5

「ねえ、王子くん」

 翌日、いつものようにまりんと二人で登校。

「……何?」

「何かわたしに、隠してることない? 隠してること、あるよね。いいや、あるはず!」

 ものすごい剣幕で迫ってくる。

 よく分からないけれど、すごい自信だ。

「か、隠してること?」

 その気迫に思わず気圧される。

 何のことだろう。

「それではここで質問です。一昨日と昨日、あなたはどこにいましたか?」

「どこに、ってそりゃ、まあ……。何というか……」

 言葉を濁す。

 一昨日は華良緋からひ宮殿。

 昨日は中心街。

 確かに、このことはまりんには言っていない。

 しかしそれは隠しているというか、単に言う必要がないことだと判断したからで――。

 僕は別に、まりんに咎められるようなことはしていないと思うのだが。

「質問を変えるよこの野郎」

「言葉遣い、乱れてるぞ」

「質問を変えますわよこの野郎」

 ……まあいいか。

 相当お怒りらしい。

「王子くん……一昨日と昨日、誰といたの?」

「あー、そのことか……」

 その日は、二日ともヴィラと一緒だった。

 このことこそ、誰にも言う必要がないというか、気恥ずかしいというか……。

「しらばっくれちゃって! ネタは上がってるんだよ?」

「え、そうなの?」

「そうなんだよ。情報提供者の朱里亜しゅりあくんには、素敵な駄菓子をプレゼントしておいたよ!」

 朱里亜しゅりあか。

 どこで情報を仕入れたのだろう。

 別にこそこそ隠れてたわけじゃないから、誰かに観られていても不思議ではないのだが。

「王子くん、華良緋からひさんと――」

 

「あら、ばれちゃってるなら、仕方がないわね」

 その時、まりんが歩いているのとは反対側――左側から、急に声が聞こえた。

「ヴィ、ヴィラ……?」

「で、出たね、諸悪の根源!」

「あらあら、ご挨拶ねえ。それはそうと、王子くん」

 敵対モードのまりんに、やんわりと微笑む。

 そして、次の瞬間。

「あっ!」

「なっ……!?」

 ヴィラはそのまま、僕の左腕に絡み付いてきた。

 それは何というか、非常に仲睦まじい男女がやるそれで。

 突如左半身を襲った柔らかい感覚と甘ったるい匂いに、思考能力が完全に奪われる。

「な、な、な……」

 その光景を呆然と眺めていたまりんもまた、思考能力を奪われてしまったようだ。

「さ、行きましょ、王子くん」

「ハ、ハイ……」

 さながらネクロマンサーに付き従うアンデッドのように、彼女の言いなりになる。

「そういうことだから、春羅木はるらぎさん」

「そ、そういうことってどういうことなのさ!」

 うん、本当にどういうことなのだろう。

 僕にもよく分からない。

「あら、何か問題がある?」

「あるよ。大ありだよ。ありまくりだよっ!」

「そう。でも、こっちにはないのよ。残念ながら」

 どこまでもいつも通りのヴィラに対して、狼狽しまくりのまりん

 ヴィラの方が二枚も三枚も上手だ。

 ……この二人、仲悪いのかな?

 今までそんな風には見えなかったのだけれど。

「えいっ!」

 すると、今度は右腕にまりんが絡み付いてきた。

「お、おい……」

 左腕ほどではないにしろ、右からも柔らかな感触と甘ったるい匂いが襲い来る。

 何だ、この状況は。

「王子くんはわたしが貰うの!」

 当人を差し置いて、勝手に所有権を主張する。

「あら、それなら私と勝負ということになるわね」

「そうだね」

 僕を挟んで、ばちばちと火花を散らす二人。

「相手がプリンセスだからって、わたしは引くつもりはないからね」

「望むところよ。どんなことでも特別扱いされるのは好きじゃないもの。でも春羅木はるらぎさん、本当に私に勝てる自信があるのかしら?」

「絶対に負けないよ」

「ふふ、面白くなってきたわね」

 完全に蚊帳の外である。

 今、この状況を誰かに見られでもしたら、妙な噂を立てられてしまいそうだ。

「な、なあ……。二人とも仲良く……」

「王子くんは黙ってて!」

「王子くんは黙ってなさい!」

 それまでいがみ合っていた二人が、こんな時ばかり息ぴったりにシンクロした。

「は、はい……」

 その剣幕に圧倒され、僕は口を噤む。

 しばらくそのまま、両側を女の子に挟まれたまま、通学路を行く。学校に近づくにつれて生徒たちの姿は増え、彼らが好奇の目線で僕たちを眺めている。僕だってそっち側の立場だったなら、こんなスキャンダラスで面白そうな場面に注目せずにはいられないだろう。ましてや、その片方はこの県のプリンセスなのだ。

「あ、ああー。もうこんな時間か。急がないと遅れちゃうかもなー。だから一回離れてくれないかなー」

「大体ね、わたしの方が王子くんとは付き合いが長いんだからね!」

「長いって言ったって、せいぜい一ヶ月くらいでしょう? それに、こういうものはね、長さなんかよりもその中身が重要なのよ。あなた、自分の部屋に彼を招いたことがあって? 私はこの間、一緒に部屋でお茶をしたわ」

「ぐぬぬ……」

 僕の請願を完全に無視して、二人のバトルは続く。

 しかし終始こんな感じで、まりんがヴィラに言い負かされている。

 同級生なのだからもっと仲良くすればいいのに。


「あららら。本当に楽しそうだね、キミたちは」

 突如、前方から響き渡った声。

 ついに知り合いに見られてしまった。

 しかし、今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。

「あなたは……どうして。そんな……」

 左側で、ヴィラが戦慄している。

 僕にしても、それは同じだった。

「あれ? えっと、あなたは、確か――。何さんだったっけ?」

 唯一、状況の深刻さを理解していないまりんだけが、数日振りとなるその生徒に呑気な声を掛けている。

紫兵裏しへいりかえる……」

 あの時、消滅したはずの紫兵裏しへいりかえるが、僕たちの前に立っていた。

「うふふ。そう、ボクだよ、王子くん。それに華良緋からひさんも。久し振りだね。ああ、それから春羅木はるらぎさんだったっけ? いやあ、あの時は本当にお世話になったね。キミたちは変わらず、楽しそうでボクまで嬉しいよ」

紫兵裏しへいりかえる、どうしてあなたがここにいるの? あなたは、闇に還ったはずじゃ……」

 まりんもいるこの場で、一切取り繕うことなく、紫兵裏しへいりに対して敵として応じる。

「あららら? そんなこともあったかなあ。まあ、細かいことはいいじゃない。ここはまず、感動の再会を喜ぼうじゃない。ああ、ごめんねえ。お土産とか、持ってきたらよかったね」

 相変わらず食えない態度。

 そんな態度が今も当時も、気味の悪さを僕の心に植えつける。

「でもね……そんな楽しい時間も、ここでおしまい。それじゃ、お休みなさーい」

 にっこりと微笑みながら、僕たちに向かって手を振る。

 その紫兵裏しへいりの言葉を最後に、僕の意識はブラックアウトしていく。

 眩み行く視界の中で、町が黒い霧――『瘴気』に包まれていくのを、僕は見た。

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