第33話 季節ハズレの海とカモメたち 🏖 1 🏖
「はーい、少々おまちくださーい!」
海辺のカフェは、季節ハズレの5月でも、ランチタイムにはかなり混み合っていた。
去年の夏から、涼子は実家に戻り、この店を手伝ってきた。
いや、戻るというより、転がり込んで来たというほうがいいだろう。
子供2人を連れて、精神面でも経済的にも、彼女は行き詰まっていた。
TVで、親が幼子を殺めたり、家族全員が車で海に飛び込んだりするニュースをみると、その度に内心はドキドキしていた。
まさか自分があんなことをするはずがない、と思いながらも、感情をうまくコントロールできなくなりそうな時には、不安がよぎった。
ちょうどそんな時に、Cafeを手伝ってくれないか、と父から連絡があった。
彼は漁師だったが、趣味でそのカフェを営んでいた。
それは、いつか娘が戻ったときに立つ、彼女の新しい舞台として、父なりの愛情から用意しておいたものだった。
「ねぇ、なんでこんなとこにいるの?」
遊び好きそうな観光客の男が、涼子に声をかけてきた。
彼女は作り笑いをして軽くあしらうと、何ごとも無かったように店の中で仕事を続ける。
たしかに、彼女はこのひなびた漁村には似つかわしくなかった。
スラっとしてスタイルがよく、シンプルな服を着ていてもセンスがいい。
子供を2人産んだとは思えないウエストのくびれの上のほうで、豊かな胸が揺れていた。
オトコたちが声をかけたくなるのも無理はない。
そんな彼女に近寄ってきた前の夫とは、あっと言う間の職場結婚だった。
彼は仕事ができる好青年だったが、1人目の子供を妊娠中に浮気が発覚し、2度目の子供のときにも、彼は懲りずに涼子を置き去りにした。
まわりからは、早くケリをつけたほうがいいとか、もう少し我慢して様子をみたほうがいいとか言われたが、いっこうに反省しない夫に疲れ果てた彼女は、別れる道を選んだのだ。
新しい生活は彼女に心の自由をもたらしてくれたものの、子供2人を育てながら仕事を続けていく毎日は容易ではなかった。
今でも涼子は、この海辺の実家に戻る前の、長男の健太の憂うつな顔とその時のコトバを思い出すことがある。
「ウチは他の家とは、違うんだから。
かあさんに言っても無駄だから.....」
服やカバンを汚して帰ってきた健太を彼女が問い詰めると、そう言われた。
どうやら母子家庭であることをからかわれて、学校で喧嘩をしたらしいのだが、彼は詳しくは話をしようとしなかった。
——私が、しっかりしていないから......
子供たちの不幸の全てを背負いながら、涼子は自分を責め続けていた。
「ただいま!」
健太が元気よく帰ってきた。
あの頃とは違い、海辺の街が彼を日焼けした明るいオトコの子に変えていた。
Cafeの冷蔵庫をあけて残り物を頬張ると、すぐに健太は出かけて行った。
涼子は、少しだけだが、生きていることの幸せを感じてきていた。
いまの彼女に、足りないものがあるとすれば......
ランチタイムを過ぎてガランとしたCafeの店内で片付けをしていると、涼子はひとりの男が波止場の堤防に腰を下ろしているのに気がついた。
彼のそばには大きなバイクがあり、この辺の人でないことはすぐに分かる。
肩幅の広いがっしりとした男は、ただ海を見ているだけだったが、どこか淋しげで、涼子の中には彼を抱きしめてあげたい衝動がこみ上げてきた。
彼女は自分の中に、新しい恋に向かおうとするチカラが蘇ってきているのをみて、オンナとしての自信を感じた。
Cafeの壁の鏡をみながら、彼女は少し自分の髪を整えてみる。
波止場の男のところに、地元の人間が近づいていく。
よく見ると、それは涼子の父だった。
——まぁ、お父さんったら.....
波止場の2人は、仲よさそうに談笑していた。
数羽のカモメが鳴きながら沖へと飛んでいく。
海はナギで、陽の光を水面にキラキラと輝かせている。
( 続く)
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