第六話 生命無きものの「剣」

 ラッセルらが魔封迷宮を出たときすでに、魔法研究所の備え役たちは二人の男を捕らえていた。この男たちが魔術師を雇い、魔法で研究所の塔に続く通路を作り出そうとしたところ、魔封迷宮を探り当ててしまったという。そして同時に通路の入り口が洞穴内で使用された魔法と反応しラッセルやルフェンダらの班が巻き込まれた――というのがことの顛末だった。

「魔術師を逃がしたのが痛いわね。エレオーシュの警備隊に通報して指名手配してもらうけど、期待薄ね」

 魔法で作り上げた蔦で盗賊たちを縛り上げたテルミ教授が言う。

 魔術師の中にも犯罪に手を染める者はいる。魔法は強力ゆえに学院などでは資質のある者しか入れないが、流浪の魔術師に師事した者や独学で力を身に着けた者などは、魔術師は全員管理下に入ることになっている協会、〈アクセル・スレイヴァ〉の目を逃れて世間の闇に生きることもある。

「何を狙ったのかは後で尋問して吐かせてやるわ」

 テルミ教授の目は意味ありげにラッセルの手首の辺りに向かう。たとえ隠れていてもその魔力で筒抜けだっただろうが、そもそも少年には隠す気もなかった。それどころか返還する気で剣を渡そうとしたが、とりあえず、古城に戻って処遇が決まるまでは彼が持っていることになる。

「で、道化師さん。約束忘れてないよな?」

 イグニスは魔法の剣に興味を持たなかった。

 この野山の中では一段と場違いな備え役の一員である魔術師は、仕方なさそうに肩をすくめた。

「理論はわたしでなくてもいいだろう。実演するから好きに参考にするといい」

 そう言って、呪文を唱える。聞き慣れない魔法語の羅列は、召喚魔法のもの。

「〈マルフェン・ガロウズ〉」

 空中に光が収束していく。白い輪郭は巨大な姿を形作った。膜のように覆っていた光が薄れた下から現われたのは、魔封迷宮の中で見たものと少し似ている小型竜だ。こちらは白い鱗に覆われており、鋭い目は緑に輝く。

「へえー……凄い」

 素直に感心しているセタンと、何か納得したようにうなずくルフェンダとイグニス。イトリは平然と竜を見上げ、残りのラッセルらは半ば唖然としていた。

 さらに、彼らは信じられないものを経験することになる。

「じゃあ、研究所に帰ろう。盗賊たちは下、我々は上だ。大人しくしていないと落ちる可能性がある」

 縛り上げられたままの盗賊たちが顔を歪める。下とはどういうことなのか、それもすぐに実演された。竜が口を開き、二人の男を縛り上げる蔦の端を口にくわえたのだ。

 ――では、上とはなんのことなのか?

 その疑問もまた、目の前で解消される。

「それで上、ね」

 ルフェンダが感心したようなあきれたような声でつぶやく前で、小型竜はゆるやかな階段と見せようというかのように、長い尾を地面に下したのだった。


 テストから帰って夕食後、ラッセルは早めに自室に戻ってベッドに横たわった。その手にはあの刃のない剣の柄が握られている。

 その剣には他の誰も触れることはできない。試しに備え役の長である剣士ロイドが握ってみようとしたが、指先が触れた瞬間に火花が散り、手に軽い火傷をしたほどだった。

 自動的に、生命の剣グレイヴ・ループはラッセルが持っていることになる。いずれはどこかに封印されることになるとしても。

『わたしの意志ではない。この剣の在り方が持ち主を決めるのだ』

「わたしの意志、というが、その〈わたし〉は何者なんだ? 精霊? 魔族? 魔術師?」

 顔の上に持ち上げた剣の美しい装飾を眺め、まず好奇心はそこに向かった。書物で読んだ内容が正しければ知性の正体はそんなところになる。

『わたしは古い錬金術師に制作された。その錬金術師によれば精霊界から召喚された精霊らしい。それ以上のことは不明だ』

 どうやら召喚されたときには生まれたばかりだったらしく、何の精霊なのかどういう状況だったのかも不明らしい。

「名前もわからないのか」

『そもそも精霊に個人の名前をつけるという概念はないらしいからな。精霊は個が希薄だ。わたしがわたしをはっきり認識しているのは、こうしてこの世界に召喚され長年暮らしてきたのが大きな要因だ。今まで持ち主になった者にはわたしに名前を付けた者がいるが』

「一番長く呼ばれた名前は?」

 名前がないのは不便だろう。少年がそう問いかけると、考え込むような一拍の間があった。

『グレイヴ。あまり気に入った名前ではなかったが』

 ――ほかの名前で呼ばれたいのか。

 おそらくグレイヴ同様、安直にループと名付けた人間もそれなりにいたはずだ。そう思い至ると、ラッセルは今までにない名前を付けたくなった。

 しばらく考えて、口を開く。

「そうだな……ウイングでどうだ」

 ウイングは古代語で翼の意味を持つ単語である。柄を飾る形をそのまま名前にした、これはこれで安直とも言える名づけではあった。

『見た目のままか。案外、その名前で呼ばれたことはなかったな。まあ、好きに呼ぶがいい』

 どうやら、不評は買わなかったらしい。

『もっとも、この剣の実体からはもっと惨く昏い名前の方が合っているのだろうがな』

 生命の剣は、魔力を力に変える剣。だが、平然とその剣を使い続けられるのは数少ない、強大な魔術師だけだ。そして強大な魔術師は大概、この剣を使わなくても充分に目的を果たすことができるだろう。必然と、生命の剣を手にする者は魔力のそれほど高くない魔術師、あるいは魔力はあるが魔術師ではない者――そして、力を求める理由のある者になる。

 魔力が尽きた者は生命力を力に変えて剣を振るってきた。欲のため、あるいは家族や恋人、仲間のため、あるいは復讐や名誉のために生命力を限界まで使い切り、何人もの持ち主が剣を握りしめたまま力尽きたという。

『この剣に触れることのできる者は、生きる欲のない人間だけだ』

 それが、生命の剣に選ばれる者の条件らしい。すでに夜のとばりが降りた窓の外へ目をやりながら、ラッセルは小さく笑う。

 ――実に、僕におあつらえ向きじゃないか。

 そうことばに出そうとしたとき、窓の外で揺らぐものに思わず固まる。ここは古城の三階で、窓は通路に面したドア側の反対にある。この古城には浮遊魔法の使える魔術師くらいはいそうだが、それがわざわざこの部屋に空中から訪れるだろうか。

 思わず剣の柄を握り直し身を起こす。一時の気の迷いではない。確かに、窓の外に白いものが浮かんでいる。だが、よく見ると想定していたほど大きくはなさそうだ。

『誰かの使いか?』

 ウイングの声を耳にすると、その正体に思い当たる。

 立ち上がって窓に歩み寄ると、生命の剣の飾りにも似た翼が見えた。後から壁の穴にしつらえられたらしい両開きの窓を開くと、窓辺にフクロウが降り立つ。

 窓から見下ろすと、見上げる目と目が合った。それを確認するとフクロウは翼を広げ、下へ急降下たあと、ふわりと主人の肩に乗った。

『ついてきて欲しいらしいぞ』

 言われるまでもなく、ラッセルはすでに上着に手を伸ばしていた。


 読闇の中、古城の壁面に吊るされたカンテラの灯りが揺れる。少し冷ややかな夜の空気にさらに緊張感を煽られながら、二人の学生は巡回の備え役たちの目をくぐり抜けて塔へ足を速めた。ラッセルはルフェンダが差し出した魔力を遮断するというコートの下に、しっかりと剣の柄を隠している。

「キミには、わたしの秘密を知らせておきたい」

 それが少女が少年を呼び出した理由だった。

 ところどころひび割れた古い塔を見上げ、少女が手を差し出すと、重そうなドアが左右に引きずられるように開く。黒く口を開けたそこに彼女はなんのためらもなく侵入した。

『馴染みのある塔だ』

 ウイングのことばでラッセルも気づく。

「ここは昼間の……?」

「そう、キミも今日来た塔だよ」

 すぐにある螺旋階段を登る。小さな窓から差し込む淡い月明かりだけが頼りだが、ルフェンダは慣れた様子でよどみなく歩いた。ラッセルは慎重に足もとに注意を払う。

「もしかしたら、その剣と出会ったのはわたしのせいかもしれないからね」

 階段の途中にあるいくつかの扉を無視して、辿り着いたのは最上階。

 入り口と同様、扉は少女を迎え入れるように簡単に開いた。

 床の中央は透明な石板になった、円形の魔法陣が広がる。天井も同じような造りになっており月光が降り注いでいた。その明かりを受けているのはあの剣の台座ではない。

 氷か、あるいは水晶か。透明な塊がその内側に閉じ込めたものを浮かび上がらせている。

 見覚えのある、白い少女。顔は今ラッセルの前に立つ人物そのもの。

「これがわたしの本体。この身体はただの代用品なの。この身体を維持するのに魔力を使うから、ほとんど魔法も使えないわたし」

 塊の中の少女はぴくりとも動かない。胸に手を当てて空へ祈りを捧げているような格好で目を閉じ、まるで静かに眠っているようだ。

 ラッセルは近づき、それに触れてみる。冷たくはない。ただ、無機質な硬さ。

『やはり、魔女ルフェンダがきみか。かつてこの世界を支配しようと企て、古城を拠点としていたという〈世棄ての魔女〉ルフェンダ』

 剣のことばに、少女はなにも答えないまま少し寂しげにほほ笑んでいた。

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