4

 数日後。

 週の頭から降り続く雨にどんよりとした気分に包まれながら、この日もまりんと共に学校へとやってきた。

 教室ではクラスメイトたちが談笑している。

 例の転校生たちにはまだ席が用意されておらず、鞄を手に持ったままで、ある者は早速クラスに溶け込もうと談笑に参加し、またある者はそんな光景を教室後方から羨ましそうに眺めていた。

「王子くん、もうみんなの顔覚えた?」

「いや、全然。僕はそもそも人の顔と名前を覚えるのが苦手でさ。それでなくても、こっちも転校してきたばかりなんだ。やっとこのクラスの人間を覚えてきたところであんなに大量にやって来られちゃたまらないぞ」

 それに、転校生は全員この県の人間らしく、その名字はどれも僕には馴染みがない。そのことが課題を更に困難にしている。

「あはは。わたしも同じだよ。まだ全然覚えられてないんだー。早く仲良くならないと、学園祭だってあるし、今年は修学旅行もあるもんね」

 学園祭に、修学旅行か。

 平時でさえ奇妙な出来事満載のこの学校。

 そんな一大イベントともなれば、どのようなトラブルが発生するのか――。

 想像するだに恐ろしい。

「あ、そうそう。そういえばね――」

 朝のホームルームが始まるまでの間、まりんとのんびりお喋りをしながら過ごす。

 そうこうしている間にも時間は流れ、教室にはぞろぞろと生徒たちが登校してくる。

 あっという間に教室は同級生たちで溢れかえる。その約半数は新顔だ。

「おはよー」

「お、おはよう、ございます……」

 気さくなまりんの挨拶に、消え入りそうな声で答えたその少女は覚えている。初日の印象がかなり強かったためだ。知柳ちりゅう――とか言ったっけ。

 そして始業のベルが鳴る。

 僕を含めた、以前から在籍していた生徒たちは椅子に座り、大勢の転校生たちは教室の後ろに立っている。

 その光景を眺めていて、何らかの違和感を覚えた。

「なあ、まりん

「どうしたの、王子くん?」

「あいつら……。数、減ってないか?」

 誰がいない、とかははっきりと言えないけれど。

 数日前、突如としてやってきた転校生は、確か三一人だったはずだ。

 数えてみたところ、それが今は二六人しかいない。僕の記憶から、五人も減っている。

「え、そうかな?」

 まあ無理もない。

 いくら異常に対する耐性が強いこの県の人間でも、湧いて出た大量の転校生たちの顔と名前を一発で覚えられるわけではない。先程まりん自身がそう言っていた。

「……今日は休みなのかな」

 風邪でも引いたのだろうか。

 転校一週間目で病欠とは、何ともタイミングの悪い話である。

 しかし、もしそうだとしても……。

 再度、教室を見渡す。

 ホームルーム直前の教室には同級生たちが集っている。席についている生徒たち、つまりこの一ヶ月ほど僕が触れ合ってきた生徒たちは欠けることなく、見事に全員大集合だ。

 風邪が流行っていたとして、それが先日現れた転校生たちだけに猛威を振るう、などということがあるだろうか。

「はーい、じゃ、ホームルーム始めるよー」

 そして担任教師がやってきて、出席を取り始める。

 出席番号順に教師が呼び掛け、生徒たちが様々な反応を返していく。

春羅木はるらぎさん」

 そのうちに聞き慣れた名前が呼ばれた。

「はーい」

 今日も今日とて、能天気なまりんの返事。これでまりんが元気のない返事をしようものなら、それは一大事である。

 作業は進み、三〇番目の生徒が呼ばれた。

 転校生たちの出席番号は三六番から始まる。本来ならばクラスの全員が五十音順に並べられるところだが、転校生たちの名前は元々いた生徒たちの後ろに記されている。かく言う僕の名前も、三五番目だ。この五月、わ行の名字を持つ生徒の後ろに、僕の名前が書き加えられたのだ。

 やがて僕の名前も呼ばれた。これで残すは問題の転校生たちだけだ。ようやく半分を過ぎたといったところか。

 まだ名前を覚え切れていない生徒たちの名前が呼ばれていく。

 しかし。

 ……やはりおかしい。

 どこまで進んでも、欠席者の名前が呼ばれることはない。

 数の上では間違いなく、五人足りないにも関わらず、である。

「よーし、じゃあ、全員いるね。うんうん。みんな元気そうで何よりだよ。それじゃあ、連絡事項だけど――」

 果たして、その五人については名前を呼ばれるどころか、その存在すら蔑ろにされたまま、ホームルームは次のフェーズに移行した。

 まるで、その存在が最初からなかったかのような――。

 ただ一つ言えるのは、またもや何かが起こっている、ということだ。


「え? 転校生の数が減ってる?」

 ホームルーム終了後、一時間目開始までの僅かな休み時間、前の席の朱里亜しゅりあを捕まえてそんな疑問をぶつけてみた。

「そうかな? いや、俺もまだあいつらの顔と名前、全部覚えたわけじゃないから何とも言えないけどさ」

「そういえば王子くん、さっきもそんなこと言ってたよね」

 まりん朱里亜しゅりあも、同じような感想だ。

「こないだの時点では三一人だったと思うんだけど……」

「そうだったっけ? よく覚えてるなあ、お前」

 大量の転校生っていうイベントがあまりに異常だったものだから、僕はその人数までしっかりとチェックしていたのだ。だがしかし、よく考えてみれば、そんな出来事を異常と捉えていない彼らにとってみれば、そんな数字など関心を抱くに至らないのだろう。

「ええと、そうだ。あいつ……あの、チャラそうな奴。駄良だらはどこに行った? 今日はいないみたいだけど、さっき先生もそのことについて一切触れなかっただろ」

 駄良だら双夜そうや

 自己紹介でちゃらんぽらんオーラ全開だった奴だ。

 奴はこの日姿を忽然と消した五人のうちの一人だ。

「ん? あー、そういえばいたなあ、そんな奴。え、何、今日いないの?」

「いないどころか、先生の名簿にも載ってないんだよ。呼ばれてなかったから」

「え、そうだったかなあ。それじゃあ、またどこかに転校していったんじゃない? よくあることだよ」

 と、まりん

 そんなことは滅多にないと思うのだが……。しかも、それが五人である。

「ふうん、そういうもんか……」

 そう思ったが、これ以上議論しても無駄だろう。もう無理やり納得してしまうことにした。この県で起こることにいちいち真面目な反応を返していたら、こっちの身が持たない。

 諦めて、勉学に励もう。


 三時間目と四時間目の間。

 移動教室を終え、自分たちの教室へと帰る途中のこと。

「あ、悪い。さっきの教室に忘れ物したみたいだ。先に戻っててくれ」

「ん、そうか?」

「分かったよー。じゃあまた後でねー」

 二人と別れて、今来た道を引き返す。

 階段を降り、一階の特別教室へ。

「さあ、答えて。あなたは一体、どこから転校してきたの? ご両親は? 一緒に住んでるの?」

 入口の扉に手を掛けたところで、内部から声が聞こえた。

 その語調は真剣そのもので、そのまま教室に這入っていくのが躊躇われる。

「え? 何のこと?」

 対して、その真剣な声に対峙する相手は呆然としている。

 誰だろう。声から判断するに二人とも女子のようだ。三角関係による修羅場……みたいな微笑ましいシチュエーションではなさそうだな。

「惚けないで。……いや、それとも何も知らないのかしらね」

「ねえ、何を言って……」

「問答無用」

 そんな物騒な言葉が飛び出した。

 思わず廊下に貼りついていた足を剥がし、教室へと突入。

 そこには――。

 唖然とした表情で立ち尽くす転校生の一人――名前は思い出せない――と。

 そんな彼女に鋭い目線を向けるプリンセス・華良緋からひヴィラが対峙していた。

 華良緋からひは、僕の乱入には気もくれず、ポケットから紙きれを取り出して、転校生の額に貼り付けた。

 突然の出来事に、転校生はなすすべもない。

 そして、次の瞬間――。

 転校生は声を上げることもなく。

 また、何の痕跡を残すこともなく。

 その場から、綺麗さっぱり消失していた。

「な、何だ……一体」

「さて、これで残りは……五一一人、か。先はまだまだ長いわね」

 ふう、と溜息をついて、ようやくこちらを向いた。

「あら、王子くん……だったかしら?」

「まあ、あだ名だけどな……」

 今の場面を僕に見られたことなど、まるで意に介していない、といった風だ。

「少し私に、協力してくれないかしら」

 華良緋からひは、それまでの深刻な表情などどこ吹く風、実に魅力的な笑顔で、僕に微笑むのだった。

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