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「さて、王子くん」
ホームルーム終了後の休み時間。
本日付で隣の席の主となった転校生が僕に声を掛けてきた。
「……なあ、その王子くんって?」
そういえばさっきもそう呼ばれた。
どうやら僕のことを指しているようなのだけれど、僕の名前と一文字も合っていない。第一、彼女は転校生であるので、僕の名前を知っているはずがなかった。
「あららら。王子くんは王子くんだよ」
「何で王子なんだ?」
「さあ、どうしてだろうねえ。ボクが付けたわけじゃないからね。その理由は、あのコに聞いてみないことには、どうにもね。それができれば、の話だけど」
「……あのコ?」
「ああ、いやいや。こっちの話さ。ま、折角こうして出会えたんだから、仲良くしようじゃない。それで、王子くん。一時間目は何の授業なんだい?」
教室の隅に貼ってある時間割に目をやる。
「一時間目は……ああ、数学だな。ほら、あそこに貼ってあるよ」
「ああ、本当だ。いやあ、ボクとしたことが気が付かなかったよ。ありがとうね、王子くん。キミとは仲良くやっていけそうだ」
「そ、そうか……」
口調もそうだが、ちょっと変わった娘だな。
「とにかく、よろしく頼むよ。何せ外の世界って初めてだから、分からないことだらけなんだ」
「ああ、分かった」
外の世界……ねえ。
箱入り娘だったりするのかな。
何にせよ、ミステリアスな少女である。
転校生を一人加えて、この日の授業が開始された。
といっても、それ以外に何か変わったことがあるわけでもなく、そこにあるのはいつも通りの日常。
マンガみたいに、何かおかしなことが起こったりはしない。
そんな日常が心地良い。
そして、待ちに待った昼休みがやってきた。
「お昼だね、王子くん。悪いんだけどさ、ボクまだこの学校のことよく分からないから、お昼を食べられるところまで案内してもらえるかな。この学校にも購買とかはあるんでしょう?」
隣の席の
「ああ、いいぞ」
机の上を片付けて、立ち上がる。
「あ、ふーくん。購買行くの? 私も一緒に行くよ」
「じゃあ三人で行くか」
「うん」
「よろしく頼むよ」
三人で廊下を突き進み、階段を降りて一階の購買部へ向かう。。
現場に辿り着いてみれば、既に多くの生徒たちが集っていた。
「あららら。やっぱり結構混んでるね」
まあ、昼休みの購買なんてものはどこの学校でもこんな風に混雑するだろう。
「前の学校ではどうしてたの?」
亜澄が問う。
「前の学校でも購買だったよ。あっちの学校ではもっと混んでたけどね。このくらいなら可愛いもんだよ」
「ふうん、そっか」
この学校でも、僕などは辟易するほどなのだけれど。
「この学校の購買は何だか小さいね。購買ってもっと、コンビニみたいに大きいものかと思ってたよ」
所詮、ここは学校の購買。
「ま、のんびりしてたらいいものも取られちゃうからな。さっさと行こう」
「そうだね」
「まあ、ボクは何だっていいんだけどね。食べることさえできれば、さ」
生徒たちでごったがえす中心部へ突撃。
僕は適当に見繕ってサンドイッチを二つほど確保。スタートダッシュに遅れるとこういった惣菜系が根こそぎ売り切れて、あんパンやメロンパンなどの菓子パン類だけで午後の授業を乗り切らなければならなくなる。
「私はこれにしようっと」
隣の亜澄も無事、昼食を確保できたらしい。
「ふーん……」
紫兵裏はというと、棚に並んだ商品を興味深げに眺めていた。
「どうした?」
「いやいや。向こうとは随分品揃えが違うものなんだね。ボクのお気に入りのドラゴンサンドとか、置いてないんだね」
「ドラゴンサンド?」
初めて聞く名前だ。
「そう、ドラゴンサンド。濃厚なお肉の味がね、ボクのお気に入りなんだ。ああ、そういえばあのコもあれ、好きだったね。……どうかなあ、キミなんかがあれを食べたら、しばらくは胃もたれに悩まされるんじゃないかな」
まあ、そういう商品名のサンドイッチがあるのだろう。
ああいうのって結構、地域差があったりするしな。その地方限定のメーカーとか。
まさか、本物のドラゴンを食材に使っているわけでもないだろう。
そういえば今朝、寝惚けて亜澄にそんな話をしたっけ。
「じゃ、ボクはこれでいいや。へえ、豚肉のハムか。向こうじゃあまり見ない品だね。ちょっと物足りない気もするけど、こっちではこれが普通だっていうなら仕方がないね」
そう言って
この娘は本当に、どういうところから転校してきたのだろう。
謎は深まるばかりだった。
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