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 やがて広大な敷地と、高級感溢れる木造の建築物が見えてきた。

 現地人の優秀なガイドのおかげで、僕たちは無事遅れることなく、新たな学び舎へと辿り着くことができたようだ。

 道中、県外のことを誤解しているらしきまりんにそんなイベントはアニメやマンガの中だけのことで、現実では普通ありえないということを説明した。彼女はカルチャーショックを受けていたようだけれど、どうにか理解してもらえたらしい。

「じゃあ、僕は職員室に来るよう言われてるから」

「あ、そうなんだ。またね。同じクラスになれるといいな」

「ああ、そうだな」

 これから職員室で担任とご対面。ホームルームの時間に教室へと案内されることになるのだろう。

「えっと、中等部はあっちだね。ありがとう、お姉ちゃん」

「どういたしまして」

 お辞儀を一つ残して、妹は小走りで去っていった。その表情に、僅かばかりの緊張が浮かんでいたことは、この兄にはお見通しだった。まあ、何とかなるさ。

「それじゃ」

「うん。あ、職員室は――」

 親切にも職員室までの道順を説明してくれたまりんに僕も会釈をして、一人で歩き出す。

 僕の新しい生活が始まる。


「起立!」

 はきはきした日直の声が木霊する廊下。

 外観同様、木材の温かみに溢れていた。丁寧に磨き上げられた床は、手入れがよく行き届いていることを伺わせる。この時代に木造の校舎とは少々古臭い感じも否めないが、しかし年代など感じさせるものなどまるでない。むしろここ二・三年の間にでも建てられたのではないかというような清潔感を誇っている。

「礼!」

 数分後にはクラスメイトとしてご対面を果たすことになる生徒たちの元気な声が、再び廊下に木霊する。この中に海はいるのだろうか。三〇人余りの知らない人間の中に放りこまれるよりは、一人でも見知った人間が混じっている方が数十倍は気が楽だ。

「さて、今日の連絡事項の前に、転校生を紹介するわ。入ってきていいよ」

 新たな担任となった女教師が日直に負けず劣らずはきはきした声で、廊下の木目の数を数え上げながら時間を潰していた僕を呼ぶ。

 その声に応え、入口の扉をスライドして中へ這入る。

 中に這入った途端、六〇余りの瞳に射竦められそうになるが、すぐに思い直す。別に彼らは僕を敵視しているわけではないのだ。

「じゃ、自己紹介お願いね」

「はい」

 チョークを取り、黒板に大きく自分の名を記す。

「この五月に父の仕事の関係で東京から越してきました。こっちのことはまだ全然分かりませんが、どうかよろしくお願いします」

 まず名前を告げ、それから簡単に身の上を明かす。

 手堅い自己紹介だったが、教室では盛大な拍手と歓声が巻き起こった。

 改めてクラスメイトたちを見渡すと、後ろの方で、微笑みながらこちらに手を振っている人物がいることに気が付いた。

 まりんだ。

 どうやら同じクラスになったらしい。

 そんな安堵を幾分か込めて、彼女の方へ微笑み返す。

「席は……そうだね。そこ空いてたよね。朱里亜しゅりあくん、転校生にいろいろ教えてあげてくれるかな」

 教室後方の席を指差しつつ、担任教師が言う。何の因果かはたまた運命か、右隣にはまりんが座っている。教室でもお隣さんというわけだ。

「はーい」

 名前を呼ばれた男子生徒がこちらに手を振る。スポーツでもやっていそうな感じで、爽やかそうな奴である。

「じゃ、君はあそこの席ね」

「はい」

 促されるまま、指定された席へと向かう。

「よろしくな」

 その男子生徒と海に、それぞれ簡単な挨拶を済ませる。

 幸いにして二人とも、笑顔でもって応じてくれる。

「えへへ、お隣さんだね」

 まりんが言う。

「僕も少しは気が楽になったよ」

「うん? 二人は知り合い?」

 まあ、当然の疑問か。

「家がお隣さんなんだー」

「へえー、そりゃまた。ああ、そうそう」

 こほん、と咳払いを一つ。

「俺は朱里亜しゅりあ紋都もんと。よろしくな」

「しゅりあ……? ええと悪い、聞き慣れない名前なもんで……」

 どんな字を書くのだろう。

「ん、そうか? そんなに珍しい名前じゃないと思うんだが……」

 すると彼はポケットから手帳を取り出し、さらさらと自分の名前を記してみせた。

 本人はそう言うが、字並びを見てみてもなお、珍しい名前だと思う。

「こう書くんだけど……。そういうそっちこそ、あまり聞き慣れない名前だぞ」

「そうなのか?」

 僕の名前は――少なくとも名字の方は、ありふれたどこにでもあるものだと思うのだけれど……。まあ、名字なんてものは地域によっても差があるって言うしな。例えば顕著な例としては、沖縄県には他地域の人間からすれば聞き慣れない名字がたくさん存在するらしい。まりん春羅木はるらぎといいこの朱里亜しゅりあといい、それに覚えられなかったけれど先程職員室で自己紹介を受けたこの担任教師の名字もまた、東京では聞き慣れないものだった。

 だからこの県でポピュラーな名字は東京では馴染みがなく、逆に東京でポピュラーな僕の名字などはこちらでは馴染みがないのだろう。

「まあ、とにかく、よろしく頼む。何せ引っ越してきたばかりでこっちのことは分からないことだらけなんだ」

 まだ、この県に関する様々な疑問は解消されずに山積みになったままなのだ。

「ああ、よろしく。何でも聞きたいことがあったら俺に聞いてくれ。……特に、女子の情報が知りたくなった時にはな。大体のことは把握してるから」

「……はい?」

「あれ? 違うの? 県外じゃ、転校生が来た時はこう言うもんだって……」

「それはマンガだけの話な」

「そうなのか……」

 彼らにとって、県外の世界はどのように映っているのだろう。

 この県の人間が外に出てくることはほとんどないようだから、外界について間違ったイメージばかりが蔓延してしまっているのかもしれない。

「おーい、そこ。先生の話聞いてるー?」

 そんな無駄話をしていたら注意を受けてしまった。

 今がホームルームの時間だということを、すっかり忘れていた。

「あ、ごめんなさい」

「すみません」

「まあ、転校生もさっそくクラスに溶け込み始めてるみたいで、先生は嬉しいよ。じゃあ、連絡事項だけど――」

 出だしは順調。

 連絡事項を読み上げていく担任教師の声に、安堵の気持ちで聞き入っていた。

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