どうせなら、道化師さんの召喚魔法で飛竜でも呼び出してひとっ飛びして行けばいいんじゃね」

 イグニスも少し疲れた様子で、手慣れた調子で木陰に布を敷く備え役たちに近づく。

「そんなことをしたら村の人たちに襲撃と勘違いされかねないだろう」

 ルフェンダが持参したハーブティーを人数分のカップに注ぐ。彼女が持ち歩く保温瓶もなにか魔法が掛けられているのか、沸かしたての湯のように温かい。

「じゃあ、飛竜の脚からでも『我々は敵ではありません。魔法研究所からのお使いです』って大きい紙に書いて吊るしたらどうだ?」

 セタンのことば通りの光景を想像してしまい、ラッセルは一口目を飲みかけたハーブティーに咳き込んだ。

「実用的かもしれないけど、それは嫌だ」

「それには乗りたくない」

 不評の声にセタンはむう、とふくれっ面をする。

 だが、彼が反論に口を開きかけたとき、耳障りなガサガサという音が遮った。風もないのに近くにある茂みが葉を揺らしたのだ。

 『こんなところに脅威があるとしたら、野盗か獣くらいだろう』――とは、道中に聞いた話だ。裏を返せば、野盗や獣は出現の可能性があるということになる。ロインは剣の柄に手を置き、魔術師たちは杖を握り、あるいは油断なくいつでも動ける態勢を作った。

「どうせネズミかなんかだろ」

 墓標を置いてあぐらをかいているジョーディはそう言うが、愛用の斧はいつでも掴める手もとに置いてある。

 少し待って、彼は動きのない茂みに向けて拾った小石を投げた。それが音を立てると同時に、大きな鳥が慌てたように葉を舞き散らしながら飛んでいく。

「よくある話だ」

 ジョーディの声を聞きながら、我知らず張り詰めていたらしいラッセルはほっと息を吐いた。

 そのとなりで思い出したように、ロインが細長い包みをずた袋から取り出す。

「忘れてた。一応これを持っておけ」

 と、包みをほどいてラッセルに渡されたのは一振りの模造刀。木刀にところどころ鉄板で補強し鍔をしつらえ、握りは革で巻かれ滑り止めがされただけの簡素なもの。ただ、長さや太さはラッセルに合わせたもののようだ。

 あの訓練を思い出し、拒否してもおかしくなかった――つい先ほどまでは。少しずつ魔力や技術も向上しているとはいえ魔法も未だほとんど使えず、生命の剣も持ち歩いているとはいえ使うのは危険過ぎる現状、模造刀でも頼りにしたいのがつい今の緊張状態を経験してからの心境だった。

「……まあ、杖代わりにはなるかな。もらっておくよ、どうも」

 少年のことばに、ロインはなにも言わず苦笑を返した。

 ルフェンダお手製のハーブティーとクッキーで少しの間休憩を挟み、再び一行は歩き始める。緩やかだが長い登り坂の上まで来ると、また草原の道だ。行く手にはさらに険しそうな山道が見えるがそれを無視すると、周囲より一段高いそこは眺めがよく、雲間から伸びたエレオーシュの水陰柱も細く薄くだが地平線の向こうに見える。清々しい気分で歩ける道中になっていた。

 歩いてしばらくして、商人と護衛を乗せた馬車とすれ違う。そこで聞き出した話によると、最近、盗賊らしき男たちがこの近くの森に出入りしているらしい――そんな噂話を村で耳にしたと。

「お前らのテストのときにいた盗賊と同じかもしれないな」

 馬車を見送りながらのイグニスのことばに、ひとつの単語が思い出される。

 〈黒龍の牙〉――

 生命の剣を狙った盗賊団であり、ジェルフ家を狙う盗賊団。

 ラッセルはそのことばに、不吉なものを覚えずにはいられない。

「なに、盗賊くらい心配いらないよ。ここには伝説級の魔術師も頼りになる戦士もそろっているんだから」

 そのルフェンダのことばにも、一抹の不安までは拭えない。

 ――きっと、気のせいだ。

 そう思い込むことにして、ラッセルは無心で歩き続ける。これまでも視界にちらちらと見えていた川が近づいているらしく、せせらぎの音が聞こえてくる。その川を流れて墓標は魔法研究所の湖に辿り着いたのだろうか。そんなことが脳裏によぎるころ、二度目の坂の上に木々に囲まれた建物の並びが見えてきた。

「変わってないねえ」

 心なしか懐かしそうなイグニスの声。

 歓迎するように鳥が鳴き声をあげ飛んでいく。その行く先には牧草を溜めておく古い塔のような建物の屋根の中心の尖りがある。旅人たちが風見鶏のようなシルエットに目を奪われているうちに、村の背後から少しずつ黒雲が立ち昇りつつあった。

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