第32話 蒼い雪 ( 2 )

 静かに夜が更けていった。


 2人は満月🌕に見守られながら、お互いを確かめるように、ゆっくりと触れ合っていた。

 美樹の身体は、月の神秘の光に照らされて、蒼く色づいている。

 そして、Jの動きに合わせてゆっくりと闇の中で揺れていた。


 その手の感触が、優しく心の傷を癒してくれるのだった。


 歓びのイナズマが身体の中を駆け巡る度に、2人の距離はますます近づいていき、しまいには融けてひとつになっていた。


 Jと美樹は、この場所がどこであるかさえ思い出せないほど、時間と空間を超越して、2人だけの宇宙世界をいつまでも漂っていた......



 トーク 5 :


 長かった、ほんとに。

 あなたに辿り着くまで......



 Jは美樹の声を聞きながら、そのコトバの深い意味について考えていた。


 ——彼女は、もうこれからは別のオトコなど探すつもりはないのだろう。


 そして、Jもそう思っていた。

 長い旅に、2人とも疲れ果てていた。

 船 🌊 🚢は、やっと港にたどり着いて、そこにイカリ⚓️を降ろそうとしていた。



 それから数日が経ち、その日の仕事を早く終えたJは、美樹より先に家に帰った。


 冷蔵庫を開けると十分な野菜と🥦鶏肉があったので、彼はシチュー🥘をつくることにした。

 鍋を火にかけている間、Jはソファに寝転んで待つことにした。


 だが、美樹の帰宅時間が気になる。


 📱 : いつ帰って来るのかな?


 彼が美樹にメールを送っても、何の返事もこなかった。


 数時間が経ち、Jは先に食事を済ませることにした。

 美樹のことは心配だったが、疲れていたJは、夕飯を食べ終わるとそのままソファーで寝てしまった......



 Jが明け方に目覚めると、美樹からメールが届いていた。


 📲 : 来て ... 2人の故郷だよ


 ——なんだ、急に......

 会社の飲み会があるとは聞いてたけど...

 イタズラ好きの彼女のことだ、

 酔った勢いで田舎の家まで行ってしまったのだろう。


 今日からは連休だった。

 Jもいつかは美樹の故郷を見てみたいと思っていた。

 すぐに身支度をすると、彼は駅へと向かった。


 運良く新幹線の空席があり、長野からはさらにローカル線に乗り換えて、黒姫山に向かっていく。

 急に外の雪が激しくなってきた。

 電車の中はスキー客が多い。


 Jはやっと美樹から聞いていた通りの駅名を車窓から見つけて、そこで電車を降りた🚃。


 外は相変わらず吹雪いている。


 彼はタクシーを🚕見つけて、運転手に美樹の家の近くにあるという郵便局の名前を告げた。


「お客さん、どっからきたの?


 そっか、あの辺りはもうかなり雪が❄️積もっていると思うよ。

 そこの家までは郵便局から少し歩くことになるから、気をつけて。

 でも、まだ人が住んでいるのかな......」


 Jがタクシーを降りると、運転手が言ったとおり、雪はもう50cm 以上は積もっている。


 久しぶりの山歩きだったので、Jは雪を相手にすることを楽しんでいた。

 そして、こんな場所で暮らしていた美樹が、どんな顔をして自分を迎えてくれるのかと想像すると、彼はひとりで笑ってしまった。


 急に来いと言う美樹もそうだが、本当に行ってしまうJも少し変わり者なのかも知れなかった。

 だが、2人の間には、他人には計り知れない深いキズナがあった。


 どれくらい歩いただろうか?

 Jの目の前に、美樹が言っていた通りの小さな川のせせらぎが現れた。

 それは太古の昔からあったように、清らかな水をキラキラと輝かせている。

 降りしきる雪の向こうで、川辺に老婆が立っているのが見えた。


「こんにちは !」


 Jが挨拶をすると、老婆が山の上の方を指差して言った、

「よう来たな。

 あの娘は待ってると思うよ......」


 老婆は眼を細めながら微笑んだ。


 この先に、たしかに美樹の家があると知って、Jの足取りは軽くなった。


 しばらく行くと、道が二手に分かれている。


 Jはまず左に行ってみることにした。

 そこは竹やぶの茂る中の小径になっていて、すぐに家が無さそうだとわかった。

 ポッカリと空いたヤブの切れ目に、墓石が並んでいるのをJは見つけた。


 そこに近寄ると、Jはいちばん新しそうな墓石の雪をかいて、墓碑銘を見ると体をこわばらせた。


『 蒼雪 美樹 』


 たしかにそう書いてある。

 念のため、Jは墓石にかかっている雪をさらに入念に手で払いのけた。


 すると、彼女のとなりには、なんと彼の名前まで刻んであった......


 しばらく立ちすくんで、その意味を考えたが、さっぱりわからなかった。いや、彼には、いま自分がいる場所さえ定かではなかった。Jは引き返して、もうひとつの道を歩いて行くことにした。


 夕暮れの山で、雪は蒼白く染まっていく。


 この不可解な事柄について、Jは美樹に聞いてみるしかないと思った。

 だから彼女の家へと急いでいた。


 やがて白い息の向こうに、赤い屋根の古民家が見えてきた。


 彼は走り出した。


 ザクザクと雪を踏む音だけが、深い山に🏔響きわたる夜だった。


 Jは家の前に立つと、思い切って戸を開けた。


 中は真っ白な光に包まれていた。


 そこに、美樹が座っている。


 彼女が微笑んだ。



 トーク 6 :


 来て、くれたんだね......





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